Chapter 1 of 1

Chapter 1

ちい子ちゃんは、床の中で目をさましました。うぐいすの鳴き声が、きこえてきました。

「おや、ラジオかしら。」

このごろ、いつもお休み日の朝には、小鳥の鳴き声が放送されたからです。しかし、その声は、お隣の庭の方からきこえてくるような気がしました。あちらには、梅林があるし、木立もたくさんしげっていますから、どこからかうぐいすが飛んできて鳴いているのでないかとも、思われました。

「お母さん、あれラジオのうぐいすなの。」と、ちい子ちゃんは、聞きました。

とっくに起きて、家の中で働いていらした、お母さんは、

「ほんとうのうぐいすですよ。花が咲いているから、飛んできたのです。さあ、あんたも早く起きて、お顔を洗いなさい。いいお天気ですよ。」と、おっしゃいました。

「ああ、そうだ。日曜学校へいって、先生からお話を聞いて、それから、とみ子さんや、まさ子さんといっしょに遊ぶ、お約束がしてあったのだ。」と、思い出すと、ちい子ちゃんは、すぐに床から出ました。

空は、緑色にすみわたっていました。朝日がさして、木々の葉はいきいきとかがやいて、いい気持ちであります。

ちい子ちゃんは、ご飯をいただいてから、お机の前でまごまごしていました。お母さんに髪を結ってもらって、時計を見ると、じき八時になります。

「あら、おくれたらたいへん。」といって、お玄関で、げた箱からくつを出してはいて、お家を出ました。

さっきのうぐいすでしょう、こんどは、どこか遠くの方で鳴いている声が、きこえてきました。垣根のそばを歩いていくと、赤いつばきの花の咲いた家があります。ご門のところに、ぼけの花のいっぱいに咲いている家もありました。またお庭に白い花の咲いた、高いこぶしの木のある家もありました。そして、ちい子ちゃんが、広い通りへ出ようとしたとき、一軒のご門の前に、一人のおばさんが、ふろしき包みをかかえて、紙片を持って、門札をながめながら、ぼんやり立っているのを見ました。ちい子ちゃんが近づくと、

「お嬢ちゃん、川上さんという家をごぞんじありませんか。」と、おばさんは、聞きました。

「川上さん? 私、知らないわ。」

「番地を書いてもらってきたのですけれど、この番地が見つからないのですよ。」

おばさんは、家政婦さんか、女中さんでありました。雇われるお家がわからなくて、困っているのです。ちい子ちゃんは、白い新しいたびをはいているおばさんが、なんとなく気の毒になりました。

「おばさん、待っていらっしゃい。」

ちい子ちゃんは、あちらの角にあった、たばこ屋へ飛んでいきました。そして、川上という家をたずねたのです。

「ああ、川上さんですか。このごろ、越してきた方でしょう。こちらの路地を入って、つき当たりの家です。」と、たばこ屋で教えてくれました。

ちい子ちゃんは、あちらに立っていた、おばさんのところへ飛んでいって、知らせてやりました。

「お嬢ちゃん、どうもありがとうございました。」と、おばさんは、喜んで、いくたびも頭を下げました。

ちい子ちゃんも、うれしかったのです。往来へ出ると、人がたくさん通っていました。草花屋が、手車の上へ、いろいろの草花の鉢をのせて、「草花や、草花。」といいながら、引いていきました。

どこを見ても、もう、すっかり春の景色です。教会堂のとがった屋根が見えていました。

神さまは 軒の

こすずめまで

おやさしく いつも 愛したもう

ちい子ちゃんは、うたいながら、教会堂まで走っていくと、はや、お説教が、はじまっていました。みんなが、静かにしていますので、ちい子ちゃんは、お説教の終わるまで、外に待っていようと思いました。

ドアの外には、子供たちのげたが、ちらばっています。ちい子ちゃんは、それを一つ、一つ、きちんとならべました。また、げたばこの下に投げ出してあったスリッパを、箱の中へ収めていました。

ちい子ちゃんは、お説教のあとで、子供たちが、幾組かに分かれて、先生から聞くお話をたのしみにしていました。

「まさ子さんや、とみ子さんは、どこにいらっしゃるだろう。」と、ドアのすきまから、内をのぞいたのです。けれども、みんながあちらを向いて、同じ頭をしているので、よくわかりませんでした。高窓の色ガラスから流れる、黄や紫や、青の光線は、不思議な夢の国を思わせました。壁にかかっている、いつもにこやかなお顔のマリアさまは、手をさしのべて、みんなの頭をなでていてくださいました。ちい子ちゃんは、びっくりしました。

「おばあちゃん、おんも……よう。」と、このとき、坊やが、わめいたからです。みんなは、だまって、牧師さまのお話を聞いているのに、坊やだけは、わからないから、外へ出たいというのでした。

「おとなしく、じっとしていらっしゃい。」と、大きな声で、おばあさんが、いっています。

急に、この二人の声で、ほかの人たちは、牧師さまの声が、耳に入らないので、困っているようすでした。

「おばあちゃん、おんもよう。」と、坊やは、腰かけから立ち上がって、すねています。

「外へ、いくのかい。」

みんなが、おばあさんの方をふり向きました。しかし、おばあさんは、平気なものです。

「どうぞ、しずかにしてください。」

牧師さまは、たまりかねて、おばあさんに注意なさいました。

「さ、さ、おんもへいきましょう。」と、おばあさんは、孫の手を引いて、ドアの方へやってきました。

「あら、小西のおばあさんだわ。」と、ちい子ちゃんは、目をまるくしました。

小西のおばあさんは、つんぼで、人のいうことが、よくきこえぬのです。だから、自分も、大きな声を出して、なんとも思わなければ、また、みんなに迷惑をかけることもわからないのでした。

おばあさんが、坊やをつれて、ドアの外へ出ましたから、そこに立っていた、ちい子ちゃんは、おじぎをしました。

「だれかと思ったら、ちい子ちゃんですか、あんたは、いまいらしたの。」と、おばあさんは、大きな声でいいました。

「きれいに、だれが髪をゆってくだすったの。」

「お母さん。」と、ちい子ちゃんは、答えました。

「まあ、赤いリボンをつけて。」

おばあさんの声が、よくへやの内へ聞こえるので、みんなが、こちらを向いています。

ちい子ちゃんは、きまりがわるくなりました。

「坊や、おいで。」

ちい子ちゃんは、坊やをつれて、教会堂の横手の方へいきました。そこには、桜の木があって、花が咲いていました。腰かけや、すべり台などがありました。

もう、花が、ちら、ちら散っています。坊やは、それを拾っていました。

「坊や、すわると、おべべが、よごれるよ。」

おばあさんが、大きな声でいいました。ちい子ちゃんは、ここなら、みんなのおじゃまにならぬと思って、安心していました。

ちい子ちゃんが、ベンチに腰かけていると、おばあさんが、そばへきて、

「あんたのおくつは新しいの、いつ買ってもらったの。」と、聞きました。

「こないだ、学校へ上がったときよ。」と、ちい子ちゃんは、答えました。

「いま、おくつは、お高くなったんでしょう。」と、おばあさんは、いろいろのことを話しました。坊やは、拾った花びらを、またまいていました。花びらは、ひらひらと白いちょうちょうのように、風に舞いました。

「ちい子ちゃん、あんた忘れたでしょう。小さいとき、道を歩いていて、前へいくよそのお姉さんを見て、お母さん、あんなくつよ、わたしほしいわといったことを。そのお姉さんのくつは、かかとの高い、さきのとがった、ハイカラのおくつで、ダンサーか、女優さんのはくくつで、あんたが、そういったものだから、通る人がみんな見たのでそのお姉さんは、きまり悪がって気の毒だとお母さんが、おっしゃいました。」と、おばあさんが、いいました。

「おばあさん、ハイヒールでしょう。」

「そう、そう、そのハイヒールとかいうくつです。ちい子ちゃん、くつはあんなのより、やはりこうした、かかとの平らな、すこし大きいくらいのが体のためにいいのですよ。」

おばあさんは、たいくつなもので、だれとでも話したかったのです。

「ちい子ちゃん、そんなこと覚えていますか。」

「わたし、忘れたわ。」

「みんな小さいときのことは、忘れてしまうものかね。」

そのとき、坊やは、ひとりで歩いて、教会堂の門から、外の方へ出ていこうとしていました。これを見つけた、おばあさんは、

「あ、坊や、ひとりでいっては、あぶないよ。」と、もう、ちい子ちゃんのことなど忘れて、坊やの後を追っていきました。

「ほんとうに、私、そんなことがあったかしらん。」

ちい子ちゃんは、いまごろ牧師さまのお説教が終わって、先生のお話がはじまる時分だと思って、ドアの方へ、足音軽く歩いていきました。そして、静かに中へ入っていきました。ちい子ちゃんは、かわいいお嬢ちゃんです。

●図書カード

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