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Chapter 1

経験派

織田作之助

彼は小説家だった。下手な小説家だった。その証拠に実感を尊重しすぎた。

彼は掏摸の小説を構想した。が、どうも不安なので、掏摸の顔を見たさに、町へ出た。

ところが、一人も掏摸らしい男に出会わなかった。すごすご帰りの電車に乗って、ふと気がつくと、財布がない。掏られていたのだ。彼は悲しむまえに喜んだ。

「これで掏摸の小説が書ける」

彼は飛ぶように家へ帰った。そして机の前に坐ると、掏られたはずの財布がちゃんと、のっている。持って出るのをうっかり忘れていたのだ。

彼は原稿用紙の第一行に書かれている「掏摸の話」という題を消して、おもむろに、

「あわて者」

という題を書いた。そして、あわて者を主人公にした小説を書き出した。

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