一
悪夢のやうな戦争がすんで、その悪夢の名残りとも思はれる重苦しい気分が、まだ続いてゐるいく年か後のことである。
もう五十を二つ三つ越して、十年一日のやうな教師といふ職業に、すこし疲れをおぼえかけた守屋為助は、性来、ものごとにこだはらず、どこまでも善意をもつて人に接するといふ風な人物であつたにも拘はらず、近頃、ふとしたことに思ひ悩んで、めづらしく暗い顔を家のものにも見せるやうなことがある。
A大学教授、といふ新しい肩書ですこし鼻を高くするほどの稚気はさらさらなく、昔ながらの高等学校教師でゐたいと、いつも口癖のやうに言ひ言ひするのを、妻の杉江は、それはさうあらうと、夫の言葉をそのまま信じ、別に俸給の率に関係さへなければ、その方が夫の人柄にふさはしいのにと、ひそかに、大学教授といふいかめしい肩書を恨んでゐるくらゐであつた。
事実、守屋為助には、学問に対する情熱よりも、教育そのものに対する興味の方が大きいやうにみえた。専門の心理学は、いはば、概論の繰り返しに必要な新刊書に眼を通す程度に止め、特別に深い研究をつづける野心もなく、その代り、一個の教師として、受持の学生を指導する責任といふ点にかけては、彼ほど真剣に、かつ、周到に、そのことを考へてゐる教師は、稀だといひ得るのである。
櫛をあてるのは、床屋へ行つた時だけといふ頭髪は、棕櫚箒のやうに左右に乱れ、上下いく本か残つてゐる歯は、煙草のヤニのために海岸の岩のやうに黒く、剃刀を極度にきらつて、ヒゲは必ずハサミで切らせることにしてゐるから、いつでも多少は伸びてゐる。九州人特有の骨格が、洋服を和服のやうに、和服を洋服のやうにみせるほか、風貌全体からいへば、これといつて人目をひくやうなところはない。いつも慎み深く、どこへ行つても片隅に座を占める習慣があるので、集りの場所などでは、気をつけて捜さなければ、彼のゐることをうつかり知らずにすごすこともあるくらゐである。
ところが、この、一見、地味で目立たない存在が、家庭でも、学校でも、決して周囲からうとんぜられる存在ではなく、それどころか、彼の在るところ、常に春風駘蕩といひたいほどの、一種の温か味と爽やかさとを身につけてゐることが、それを感じるものにはみな感じられてゐた。
彼の怒つた表情を誰も見たものはなく、さうかといつて、高笑ひの声を聞いたものもない。彼の眼は常にしづかに澄み、唇は、わづかにもの言ひたげに開いてゐる。口数は決して多くはないけれども、話しはじめると、なかなか能弁で、しかも、節度があつた。時に諧謔を弄するやうにみえることがあるけれども、それも、才気の迸りに類するものではむろんなく、淡々とした性情の自然の流露が、間髪をいれぬ素朴さで、急所を突いた応酬を生むのである。
二男二女の父親である彼は、妻の杉江と共に、そろそろ、老後の心配をしはじめてゐるものの、幸ひに長女は、良縁を得て、終戦の年に北海道札幌に家を持ち、長男は、今年大学の経済部を卒へて某出版社に就職がきまつた。家からそれぞれ学校に通つてゐる次男と次女とは、まだ丁年に達せぬながら、なかなか親思ひなところがあり、次男の如きは、必要な書物は自分で買ふと称し、なにやら、アルバイトのやうなことをやつてゐる様子である。
なにをやつてゐるのかを問うても、次男の達也はなかなか言はうとせぬので、彼はもう強ひて詮議はせぬつもりでゐるが、それでも、どうかすると、それが気がかりで、夜おそくまで帰らないやうなことがあると、妻の杉江に、「気をつけろ、大丈夫か」と、役にもたたぬ念をおしたりする。
次女の志津子は、まだ至つて呑気な女学生で、口では倹約をすると言ひながら、少女雑誌をいく種類も買ひ込み、読んでしまふと、さつさと友達に貸すのが楽しみのやうである。
この二人の息子と娘とをどう取扱つていいか、実は、守屋為助は、もう、それほど自信がもてなくなつてゐた。もともと、子供の教育などといふことは、親がどんなに力んでも、思ふやうになるものではないと、彼は、理論的にも、実際的にも、限度のあることを知つてはゐたが、上二人の場合は、それでも、又親として、かうさせようと思へばかうなるといふ、いくぶんの成算が立つやうだつたけれども、下二人になると、それがまつたくさうはいかぬことに、早くも気がついた。別に、彼の言ふことを聴かぬとか、あからさまに反抗を示すとかいふのではないにしても、どこか、上二人ほど手ごたへがなく、言ふことなすこと、およそ判断にあまることばかりで、つまるところ、なんのために父親がゐるのか、自分ながら得心のいかぬ場合がしばしばあるのである。彼は、さういふ不安とも不審ともつかぬ気持を、まだ子供たちに正面からぶつけてみたことはない。ただ、杉江に向つて、こんな風に切り出してみることがある。
「ねえ、君はどう思ふ? 達也や志津子は、いつたい、両親をいくぶんでも尊敬してゐるのかねえ?」
妻の杉江は、夫の言葉の調子があまり穏かで、笑ひをさへ含んでゐるのに気をゆるして、
「さあ、特別に尊敬なんかしないでせう。だつて、尊敬なんかしてもらふ理由ないんですもの」
と、思つたとほりを言ふ。
「うむ。それはそれに違ひないが、別に、封建的な意味ぢやなくさ、公平に考へて、普通の子供なら、普通の親を、いくぶん、親として認めてもよささうなもんぢやないか?」
彼は、さういふ自分のなかに、まだまだ、家族制度を尊重する旧思想が根を張つてゐることを認めながら、それをいくぶんでも自分で否定するやうな身構へで言つた。
「あら、二人とも、親を親とも思はないやうなところは、ちつともありませんよ。やつぱり、なんでもかんでも、お父さん、お母さん、ですよ。ただ、お行儀つてものを、まるで知りませんね。あれで、当節は、通用するらしいんですよ。あたしたちも、戦争ですつかり、お行儀なんてこと、言つてられませんでしたからねえ」
「ふむ、お行儀か……君は、さう解釈するんだね。たしかに、さういふ一面もある。だが、行儀なんてものは、一軒の家で教へたつてダメだな。ぢや、万事、成行にまかせるか」
この話はひとまづそこで打ち切られるが、守屋為助は、これで、さつぱりしたわけではない。
「お父さん、飯食つた?」
学校からまつすぐに帰つて来たらしい次男の達也が、書斎の前を通りながら、彼に声をかける。
彼は、返事をしようかしまいか、と、一瞬間ためらつた末、
「食はん」
と、やる。足音はもう聞えない。
また、次女の志津子が寝坊をして、やつと洗面所へ顔を洗ひに来る。彼は、もう口をすすぎ終つて、洗面器に水を溜めてゐるところである。
「急ぐのよ、早くどいてよ」
娘の、いくぶん尖つた声を背中に浴びて、彼はうろたへる。そして、彼は、なるほど、と、思ふ。たしかに、妻の言ふとほり、親を親と思はぬわけではない。ただ、親を親としか思はぬか、或は、親と思ひすぎてゐるのである。平たく言へば、物事のけじめをわきまへぬだけの話である。彼は、なにか、ほつとして、笑顔を作りながら、後ろをふりむく。
「お早う、よく眠れたかい?」
「そんなことより、お父さん、学校の寄附どうするの? 早く決めてよ。お母さんになんべんも言つてるのに、待つて待つてつて、ばかり言ふのよ」
「よし、けふきめる。朝飯がすむまでにきめる」
彼は、校舎増築の費用を生徒の父兄が負担する制度について、妻の杉江と、これ以上是非得失を論じてもラチがあかぬと肚を決めた。