Chapter 1 of 15

一 古代詞章の上の用語例の問題

口頭伝承の古代詞章の上の、語句や、表現の癖が、特殊な――ある詞章限りの――ものほど、早く固定するはずである。だから、文字記録以前にすでにすでに、時代時代の言語情調や、合理観がはいってくることを考えないで、古代の文章および、それから事実を導こうなどとする人の多いのは、――そうした人ばかりなのは――根本から、まちごうた態度である。

神聖観に護られて、固定のままあるいは拗曲したままに、伝った語句もある。だがたいていは、呪詞諷唱者・叙事詩伝誦者らの常識が、そうした語句の周囲や文法を変化させて辻褄を合せている。口頭詞章を改作したり、模倣したような文章・歌謡は、ことに時代と個性との理会程度に、古代の表現法を妥協させてくる。記・紀・祝詞などの記録せられる以前に、容易に原形に戻すことのできぬまでの変化があった。古詞および、古詞応用の新詞章の上に、十分こうしたことが行われた後に、やっと、記録に適当な――あるものは、まだ許されぬ――旧信仰退転の時が来た。奈良朝の記録は、そうした原形・原義と、ある距離を持った表現なることを、忘れてはならぬ。たとえば天の御蔭・日の御蔭・すめらみこと・すめみまなどいう語も、奈良朝あるいは、この近代の理会によって用いられている。なかには、一語句でいて、用語例の四つ五つ以上も持っているのがある。

言語の自然な定義変化のほかに、死語・古語の合理解を元とした擬古文の上の用語例、こういう二方面から考えてみねば、古い詞章や、事実の真の姿は、わかるはずはない。

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