Chapter 1 of 1

Chapter 1

ある日、光子さんは庭に出て上をあおぐと、青々とした梅の木の枝に二匹のはちが巣をつくっていました。

「おとなりの勇ちゃんが見つけたら、きっと取ってしまうから、私、知らさないでおくわ。」

そう思って見ていますと、一匹ずつかわるがわるどこかへとんでいっては、なにか材料をくわえてきました。そして、一匹がかえってくると、いままで巣にとまって番をしていたのがこんどとんでいくというふうに、二匹は力をあわせてその巣を大きくしようとしていたのです。

そののち、光子さんは毎日梅の木の下に立って、その巣の大きくなるのを見るのがなんとなくたのしみでありました。

「もう、今日はあんなに大きくなった。」

しかし、それはほんとうにすこしずつしか大きくならなかったのです。二匹のはちが小さな口にくわえてきた材料を、自分の口から出るつばでかためていくのでありましたから、なかなかたいへんなことです。けれど、はちは、たゆまずうまずに、朝も晩も巣をつくることに、いっしょうけんめいでありました。

ところが、どうしたことか、そのうち巣にとまっているのがいつも一匹であって、もう一匹のすがたが見えなくなったことです。

「どうしたんでしょう?」と、光子さんはしんぱいになりました。

光子さんはお母さんのところへ走っていきました。

「ねえ、お母さん、はちが一匹いないのよ。いつも二匹のがどうしたんでしょうね?」といって、きいたのであります。

「そうね、きっとそのうちにかえってくるでしょう。」と、お母さんにもすぐにはわからなかったのでした。

「もう、ずっとかえってこないの。一匹がさびしそうにしているの。」と光子さんは、なんだかひとりのこされたはちの身の上を思うと、気が気でなかったのです。

「どうしたんでしょうね。いたずらっ子にでも殺されたか、悪いくもの巣にでもかかって、かえれないのかもしれません。」と、お母さんはおっしゃいました。

――悪いくも――ということが、すぐに光子さんの頭に強くひびいてきました。いつであったか、ひさしから木の枝にかけていたくもの巣に、はちがかかって、とうとうくものために殺されたのを見たことがあったからです。また、その巣には、せみもかかれば、ちょうもかかったのでした。さいしょ、これらの虫がとんできて、目に見えない細い糸に足をとらえられると、逃げようとしてもがきます。しかし、いくらあせっても、もちのように糸がねばりついて、足にからみつくばかりです。そのうちに、虫は弱ってしまう、そのとき、どこからか黒い大きなくもがあらわれてきて、するどい口で生き血を吸ってしまうのでありました。

そのありさまを思いだすと、この勤勉なはちもそんなめにあったのではないかと、いたましいすがたが想像されたのです。そればかりではありません。また――いたずらっ子に殺される――というしんぱいも、ないではなかったのです。

いつか、勇ちゃんが水たまりへ水を飲みにおりてきたはちを、持っていた棒でたたきおとして殺したことがあったのです。

いずれにしても、一匹のはちはなにかの不幸に出あって、もうかえってこないもののように思われました。光子さんは、また、梅の木の下にもどってきました。

「まだかえってこないのか。どうしたんでしょう、ひとりで、さびしくない?」といって、巣にとまっている一匹のはちに話しかけました。

けれど、ものをいうことのできぬはちは、ただ巣にとまってじっとしているばかりでありました。ちょうどそこへ、勇ちゃんが遊びにきましたから、光子さんは梅の木の下をはなれてしまいました。

「光子さん、まだ梅の実がなっているね。もう梅の実はあまくなった?」といって、勇ちゃんは梅の木を見あげました。

光子さんは、勇ちゃんがはちの巣を見つけたらたいへんだ、きっとそのままにしておかないと思いましたから、

「勇ちゃん、こっちへいらっしゃい。きれいなお人形さんを見せてあげるわ。昨日、よそのおばさんにいただいたのよ。」といいますと、勇ちゃんは日にやけたまっ黒な顔をして、

「お人形さんなんか、いいよ。それより、ねこをつれておいでよ。」と、いいました。

勇ちゃんは、ねこが大すきなのでした。

「タマは、いまいないの。」と、光子さんはタマを出すまいとしました。

なぜなら、勇ちゃんはあまりかわいがりすぎて、ねこを苦しめたからです。

「どこへいったの?」

勇ちゃんは、お家の内をのぞいていました。光子さんは、タマが出てこなければいいと思いました。出てきたら、また勇ちゃんがだいたり尾をひっぱったり、いやだといって逃げるのをむりにおさえて、外へつれていってしまうだろうとしんぱいになったからです。

「きっと、おじいさんのところでしょう。」と、光子さんはいいました。

勇ちゃんは、光子さんの家でいちばんおじいさんがこわかったのです。だから、もうそれっきりねこのことをいうのをやめてしまいました。

「光子さん、遊びにいこう。」と、勇ちゃんがいいました。

「ええ、いきましょう。」

光子さんは勇ちゃんと肩をならべて、木戸をあけて、きらきらと日が草木の葉にかがやいている往来の方へと出ていきました。あちらには、年ちゃんやよし子さんたちが遊んでいました。すぐに、みんなはいっしょになりました。

「原っぱへポチをつれて、きちきちばったを捕りにいこう。」と、勇ちゃんがいいました。

ポチはみんなのすがたを見ると、とんできました。そして、いきなり勇ちゃんにとびついて勇ちゃんの顔をなめたりしました。

原っぱへいくと、ほかにも子供たちがいて、きちきちばったを追っていました。また、ほかの女の子は、じゅず玉を取ってくびかざりなどをつくっていました。

「私、じゅず玉がほしいの。勇ちゃんとってくれない?」と、光子さんが勇ちゃんのいるところへきて、いいました。

勇ちゃんはきちきちばったを捕らえて、指のあいだにはさんでいました。

「光子さん、じゅず玉がほしいの? たくさん取ってあげるから、こんどタマをいじらせてくれる?」と、ききました。

光子さんは、勇ちゃんがねこをいじるのはしつこくてかわいそうだけれど、いじめるのではないから、「うん。」といって、承諾しました。

「じゃ、このきちきち持っていておくれ。」といって、ばったを光子さんにわたして、自分は草むらの中にはいりました。

ポチが、まっ先になってとびこみました。

光子さんは、こちらにぼんやりと立って、勇ちゃんがじゅず玉の茎を折ってくるのを待っていました。年ちゃんやよし子さんは、あちらでまりぶつけをしていました。青い海のような空には、白い雲がほかけ船の走るように動いていました。

このときです。

「あいた!」と、ふいに勇ちゃんのさけぶ声がしました。

「どうしたの?」と、光子さんは顔色をかえて、自分も草むらの中にかけよろうとしました。勇ちゃんは片手にじゅず玉の茎をにぎり、片手でほおをおさえて泣かんばかりにして出てきました。

「はちにさされた!」といって、目からなみだを出しました。

「はちに?」

光子さんは、わるかったと思いました。

「勇ちゃん、かんにんしてね。」といって、光子さんはわびました。

自分がじゅず玉を取ってくれとたのまなければ、勇ちゃんは、はちになんかさされなくてもすんだのだと思ったからです。勇ちゃんは、じゅず玉のなっている枝を光子さんにわたすと、きちきちばったをうけ取って、

「お母さんに、お薬をつけてもらうから。」といって、走ってお家へかえってしまいました。

光子さんは、きゅうにつまらなくなって、じゅず玉の枝をひきずるようにしてお家へかえりました。じゅず玉の実は、銀色に、むらさき色に、さながら宝石のように光っていました。

お家へかえってから、梅の木のはちを見ると、ひとりぽっちで巣をつくっていたはちとおなじなはちが勇ちゃんをさしたのだと思うと、きゅうに、はちにたいする同情がうすくなったけれど、また、そのしおらしいすがたを見ると、

「お家のはちは、かわいそうなのよ。」と、ひとり言をして、光子さんはそのはちを見まもっていました。

「これは、きっと、お母さんばちにちがいないわ。」と思うと、光子さんの目の中からしぜんにあついなみだがこぼれおちたのです。

二、三日たって、勇ちゃんは木戸口から、「光子さん!」といって、遊びにきました。

まだ、ほおがいくらかはれていました。そのうちに、勇ちゃんは梅の木のはちの巣を見つけました。

「あ、はちが巣をかけているよ。」といって、勇ちゃんは梅の木見あげながら小さな太い指でさしました。

光子さんは、胸がどきどきしました。「さあ、たいへんだ!」と思ったからです。このあいだの怒りもあって、勇ちゃんはきっと、このはちの巣を取るにちがいないと思いましたから、光子さんがおどろいたのもむりはなかったのです。はたして、勇ちゃんはあたりを見まわして、なにか棒がないかとさがしていました。

「ねえ、勇ちゃん、このはちは、ひとりぽっちでかわいそうなのよ。」と、光子さんはあわれっぽい声で、いいました。

「ひとりぽっちなの?」と、勇ちゃんは、ふしぎそうにききかえしました。

「え、そうなの。二匹でいたのが、一匹いくら待っても、もうかえってこないの。」と、光子さんは答えました。

「ほんとう、どうしたんだろうな。」と、勇ちゃんは目をまるくしました。

「いたずらっ子に殺されたのか、わるいくもの巣にかかったんだろうって、お母さんがおっしゃってよ。」

勇ちゃんはなんと思ったか、だまって、たった一匹巣に止まっているのを見ていましたが、

「かわいそうにね。」といって、きゅうに、はちをいたわるようにながめていました。

「まあ、よかった! やはり勇ちゃんはやさしい。」と、光子さんは心の中で思いました。

「勇ちゃん、あんまりタマをいじめちゃいやよ。」といって、光子さんは奥から子ねこをだいてきました。

勇ちゃんは、にこにこして両手を出していました。

●図書カード

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