Chapter 1 of 11

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人造人間エフ氏

海野十三

人造人間の家

このものがたりは、ソ連の有名な港町ウラジオ市にはじまる。そのウラジオの街を、山の方にのぼってゆくと、誰でもすぐ目につくだろうが、白い大きな壁と、そのうえに青くさびた丸い屋根をいただき、尖った塔が灰色の空をつきさすように聳えているりっぱな建物がある。

「ああ、じつにりっぱなお寺だなあ」

知らない人は、きっとそういうであろう。ところが、この建物は、昔はお寺であったにちがいないが、今はそうではない。では、あれは一体どういう家なのであろうか? ほかでもない。あれこそイワノフ博士の『人造人間の家』なのである。

人造人間の家――というと、なんのことか分らないかもしれないが、もっとくわしくいうとこうである。イワノフ博士は、たいへんえらい科学者である。もうすっかり頭の禿げあがった老人であるが、若い学者にもまけない研究心をもっていて、ずいぶん古くから人造人間の研究にふけっている。あの寺院のあとへ引越してきたのが、今から十年前だったが、そのときは、タンクをつぎあわせたようなたいへんな恰好の機械人形の手をひいて、あの坂道をのぼっていったので、往来の人々はみな足をとどめてびっくりしたものである。その機械人形は、歩くたびにギリギリギリと歯車の音をたて、そしてときどき石油缶のような首をふり、ポストの入口のような唇のあいだから、

「うーう、みなさん。僕はロボットです。この町へ引越してきました。どうぞよろしく」

と、ラジオのようなとほうもない大きな声で喋ったものであった。そして道々いくどもおなじことを喋りちらしながら、坂道をのぼりきって、あのお寺の跡へ姿を消した。そのとき傍についていたイワノフ博士の得意そうな顔ったらなかったそうである。それからこっちへ十年の歳月がながれた。

イワノフ博士の研究はいよいよすすみ、今では機械人形とはいわず、人造人間とよぶようになったほど、りっぱなものができるようになった。

だが、ちかごろ博士は、もう前のように人造人間を町の人々に見せたがらなくなった。ただ申しわけのように、年に一度、それは白い李の花の咲きほころぶ春、お寺の門をひらいて、町の人々を庭園に自由に出入させ、そして機械でうごく人形や馬や犬などを庭園に出して、見物させるのであった。きょうはその年にたった一度の、人造人間デーであった。庭園の中には、町の人々がいっぱい押しかけ、めずらしいものを見ようとおしあっている。ことに入口の混雑ときたら、たいへんであった。

「おお、あなたがた、はいれましぇん。人造人間、たいへん秘密あります。日本人いれることなりましぇん。さあ、おかえりなさい、はやくおかえりなさい」

今しも、二人づれの兄妹らしい日本人の少年少女が、入口の受付で、仁王さまのように大きいロシア人から、どなりつけられている。

「だって、僕たちは……」

「いけましぇん、いけましぇん。なにいっても、はいれましぇん」

受付の大男は、なかなかやかましいことをいって、兄妹を入らせまいとする。

イワノフ博士

「じゃあ、イワノフ博士をここへよんでください。僕たちは、お隣りにすんでいる正太とマリ子という兄妹なんです。博士が……」

「なにいっても、日本人はいれましぇん。かえらなければ、私、つよいところを見せます」

「まあ、待ってください。だって博士が、僕たちにぜひ見に来いといって、さっき電話をかけてくださったんです」

「兄ちゃん、もうよしてかえりましょうよ」

小学校の四年生の妹のマリ子はあまり受付がひどい剣幕なので、もうかえりたくなった。

「お待ちよ、マリちゃん。だって博士が見に来いといったのに、受付の人からおいかえされるなんて、そんな変なことはないよ」

「こらっ、どうしてもかえりましぇんか。日本人剛情でしゅ、私、腕をふりあげます」

「あれぇ、兄ちゃん」

マリ子は兄の正太をひきもどそうとする。正太は中学三年生、なかなかしっかりしている。その時だった。

その仁王さまのような受付の腹の中で、なにかギリギリギリと変な音がした。とたんに受付のふりあげた腕が、そのままうごかなくなった。腕ばかりではない、身体全体がこわばってしまって、まるで木でつくった本当の仁王さまのようになった。

「あれっ、どうかしたよ、この受付は」

と、正太は怪訝な顔をしているとき、奥から人波をかきわけながらぜいぜい息を切らせてかけつけた一人の禿げ頭の老人があった。

「ドンや。いけましぇん。ああ正太しゃん、マリ子しゃん、待っておりました。さあさあ、こちらへおはいり、ください。この受付に、いいつけるのを、私、わすれていました」

「ああ、あなたはイワノフ博士ですね」

「そうです、イワノフです。ようこそ、正太しゃんもマリ子しゃんも来てくださーいました。こっちへおいでくださーい」

兄妹は、それみたことかと、受付ドンの方をふりかえったが、そのときドンはいつの間にか入口の人波のなかに立って、知らぬ顔をして整理に一生けんめいのように見えた。

「あれっ、変だなあ」

「さあさあこっちへおいでくださーい。あなたがたに、とくべつ見せたい人造人間などたくさんあります」

「とくべつ見せたい人造人間て、なんです」

「いや、なかなか面白くできたものが、あります。私、誰も入れませんが、あなたがただけ、とくべつに家のなかへ入れまーす」

博士は二人をつれて、大きな建物の扉の鍵をはずし、兄妹をなかにみちびきいれた。

不思議な動物

兄妹が、一歩室内に足をふみ入れたとたん、とつぜん「うーう、わわわわ、わん」と足もとに吠えついたものがあった。マリ子はびっくりして、あっと叫ぶなり、正太の腕にすがりついた。見れば、それは一頭の小牛ほどもあろうという猛犬だった。

「これ、ダップ。あっちへゆきなさい」博士は、いきなり足をあげて、犬を蹴った。そのときごとんと椅子を蹴ったときのような音がした。犬は尻尾をまいて、奥の方へにげさった。

「すごい犬をお飼いですね」正太がいった。

「なあに、あれは人造犬あります」

「えっ、人造犬ですか。マリちゃん、あれは人造犬だってさ」

「まあ、人造犬なの。すると機械で組立ててある犬なのね。まるで本物の犬そっくりだわ」

「そのとおり、ありまーす、人造犬がくいつくと、手でも足でも、ち切れます。本当の犬なら、そうはなりません」

「じゃ、本当の犬よりつよいのですね」

「そうですそうです。私、なかなか自慢している人造犬です」と博士は上機嫌でいって「もっと面白いものあります。いま、手を叩きます」と、博士はぽんぽんと叩いた。

すると、ういういういと鳴き声をたてながら、カーテンの蔭から、一頭の白い豚が走りいで博士の前にぴたりととまった。

「この豚の背中を見てくださーい。背中が卓子になっています」

なるほど、よく見ればおどろくではないか、白い豚の背中は、板を置いたようになっていた。

「この中に、おいしい酒がありまーす。私、命令する。その酒、コップに入って出てきます」

博士が豚の方に手をさしのばすと、豚の背中がぱくりと左右にひらきその下からうまそうな洋酒が盃にはいって、三つも出てきた。そして背中が閉まると、盃はそのうえにちゃんとのっている。豚の身体が、酒をたくわえる倉庫のようになっているのだった。

「いかがです。酒をのんでくださーい」博士は盃をとりあげた。

「いや、僕たちはのみませんから、博士だけでおのみください」

「そうですか。では私もやめまーす、動く卓子をかたづけましょう」

といって博士は豚のお尻をぽんと叩いた。すると豚は向うへかけだした。かけだしながら、また背中が二つに割れて洋酒の盃が自動的に中にかくれるのが見えた。

「はははは、どうです。面白いでしょう。あれも本物の豚ではなく、私がつくった人造豚です」

「はーん、あれは人造豚ですか。おどろいたなあ」

「あたし、なんだか気味がわるくなったわ。兄ちゃん、もうかえりましょうよ」

マリ子はしきりに兄の横腹をつつき、邸を出ようとさいそくした。

「ちょっとお待ちください。もっと面白いもの見せます。自慢の人造人間エフ氏、見せます」

「もうたくさんだわ」

「いや、人造人間エフ氏、なかなかりっぱな人間です。見ておくと、話の種になります。あなたがた近く日本へかえります。よい土産ばなしができます」

正太はそれを聞きとがめ、

「えっ、僕たちが日本にかえることを、どうして博士はご存知なんですか」

「はははは。それは皆わかります。私には世界中のことが何でもすぐわかります」

博士は、別におかしくもないことを、ははははと声を出して笑いつづける。

未完成のエフ氏

正太とマリ子の父は、このウラジオに店をもっている貿易商だった。二人の母は病弱で、郷里の鎌倉にいるが、だいぶん永いあいだ二人の子供にあわないので帰ってほしいといってきた。そこで二人は近く日本へかえることになったのだ。このことは、うちで決めただけで、まだ領事館へもソ連の官憲へも知らせてないのに、はやくもイワノフ博士がそれを知っているとはおどろいたことだった。

「では、人造人間エフ氏だけ見て、それでおかえりくださーい。マリ子しゃん、恐ろしいですか。恐ろしければ、あなたは部屋の外でお待ちくださーい。正太しゃんだけ、見ていただきます。正太しゃん、きっと感心してくれます」

博士は、にこにこ顔で、兄妹の手をとって廊下づたいに奥へ奥へと案内した。

やがて廊下は行きどまりとなった。

「ここから階段をおりて、地下室へゆきます。マリ子さん、恐ろしいですか。それなら、ここに待っていてください。そこから庭へでてもよろしいです」

「じゃ、マリちゃん。ここで待っててね。僕が来るまで、どこへもいっちゃいけないよ」

「ええ、待っているわ。できるだけ早くかえってきてね、兄さん」

マリ子は拝むようにいった。正太は博士につれられて、うすぐらい階段をおりていった。

「博士、人造人間エフ氏というのを、なぜそんなに僕に見せたがるのですか」

「うふん、それは――それはつまり世界中で一番すぐれた人造人間だからです。いままでの人造人間は、ゴリラか巨人のように大きかったですが、人造人間エフ氏は、たいへん小さくできています。日本語も、私たちより、なかなかよく話します」

「へえ、日本語を話すのですか、その人造人間エフ氏は――」

「そうです。日本語のほか、英語でも、ロシヤ語でもよく話します。十三ヶ国の言葉を喋ります。なかなか私、苦心しました」

博士は鍵を出して、扉の錠をはずした。

「どうぞ、おはいり下さい」

紫色の電灯がついている。なにかじいじいじいと妙な音がしている。よく見ると、電灯の下に、椅子に腰をかけている人間の形をしたものがあった。しかしそれは、変なことに、まるで受信機の中のように沢山の針金が重なりあって、人間の形を保っているだけのものであった。

「エフ氏って、あれですか」

「そうです。エフ氏は、まだ中身だけしかできていましぇん。まだあの上に、肉をつけ、そして皮をかぶせ、人間に見えるようにいたします。まだできあがっていないのです。しかしよく動きますよ。さあ入りましょう」

そういって博士は、正太を室内にひっぱりこんだ。扉はぱたんとしまった。

怪しい扉の中

こっちは、廊下に待っているマリ子だった。すぐかえってくるという約束の正太が、十分たっても二十分たってもかえってこない。正太はどうしたろう。マリ子は、急に心細くなって、胸が早鐘のように鳴りだした。

(兄さんは、どうしたのでしょう。すぐ出てくるといったのに、まだ出てきてくださらないわ。見物人もみなかえってしまって、こうして待っているのは、あたしひとりなんですもの。ああ、なんだか心細くなって、気が変になりそうだわ)

マリ子は、廊下をみまわした。夕闇が、廊下の隅に、暗いかげをおとしていた。奇妙な塔が窓からじっとマリ子をのぞきこんでいるようであった。

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