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耽溺
岩野泡鳴
一
僕は一夏を国府津の海岸に送ることになった。友人の紹介で、ある寺の一室を借りるつもりであったのだが、たずねて行って見ると、いろいろ取り込みのことがあって、この夏は客の世話が出来ないと言うので、またその住持の紹介を得て、素人の家に置いてもらうことになった。少し込み入った脚本を書きたいので、やかましい宿屋などを避けたのである。隣りが料理屋で芸者も一人かかえてあるので、時々客などがあがっている時は、随分そうぞうしかった。しかし僕は三味線の浮き浮きした音色を嫌いでないから、かえって面白いところだと気に入った。
僕の占領した室は二階で、二階はこの一室よりほかになかった。隣りの料理屋の地面から、丈の高いいちじくが繁り立って、僕の二階の家根を上までも越している。いちじくの青い広葉はもろそうなものだが、これを見ていると、何となくしんみりと、気持ちのいいものだから、僕は芭蕉葉や青桐の葉と同様に好きなやつだ。しかもそれが僕の仕事をする座敷からすぐそばに見える。
それに、その葉かげから、隣りの料理屋の綺麗な庭が見える。燈籠やら、いくつにも分岐した敷石の道やら、瓢箪なりの――この形は、西洋人なら、何かに似ていると言って、婦人の前には口にさえ出さぬという――池やら、低い松や柳の枝ぶりを造って刈り込んであるのやら例の箱庭式はこせついて厭なものだが、掃除のよく行き届いていたのは、これも気持ちのいいことの一つだ。その庭の片端の僕の方に寄ってるところは、勝手口のあるので、他の方から低い竹垣をもって仕切られていて、そこにある井戸――それも僕の座敷から見える――は、僕の家の人々もつかわせてもらうことになっている。
隣りの家族と言っては、主人夫婦に子供が二人、それに主人の姉と芸者とが加わっていた。主人夫婦はごくお人よしで家業大事とばかり、家の掃除と料理とのために、朝から晩まで一生懸命に働いていた。主人の姉――名はお貞――というのが、昔からのえら物で、そこの女将たる実権を握っていて、地方有志の宴会にでも出ると、井筒屋の女将お貞婆さんと言えば、なかなか幅が利く代り、家にいては、主人夫婦を呼び棄てにして、少しでもその意地の悪い心に落ちないことがあると、意張りたがるお客が家の者にがなりつくような権幕であった。
お君というその姪、すなわち、そこの娘も、年は十六だが、叔母に似た性質で、――客の前へ出ては内気で、無愛嬌だが、――とんまな両親のしていることがもどかしくッて、もどかしくッてたまらないという風に、自分が用のない時は、火鉢の前に坐って、目を離さず、その長い頤で両親を使いまわしている。前年など、かかえられていた芸者が、この娘の皮肉の折檻に堪えきれないで、海へ身を投げて死んだ。それから、急に不評判になって、あの婆さんと娘とがいる間は、井筒屋へは行ってやらないと言う人々が多くなったのだそうだ。道理であまり景気のいい料理店ではなかった。
僕が英語が出来るというので、僕の家の人を介して、井筒屋の主人がその子供に英語を教えてくれろと頼んで来た。それも真面目な依頼ではなく、時々西洋人が来て、応対に困ることがあるので、「おあがんなさい」とか、「何を出しましょう」とか、「お酒をお飲みですか、ビールをお飲みですか」とか、「芸者を呼びましょうか」とか、「大相上機嫌です、ね」とか、「またいらっしゃい」とか、そういうことを専門に教えてくれろと言うのであった。僕は好ましくなかったが、仕事のあいまに教えてやるのも面白いと思って、会話の目録を作らして、そのうちを少しずつと、二人がほかで習って来るナショナル読本の一と二とを読まして見ることにした。お君さんとその弟の正ちゃんとが毎日午後時間を定めて習いに来た。正ちゃんは十二歳で、病身だけに、少し薄のろの方であった。
ある日、正ちゃんは、学校のないので、午前十一時ごろにやって来た。僕は大切な時間を取られるのが惜しかったので、いい加減に教えてすましてしまうと、
「うちの芸者も先生に教えていただきたいと言います」
と言い出した。
「面倒くさいから、厭だよ」と僕は答えたが、跡から思うと、その時からすでにその芸者は僕をだまそうとしていたのだ。正ちゃんは無邪気なもので、
「どうせ習らっても、馬鹿だから、分るもんか?」
「なぜ?」
「こないだも大ざらいがあって、義太夫を語ったら、熊谷の次郎直実というのを熊谷の太郎と言うて笑われたんだ――あ、あれがうちの芸著です、寝坊の親玉」
と、そとを指さしたので、僕もその方に向いた。いちじくの葉かげから見えたのは、しごき一つのだらしない寝巻き姿が、楊枝をくわえて、井戸端からこちらを見て笑っている。
「正ちゃん、いいものをあげようか?」
「ああ」と立ちあがって、両手を出した。
「ほうるよ」と、しなやかにだが、勢いよくからだが曲がるかと思うと、黒い物が飛んで来て、正ちゃんの手をはずれて、僕の肩に当った。
「おほ、ほ、ほ! 御免下さい」と、向うは笑いくずれたが、すぐ白いつばを吐いて、顔を洗い出した。飛んで来たのは僕のがま口だ。
「これはわたしのだ。さッき井戸端へ水を飲みに行った時、落したんだろう」
「あの狐に取られんで、まア、よかった」
「可哀そうに、そんなことを言って――何という名か、ね?」
「吉弥と言います」
「帰ったら、礼を言っといておくれ」と、僕は僕の読みかけているメレジコウスキの小説を開らいた。
正ちゃんは、裏から来たので、裏から帰って行ったが、それと一緒に何か話しをしながら、家にはいって行く吉弥の素顔をちょっとのぞいて見て、あまり色が黒いので、僕はいや気がした。
二
僕はその夕がた、あたまの労れを癒しに、井筒屋へ行った。それも、角の立たないようにわざと裏から行った。
「あら、先生!」と、第一にお貞婆さんが見つけて、立って来た。「こんなむさ苦しいところからおいでんでも――」
「なアに、僕は遠慮がないから――」
「まア、おはいりなさって下さい」
「失敬します」と、僕は台どころの板敷きからあがって、大きな囲炉裡のそばへ坐った。
主人は尻はしょりで庭を掃除しているのが見えた。おかみさんは下女同様な風をして、広い台どころで働いていた。僕の坐ったうしろの方に、広い間が一つあって、そこに大きな姿見が据えてある。お君さんがその前に立って、しきりに姿を気にしていた。畳一枚ほどに切れている細長い囲炉裡には、この暑いのに、燃木が四、五本もくべてあって、天井から雁木で釣るした鉄瓶がぐらぐら煮え立っていた。
「どうも、毎度、子供がお世話になって」と、炉を隔てて僕と相対したお貞婆さんが改まって挨拶をした。
「どうせ、丁寧に教えてあげる暇はないのだから、お礼を言われるまでのことはないのです」
「この暑いのに、よう精が出ます、な、朝から晩まで勉強をなさって?」
「そうやっていなければ喰えないんですから」
「御常談を――それでも、先生はほかの人と違って、遊びながらお仕事が出来るので結構でございます」
「貧乏ひまなしの譬えになりましょう」
「どう致しまして、先生――おい、お君、先生にお茶をあげないか?」
そのうち、正ちゃんがどこからか帰って来て、僕のそばへ坐って、今聴いて来た世間のうわさ話をし出す。お君さんは茶を出して来る。お貞が二人の子供を実子のように可愛がり、また自慢するのが近処の人々から嫌われる一原因だと聴いていたから、僕はそのつもりであしらっていた。
「どうも馬鹿な子供で困ります」と言うのを、
「なアに、ふたりとも利口なたちだから、おぼえがよくッて末頼もしい」と、僕は讃めてやった。
「おッ母さん、実は気が欝して来たんで、一杯飲ましてもらいたいんです、どッかいい座敷を一つ開けてもらいましょうか?」
「それはありがとうござります」と、お貞はお君に目くばせしながら、
「風通しのええ二階の三番がよかろ。あすこへ御案内おし」
「なアに、どこでもいいですよ」と、僕は立ってお君さんについて行った。煙草盆が来た、改めてお茶が出た。
「何をおあがりなさいます」と、お君のおきまり文句らしいのを聴くと、僕が西洋人なら僕の教えた片言を試みるのだろうと思われて、何だか厭な、小癪な娘だという考えが浮んだ。僕はいい加減に見つくろって出すように命じ、巻煙草をくわえて寝ころんだ。
まず海苔が出て、お君がちょっと酌をして立った跡で、ちびりちびり飲んでいると二、三品は揃って、そこへお貞が相手に出て来た。
「お独りではお寂しかろ、婆々アでもお相手致しましょう」
「結構です、まア一杯」と、僕は盃をさした。
婆さんはいろんな話をした。この家の二、三年前までは繁盛したことや、近ごろは一向客足が遠いことや、土地の人々の薄情なことや、世間で自家の欠点を指摘しているのは知らないで、勝手のいい泣き言ばかりが出た。やがてはしご段をあがって、廊下に違った足音がすると思うと、吉弥が銚子を持って来たのだ。けさ見た素顔やなりふりとは違って、尋常な芸者に出来あがっている。
「けさほどは失礼致しました」と、しとやかながら冷かすように手をついた。
「僕こそお礼を言いに来たのかも知れません」
「かも知れませんでは、お礼になりますまい!」
「いや、どうも――それでは、ありがとうござります」
と、僕はわざとらしくあたまを下げた。
「まア、それで、あたい気がすんだ、わ」
吉弥はお貞を見て、勝利がおに扇子を使った。
「全体、まア」と、はじめから怪幻な様子をしていたお貞が、「どうしたことよ、出し抜けになぞ見たようで?」
「なアに、おッ母さん、けさ、僕が落したがま口を拾ってもらったんです」というと、その跡は吉弥の笑い声で説明された。
「それでは、いッそだまっておれば儲かったのに」
「ほんとに、あたい、そうしたらよかった」
「あいにく銅貨が二、三銭と来たら、いかに吉弥さんでも驚くだろう」
「この子はなかなか欲張りですよ」
「あら、叔母さん、そんなことはないわ」
「まア、一つさしましょう」と、僕は吉弥に猪口を渡して、「今お座敷は明いているだろうか?」
「叔母さん、どう?」
「今のところでは、口がかかっておらない」
「じゃア、僕がけさのお礼として玉をつけましょう」
「それは済みませんけれど」と言いながら、婆アさんが承知のしるしに僕の猪口に酒を酌いで、下りて行った。
三
「お前の生れはどこ?」
「東京」
「東京はどこ?」
「浅草」
「浅草はどこ?」
「あなたはしつッこいのね、千束町よ」
「あ、あの溝溜のような池があるところだろう?」
「おあいにくさま、あんな池はとっくにうまってしまいましたよ」
「じゃア、うまった跡にぐらつく安借家が出来た、その二軒目だろう?」
「しどいわ、あなたは」と、ぶつ真似をして、「はい、これでもうちへ帰ったら、お嬢さんで通せますよ」
「お嬢さん芸者万歳」と、僕は猪口をあげる真似をした。
三味を弾かせると、ぺこんぺこんとごまかし弾きをするばかり。面白くもないが、僕は酔ったまぎれに歌いもした。
「もう、よせよせ」僕は三味線を取りあげて、脇に投げやり、「おれが手のすじを見てやろう」と、右の手を出させたが、指が太く短くッて実に無格好であった。
「お前は全体いくつだ?」
「二十五」
「うそだ、少くとも二十七だろう?」
「じゃア、そうしておいて!」
「お父さんはあるの?」
「あります」
「何をしている?」
「下駄屋」
「おッ母さんは?」
「芸者の桂庵」
「兄さんは?」
「勧工場の店番」
「姉さんは?」
「ないの」
「妹は?」
「芸者を引かされるはず」
「どこにつとめているの?」
「大宮」
「引かされてどうするの?」
「その人の奥さん」
「なアに、妾だろう」
「妾なんか、つまりませんわ」
「じゃア、おれの奥さんにしてやろうか?」と、からだを引ッ張ると、「はい、よろしく」と、笑いながら寄って来た。