Chapter 1 of 1

Chapter 1

ある田舎の街道へ、どこからか毎日のように一人のおじいさんがやってきて、屋台をおろして、チャルメラを吹きならして田舎の子供たちを呼び集め、あめを売っていました。

おじいさんは、小さな町の方から倦まずに根気よくやってきたのです。空の色がコバルト色に光って、太陽がにこやかに、東のいきいきとした若葉の森にさえ微笑めば、おじいさんは、かならずやってきました。

チャルメラの音をきくと、子供は、たちまち地の下からでもわき出したように、目の前に集まってきました。おじいさんは、青や、赤や、黄色の小旗の立ててある屋台のかたわらに立って、おもしろい節で唄をうたいました。

子供らばかりでなく、この街道を通って、あちらの方へ旅をする商人などまでが、松並木の根に腰を下ろして、たばこをすったり、おじいさんからあめを買って、それを食べながら、唄をきいていました。

あたりは、穏やかで、のどかでありました。くわの刃先が、ちかり、ちかりと圃の中から見えて、ひばりはあちらの空でさえずっています。それは、もう眠くなるのでありました。

ある日のこと、おじいさんは、いつものように、屋台を街道の松の木の下におろして、チャルメラを吹きますと、いつも自分が、その笛を吹いた後でうたう唄を、すぐそばで歌ったものがあります。

おじいさんは、びっくりしました。だれが俺のまねをするのだろう? あたりを見まわしたけれど、だれも、そこにはいませんでした。おじいさんは、不思議に思って、また、チャルメラをあちらに向いて鳴らしました。

すると、また、いつもおじいさんが歌うような節で唄をうたったものがあります。おじいさんは、人のまねをするやつは、なにものだろうと、こんどは、本気になって、あたりを見まわしました。

枯れた木の枝に、一羽のからすが止まって、頭をかしげていました。おじいさんは、いま、唄をうたったのはこのからすだなと思いました。

「からすは、人まねをするというが、こいつにちがいない。」と、おじいさんは、しばらく、からすをにらんでいました。

からすは、今日はじめて、ここにいたのではなかったのです。もう、長いこと、この野原の中にすんでいました。からすは、毎日、平和な日を送っていましたが、あまり平和と無事なのに飽きてしまいました。ちょうど、そこへ町の方から、おじいさんがきたのであります。

からすは、おじいさんが、チャルメラを吹き、唄をうたうのを、あちらの木に止まって、毎日のように聞いていました。

また、子供や、旅人などが、その唄を感心してきいている有り様をながめていました。からすは、自分もひとつその唄を覚えてやろうと思いました。それから、口の中で、幾十度、幾百度とくりかえしているうちに、とうとう覚えてしまいました。

からすは、こんどおじいさんがやってきたら、ひとつうたってみようと思っていました。チャルメラの音をきくと、からすは、しぜんに唄がうたわれたのであります。

「人のまねをするなんて、いまいましいやつだ。」と、おじいさんは、怒りましたが、また、からすが、こんなにうまく人間の口まねをするのにびっくりしました。

このからすは、りこうなからすだ。こんなからすは、そう世間にたくさんあるものでないと思うと、おじいさんは、怒る気になれませんでした。

「どれ、もう一つ、チャルメラを吹いて、からすに唄をうたわせてみよう……。」と、おじいさんは、思って、チャルメラを吹き鳴らしました。すると、からすは、おじいさんがいつも唄をうたうと同じ節で、

「あめの中から、キンタさんと、オツタさんと飛び出たよ……。」とうたいました。

おじいさんは、ここへくる度に、子供らのいないときは、からすを相手としました。あめを投げてやったり、チャルメラを吹いて聞かせたりしますうちに、からすは、だんだんおじいさんに馴れてしまいました。

しまいには、木の枝から降りてきて、屋台の上に止まるようになり、それから、おじいさんの肩の上に、手の上に止まるようになったのであります。

からすは、こうして、おじいさんに、馴れましたけれど、知らない、ほかの人には、馴れませんでした。子供らが集まってきたり、いろいろの人たちがいるときには、あちらの木の枝の上に飛んでゆきました。

おじいさんは、どうかして、からすに唄わせて、それをみんなに聞かせたら、きっとそのことが評判になって、あめがよく売れるにちがいないと思いましたから、

「どうだ。これから、俺といっしょに町へいってみようじゃないか。」と、おじいさんは、からすに向かっていいました。

からすは、いつも見ているこのあたりの野原や、林や、丘や、森や、そうした変化のない景色に飽きていました。おじいさんが自分をかわいがってくれて、またうまいものを食べさしてくれるなら、自分は、しばらくの間は、どこへいってもいいと思いました。

「おまえが、俺といっしょに歩いて、唄をうたってくれるなら、きっと、俺のあめはたくさん売れるだろう……。そうすれば、晩には、うまいものをたくさんおまえに食べさせてやることができる……。」と、おじいさんは、からすに向かっていいました。

さんしょうの実のように光る、円い目をくるくるさして、からすは頭を傾けておじいさんのいうことをきいていましたが、それを承知したと答えるように、うなずきました。

「おまえさえ承知してくれれば……。」と、おじいさんは喜んで、からすの足をひもで結び、からすを屋台の上に止まらせて、こんどは、街道から、小さな町へと歩いてゆきました。

「からすのおじいさんがきた。」

町では、子供らも、大人も、おじいさんが吹くチャルメラの音を聞くと、こういって、わざわざ家の外へ出てみました。それほど、おじいさんは、また町でも知られてしまいました。

「さあさあ、あめを買った、買った、おいしいあめを買った。あめを買ってくださると、からすが唄をうたってきかせます。」と、おじいさんはいいました。

子供らは、おじいさんのまわりに寄ってきました。おじいさんは、町の四つ角のところにくると屋台を下ろしました。

「おじいさん、あめをおくれ。」

「わたしにも、おくれ。」

子供らは、口々にいって、小さい手をさし出しました。

子供らが、あめを買ってくれると、おじいさんは、チャルメラを取って、青い空を仰ぎながら、高らかに吹き鳴らしました。からすは、その音といっしょに待っていましたといわぬばかりに、

「あめの中から、キンタさんと、オツタさんと飛び出たよ。」という唄を、頭を上下に振りながら歌いだしたのであります。

みんなは、おもしろがって、笑いました。

これを見たり、聞いたりしていた、一人の男が、おじいさんに向かって、

「からすに、これほど芸を仕込むのは容易なことじゃない。もっとにぎやかな都へ持っていったら、どんなに金もうけができるかしれない。」といいました。

おじいさんは、この男のいったことをほんとうと信じました。どうかして、都へいってみたいものだ、そんなにたくさんの金をもうけなくとも、にぎやかなところを見てきたいものだと思いました。

おじいさんは、からすをつれて、とうとう都をさして旅立ちました。幾日かの後には、おじいさんの姿は、にぎやかな、華やかな、都の中に見いだされたのであります。

おじいさんの粗末な屋台は、大きなにぎやかな街の中では、すこしも目だちませんでした。だれも、青や、赤や、黄の小旗に目をとめるものもなかったのです。

おじいさんは、あちらの町、こちらの町と、チャルメラを吹きながら歩きましたが、田舎にいるときのように、子供らがなつかしそうに寄ってはきませんでした。都の子供たちは、もっとほかに珍しいものがたくさんにあるからです。

しかし、からすが唄をうたうことは、みんなに珍しがられました。おじいさんは、おかげで、あめも相当に売れて宿賃にも困らずにすみましたが、都会は、田舎とちがって空気のよくないことや、のんきに暮らされないので、いろいろそんなことが原因となって、おじいさんは、病気になってしまいました。おじいさんは、金を持っていませんから、医者にかかるのにも、また薬を買って飲むのにも、すぐ困ってしまいました。

「どうしたら、いいだろう。」と、おじいさんは、青い顔をして、みすぼらしい宿屋で考え込んでいました。

宿屋の主人が、おじいさんに向かって、

「おじいさん、唄をうたうからすというようなものは、めったにあるものでありません。きっとこれを売ったら、いい金になります。あなたは、その金で療治をなさったらいかがですか。幸い、私は、からすを好きな金持ちを知っていますから話をしてあげてもよろしい。」といいました。

おじいさんは、どうしたらいいだろうかと思いました。

あの田舎をいっしょに出てきて、今日まで自分といっしょに暮らし、自分のためになってくれたからすを売るというようなことはしのびないことであったからです。けれど、こうして旅で病気になってしまっては、どうすることもできませんでした。その鳥を好きな金持ちがからすを大事にしてかわいがってくれたら、からすも自分とこうしているよりはしあわせであろうかと考えました。おじいさんは、外へ働きに出ることができなかったから、からすにうまいものを買って食べさせることもできなかったのです。

おじいさんは、困った末に、とうとうからすに悲しい別れを告げて、それを宿屋の主人から、金持ちに売ってもらうことにいたしました。

「さあ、これがお別れだ……。しかし、またどんな不思議な縁で、この世であわないともかぎらない。達者でいてくれよ。」と、おじいさんはからすに向かっていいました。

からすは、宿屋の主人の手から金持ちへ売られました。金持ちというのはある工場の持ち主でした。家にはおうむやいんこなどが、きれいなかごの中にいれて飼われていました。

「このからすが、唄をうたうというのだな。」と、主人は、宿屋の主人にたずねました。

「さようでございます。おじいさんにつれられて街々を歩いて、唄をうたったからすはこれでございます。」と、宿屋の主人は答えました。

工場の主人は、からすをやはりきれいなかごにいれて、他のおうむや、いんこなどと並べて、縁側にかけました。からすが唄をうたうのを聞くのを楽しみにしていました。

他の鳥は羽は美しく、ちょうど美しい織物か、また彩られた絵を見るように華やかであったけれど、からすは真っ黒で、その体には珍しい、美しい、色彩もついていませんでした。この家の、お嬢さんや坊ちゃんは、

「なんだい、こんな黒いからすなんかつまらないなあ。」といって、かごの前に立って、悪口をいいましたけれど、主人は、そんなことに頓着せず、ただからすが唄をうたうのを聞くのを楽しみにしていました。

日はたちましたけれど、いっこうからすは唄をうたいませんでした。からすは、毎日とまり木に止まってじっとしていました。そして、驚いているように、黒いさんしょうの実のような円い目をくるくるとしていました。

「場所が変わったので、それで鳴かないのだろう。なにしろ、この機械の音がしたり、いろいろな物音がしては、馴れるまで鳴かないのも無理がない。」と、主人は思いました。

おうむや、いんこは、からすの知らないような、人間の言葉を、巧みにまねてみんなを喜ばせたり、また、笑わせたりしていましたが、からすは、まだ独りでさびしそうにしていました。

この家へきたお客さまたちは、からすの前へやってきました。

「これが唄をうたうからすというのですか。ひとつ唄をきかしてもらいたいものです。」といいました。

しかし、だれもまだ、からすの唄をうたうのを聞いたものがありません。

「お父さん、このからすを殺してしまいましょうか?」と、坊ちゃんは、乱暴なことをいいました。

「お父さん、つまらないじゃありませんか。こんな鳴かないからすなんか逃がしてしまったほうがいいのに。」と、お嬢さんはいいました。

工場の主人は、まあ、しばらく置いてみようといって、そのままにしておきました。他の鳥たちは、朝から、晩までおしゃべりをしていました。そして、無口の芸なしのからすをあざわらっていたのです。

ある日のこと、街のあちらからチャルメラの音がきこえてきました。からすはくびをかしげて、じっとその音をきいていましたが、とつぜん、

「あめの中から、キンタさんと、オツタさんと飛び出たよ。」と、唄をうたいました。

これをきいたものは、みんな手をたたいて笑いました。主人は、さも感心したように、じっとかごの中のからすを見ていました。チャルメラの音が、あちらですると、また、からすは、

「あめの中から、キンタさんと、オツタさんと飛び出たよ。」と、唄をうたいました。

主人は、あのチャルメラを吹いているのは、もとこのからすを飼っていたあめ売りのおじいさんであったかもしれないといって、人をやって、もしおじいさんのあめ売りだったら、つれてくるようにといいました。

まもなく、そこへ、赤や、紫や、青の小旗を屋台に立て、病気のなおったおじいさんがつれられてきました。そして、おじいさんは、一目からすを見ると、うれしさのあまり、涙を流して喜びました。からすはかごの中でしきりに頭を動かして、おじいさんを見てなつかしがりました。おじいさんがチャルメラを吹かないのに、からすは唄をうたったりして、きかせたのであります。

この有り様を見て、工場の主人は感心しました。

「私も、子供の時分は、静かな田舎で育ったのだ。あの時代のことを思うと、なにからなにまでなつかしい。年よりは、こんな空気の悪い街の中に暮らさないで、田舎へ帰ったほうがいい。」といって、主人は、旅費とからすをおじいさんに与えたのであります。

おじいさんもからすも喜びました。その後、幾日かたってから、ふたたび田舎の街道へおじいさんは現れ、からすは放たれて木の枝に止まって唄をうたっていました。

――一九二五・四作――

●図書カード

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