Chapter 1 of 1

Chapter 1

昔あるところに、貧しい田舎者の夫婦がいました。夫婦は、朝から晩まで食うや食わずで働いていました。毎日、亭主は日銭稼ぎに行き、奥さんは近所の手間仕事を手伝っていました。

二人は、すすけた掘っ建て小屋に住み、家の中には、古ぼけた小さなベッドの他には家具が少しあるだけでした。けれども、不満などこれっぽっちも言いませんでした。夜は早めに床に就き、朝は夜明けとともに起きて働きだすのでした。

ある晩のこと、一ぴきのコオロギがうるさく鳴いて寝付けません。コロロ、コロロ、コロロ、鳴き止みません。

亭主が、いまいましそうに、ろうそくに火を点けて、ベッドから飛び降りました。

「どうしたんです、あなた?」

「コオロギのやつを、殺してやる」

「そのままになさいな、あれも神さまがお創りになったのですから」

明かりを目にしたコオロギは、鳴くのを止めました。

亭主は、ベッドに戻ると、ろうそくを消し、目を閉じて眠ろうとしました。

コオロギが、また泣き始めました。コロロ、コロロ、コロロ、鳴き止みません。

「静かにしろ、叩き潰されたいか?」

亭主は、再びろうそくに火を点けると、ベッドから飛び降りて、そこら中を探し始めました。

「コオロギのやつめ、どこに潜んでやがる?」

すると、コオロギが、

「コロ! コロ! コロ!」

亭主は、鳴き声のする方へ振り向くと、走り寄りました。

「コオロギのやつめ、どこに潜んでやがる?」

すると、コオロギは、部屋の反対側から、

「コロ! コロ! コロ!」

まるで、亭主をからかっているようでした。

その晩は、夫も妻も、一睡もできませんでした。

「コオロギを見つけて、殺しておけ」夫は、言いました。「もしまた今夜鳴いたら、承知しないぞ」

夫はすぐに手を上げるので、夫が出て行くとすぐに、妻はぶたれないように念を入れてコオロギを探し始めました。あちこち探し回りましたが、コオロギは一向に見つかりません。

「たぶん、戸口から飛んで逃げたんだわ」

妻は、ほっとしました。しかし、その夜、またもやコオロギが、

「コロ! コロ! コロ!」

鳴き止みません。

「まあ、あなた! どこもかしこも、隅から隅まで探したのに、見つからなかったのよ」

「明日、もっとよく探すんだ。さもないと、これだぞ!」

棒っ切れをつかむと、亭主は妻を叩こうとしました。

「叩いたら、叩き返してやる」

「何だと、もう一度言ってみろ!」亭主が大きな声を上げました。

「ああ、もう言いません、あなた!」

亭主は、気を静めました。部屋の中には、この二人のほかに誰もいません。それで、コオロギもしゃべる気になったのでしょうか?

「コオロギさん、私たちに何か用があるの?」妻が尋ねました。

「いいや、何も」

「隙間の奥で、何をしているの?」

「宝物を探してるんだ」

それを聞いた亭主は、妻に黙るよう合図をしました。そして、ベッドに戻ると、ろうそくの火を消しました。すると、すぐにコオロギが、

「コロ! コロ! コロ!」

二人は、夜が明けるまで、コオロギをそのまま鳴かせておきました。

日が昇ると、農夫の亭主は、畑に行く代わりに、あばら屋の中のレンガが敷かれていないところを、くわで掘り始めました。

日が暮れるまで掘りましたが、出てきたのは、石ころと茶碗のかけらと土だけでした。何の成果もないまま、一日棒に振ってしまいました。

「うそつきコオロギめ! 今夜もまた鳴いたら、ひねりつぶしてやる」

夫婦は、床に就いて、明かりを消しました。

「コロ! コロ! コロ!」

「どうしましょう、あなた?」

「コオロギのやつめ、殺してしまえ」

「ちょっと待って。コオロギさん、私たちに何か用があるの?」

「いいや、何も」

「じゃあ、そんな隙間の奥で、何をしているの?」

「このまま、今夜一晩鳴かせてくれ。明日になったら、訳を話すから」

そう言うと、コロ! コロ! コロ! と、明け方まで鳴き続けていました。

亭主が畑へと出て行くと、残された哀れな妻は、悪い予感がして体が震えだしました。

「コオロギさん、私に用がある?」

「おれを捕まえて、食べてみな。やれば分かるから」

コオロギを食べるなんて嫌でたまりませんでしたが、コオロギが言った、食べれば分かる! という言葉を信じて、勇気を振り絞り、羽をつまんで、口の中に入れて噛み潰しました。そのコオロギの美味しかったこと。もし、コオロギがいっぱい盛られた皿が目の前にあったら、妻はぺろりと平らげてしまったことでしょう。

その夜、亭主が畑から帰って来て、言いました。

「コオロギは、何か言ったか?」

「言ったわ。食べてみろ、分かるから! って。で、食べたの」

「じゃあこれでもう、鳴かれずにすむわい!」

ところが、そうはなりませんでした。しばらく経ったある夜、哀れな妻の体から鳴き声が聞こえます。コロ! コロ! コロ! これでは、コオロギを殺すわけにはいきません。そうしようと思えば、先に妻を殺すことになってしまいます。

九か月経つと、妻はかわいい男の子を産み落としました。その子は、生まれるやいなや、泣き声を上げる代わりに、まるでコオロギのようにさえずり出しました。

「何て名前を付けましょう?」

男の子は、皆がそう呼ぶことから、自ずとコオロギという名になりました。

コオロギのコロロッチョは、最初の数か月を過ぎると母親をがっかりさせるようになりました。ゆりかごから飛び出、ベッドから飛び出、母親の腕の中からも、まるでコオロギのように飛び出てしまうのです。

「コロロッチョ、だめじゃないの! そんなことをすると、罰が当たりますよ!」

すると、コロロッチョは、

「コロ! コロ! コロ!」

話すことを覚えず、こんなふうに返事をするのでした。

成長すると、さらに困ったことになりました。ささいな事でいっしょに遊んでいる子供たちに手を上げ、すぐに家の屋根の上に飛び上がり、誰も追いかけられない木のてっぺんに飛び移ってしまいます。そして、高いところから、友達をあざ笑うかのように、

「コロ! コロ! コロ!」

いつも、そんなふうなのです。

そんな時父親は、首を横に振りながらぶっきらぼうに言いました。

「コオロギは生まれ、やがて死にゆく」

近所の人が息子の苦情を言いに来ると、母親は、頭を下げて丁寧に謝るのでした。

「コロロッチョ、コロロッチョよ、お前のお母さんを悲しませるんじゃないぞ」

「コロ! コロ! コロ!」返事は、それだけです。

そしてとうとう、コロロッチョは、大変な事をしでかしました。

王さまとお后さまと王女さまが乗った馬車が通りかかった時のことです。あろうことか、コロロッチョが、突然馬車のはるか頭上に一っ跳びし、

「コロ! コロ! コロ!」

驚いた馬たちは、あらぬ方向へ手綱を引き進み、皆が叫び声を上げる中、後ろ足を蹴り上げていななきました。その間に、コロロッチョは、長い両足を伸ばし、両腕を広げて空高く飛び上がると、大笑い、つまりまたもや鳴き声を上げるのでした。

気が済むと、コロロッチョは、ぴょんと一跳ねして地面に降り立ちました。馬と馬車が、急に動きを止めました。そして、この時ばかりは、コロロッチョも逃げる暇はありませんでした。馬車付きの兵隊とそれに続く兵士たちが、すばやくコロロッチョに駆け寄ると、取り押さえ、手錠をかけて、牢屋に入れてしまいました。

「ああ、コロロッチョ、コロロッチョ! 心配していたことが、何か良くないことが起こるんじゃないかって!」

「お母さん、心配しないで。どうってことはありません」

父親は、首を横に振りながら言いました。

「コオロギは生まれ、やがて死にゆく!」

牢屋でのコロロッチョは、特に楽し気な様子ではありませんでしたが、いつものように朝から晩まで好き勝手に鳴いていました。

コロロッチョの牢屋は王さまの部屋のちょうど真下だったので、王様はその鳴き声に頭を悩ませていました。

「国王さまの言いつけだ。コロロッチョ、静かにしろ!」

鳴き止む気配は、全くありません。壁に向かって命令したのも同じです!

「コロ! コロ! コロ!」

王さまは、激怒して言いました、

「頭を切り落とせ!」

王女さまは、コロロッチョの首を切り落としに看守たちが牢屋へ向かうと聞くと、急いで王さまのところへ行き、足元にひれ伏して言いました。

「国王さま、コロロッチョを殺されると、私は困るのです」

「誰が、そう言えと?」

「これは私の本心です、哀れみ深き国王さま」

「やつが、おとなしくせぬ時は?」

「私が、言い含めます。きっと、おとなしくなるでしょう」

王女は、自ら牢屋に足を運びました。

看守たちは、すでに、コロロッチョの両手を背中で縛り、目隠しをして、処刑台の前にひざまずかせていました。

「国王さまのお情けです! そなた、コロロッチョよ、今後おとなしくすると約束するのです」

「嫌なこった、王女さま。コロ! コロ! コロ!」

「コロロッチョ、コロロッチョ、お願いだから、私のために!」

すると、コロロッチョが、今度は歌い始めました。

コオロギ、コロロッチョ、

王が娘をくれないならば、

夜も昼も、コロ! コロ! コオロギ、コロロッチョ!

これは一体、どうしたことでしょう? 王女さまをお嫁さんにしたいのでしょうか? それとも、気が違ってしまったのでしょうか? 王女は、からかっているのだと思い、王にこう告げました。

「国王さま、コロロッチョは正気を失っています。私と結婚したいと、こんな歌を。

王が娘をくれないならば、

夜も昼も、コロ! コロ! コオロギ、コロロッチョ!

しかし、王さまはその言葉を冗談だとは受け取りませんでした。

「さあ、やつに娘をくれてやろう! だがその前に、やつの頭を切り落とせ」

王女が何度頼んでも、もはや無駄でした。看守たちは引き返して、コロロッチョの両手を背中に縛り目隠しをして、処刑台の上にひざまずかせました。

「コロロッチョ、神に祈りをささげよ!」

「コロ! コロ! コロ!」

首切り人が、まさかりを持ち上げて振り下ろしました。

すると、まるでコロロッチョの首が青銅ででもできているかのようにまさかりは跳ね返り、歯がへこんでしまいました。驚いた首切り人と看守たちは、牢屋を閉めるのも忘れて一目散に逃げ出しました。

コロロッチョは、すぐさま縄をほどき目隠しを取って、両足でぴょんと一跳ねすると外に飛び出しました。そして、次の一跳ねで王宮の屋根の上まで登るや、すぐさま下にある王さまの部屋めがけて、

「コロ! コロ! コロ!」

鳴き声は、一向に収まりません。王さまは、この忌々しい鳴き声がうるさくて何も考えることができませんでした。しかし、なすすべがありません。コロロッチョは始終あちこち飛び回って、一つ所に留まらないのです。こんなコオロギは、これまで見たことがありません!

王宮では、一週間の間誰もぐっすりと眠れず、皆頭がぼうっとして正気を失ってしまったかのようでした。

「ちくしょう、コロロッチョのやつめ!」

こんな暮らしは、耐えられぬ。王さまは、取引をすることにしました。

「コロロッチョよ、お前に宝を与えよう!」

「宝ならもう持ってるよ、国王さま」

「コロロッチョよ、お前に男爵の位を授けよう」

「もっと上等な位がいいな、国王さま」

「どんな位じゃ?」

「王子だよ」

王さまは、あきれてしまいました。

「王子というなら、その王冠はどこにあるのじゃ?」

「我が母の、ベッドの下に」

それが本当かどうか、王さまは使いをやって、哀れな母親のベッドの下にあるすすけた物入れを調べさせました。

「国王さま、ベッドの下に、布切れの入ったかごがありました」

「で、どうだったのじゃ?」王は尋ねました。

「それらしい物は、何も」

王はもっとよく探させるため、今度は大臣たちを送り込みました。

「国王さま、ベッドの下に、スリッパが一揃いありました」

「コロロッチョの言ったようなことは?」

「それらしい物は、何も」

そうする間も、王宮の屋根の上では、夜昼構わず鳴き声がします。

「コロ! コロ! コロ! ああ、コロロッチョのやつめ!」

母親が駆けつけて、

「コロロッチョ、コロロッチョや、黙りなさい! 下に降りるのです!」

父親は、首を横に振りながら、

「コオロギは生まれ、そして死にゆく!」

そう言うと、仕事を片付けに田舎へ帰ってしまいました。

大臣たちは、言いました。

「国王さま、もはや八方ふさがりです。王女さまをやつに渡すしかありません」

王さまは、うなずくと言いました。

「愛しい娘よ、おまえをコロロッチョにやらねばならぬ」

王さまが王女を彼に与えるという知らせを聞いたコロロッチョは、肩をすくめて言いました

「願った時には断ったくせに。今更やると言っても、いらないよ」

そして、ぴょんぴょんと二度跳ねて、姿を消しました。

王女は、病気になってしまいました。王と王妃は、王女に尋ねました。

「娘よ、具合はどうじゃ?」

「胸が苦しいのです。コロロッチョと結婚できなければ、死んでしまいます」

その間も、コロロッチョからは、何の音さたもありません。鳴き声を聞いたという者もちらほらありましたが、姿を見た者はいませんでした。しかし、よく聴けば、それは間違いなくコロロッチョの鳴き声なのでした。看守や兵士たちは、声を張り上げながら、王国中を探し回りました。

「コロロッチョ! おーい、コロロッチョ!」

すると、はるか遠くの方から、

「コロ! コロ! コロ!」

「あの山の上だ」

皆は、急いでそこに向かいました。そして、やっと頂上にたどり着くと、コオロギの鳴き声は、はるか彼方の原っぱから聞こえます。

「下にいるぞ」

皆は、走り降りました。原っぱに到着すると、コオロギの声は、はるか向こうの森の中から聞こえます。看守たちも兵士たちも、歩き疲れて、足が棒になり使い物にならなくなりました。

やせ衰えた王女は、か細い声で言いました。

「国王さま、私が行きます。どうか私一人で行かせてください」

王女は、まずコロロッチョの両親の住むすすけた小屋に行ってみました。

「お母さま、コロロッチョの王冠はどこですか?」

すると、それに答えるかのように、

「コロ! コロ! ベッドの下にある。王女さま、掘ってごらんなさい」

王女は、隅っこに置かれたくわを見つけると、穴を掘り始めました。しかし、王冠は出てきません。

「コロロッチョ、疲れたわ! 腕が折れてしまう」

「コロ! コロ! 王女さま、掘るのです」

王女さまは、再び掘り始めました。掘って、掘って、掘って、けれども王冠は姿を見せません。

「コロロッチョ、疲れたわ! もう死にそうよ」

「コロ! コロ! コロ! 王女さま、掘るのです」

王女は、疲れ切って地面に倒れこみました。

「気を失いそうよ!」

そう言って、息を引き取ってしまいました。

コロロッチョは姿を現し、死んでしまった王女を見て、涙を流しました。

「コロ! コロ! コロ! ああ、僕の王女さま! こんな定めになるなんて! コロ! コロ! コロ!」

コロロッチョが、くわを手に取り二振りほどすると、王女さまの体の下から王冠が現れました。それは、見たこともないほど立派なもので、まぶしくて目を向けていられないほどでした。

「お父さん、お母さん、これはお二人に差し上げます。さあ、コロロッチョのために泣いてください」

そう言うと、死んでしまったかのように地面に倒れ込みました。父親と母親は、泣いて言いました。

「私の立派な息子、コロロッチョよ!」

そうした間にも、コロロッチョの体は、どんどん縮んでいきました。

「私の立派な息子、コロロッチョよ!」

両親は、たいそう嘆き悲しみました。コロロッチョの体は見る見るうちにしわくちゃになり、人の形を留めぬほどになりました。そして、足や羽が細くなり、少しずつ少しずつ元の黒いコオロギの姿に戻っていきました。

「さようなら、お母さん! さようなら、お父さん!」

コロロッチョは、一跳ねすると、戸口の方へ向き、

「コロ! コロ! コロ!」

と鳴きました。

コオロギは生まれ、コオロギは死んだ。

我ら、短きマントを羽織ったままで。

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