Chapter 1 of 1

Chapter 1

ある粉ひきの男が、だんだん貧乏になりました。そして、とうとうしまいには、粉ひきの水車と、そのうしろにはえている一本の大きなリンゴの木のほかには、なにひとつないようになってしまいました。

あるとき、粉ひきが森にはいって、たきぎをとっていますと、見かけたことのない、ひとりのおじいさんが粉ひきのところへやってきて、

「おまえは、なんでそんなにほねをおって木を切っているのだね。おまえが、水車のうしろに立っているものをわしにくれると約束すれば、わしはおまえを金持ちにしてやろう。」

と、いいました。

(それは、あのリンゴの木のことにちがいない。)

粉ひきはこう考えましたので、

「いいですよ。」

と、こたえて、その知らない男に証文を書きました。

すると、その男はあざけるようにわらいながら、

「三年たったら、またきて、わしのものをもっていくぞ。」

と、いって、それなりどこかへいってしまいました。

粉ひきがうちへかえってきますと、おかみさんがむかえにでて、いいました。

「どうしたんだろうねえ、親方。いったいどこから、お金がだしぬけにうちんなかへはいってきたんだろうねえ? そこらじゅうの箱が、きゅうに、みんなお金でいっぱいになってしまったじゃないか。だれももってきたわけじゃなし。どうしたわけなんだか、あたしにゃさっぱりわからないよ。」

すると、粉ひきはこたえていいました。

「そりゃあ、森のなかでおれがであった、どこかの男のやったことさ。なにしろ、そいつはおれに宝ものをうんとくれるって約束をしたんだからな。そのかわり、おれは水車のうしろに立ってるものをやるって証文を書いたんだ。あの大きいリンゴの木なら、やったってかまやしないさ。」

「まあ、おまえさん。」

と、おかみさんはぎょっとしていいました。

「それは悪魔だよ。そいつのいうのはリンゴの木じゃなくて、うちのむすめのことなんだよ。あの子はちょうど水車のうしろに立って、庭をはいていたんだもの。」

その粉ひきのむすめというのは、まことに美しい、信心ぶかい子でした。むすめは、それからの三年間というものは、神さまをうやまい、おこないをつつしんでくらしました。

いよいよ、約束した期限がきれて、悪魔がむすめをつれていく日がきました。むすめはからだをきれいにあらって、チョークでじぶんのまわりにひとすじの輪をかきました。

悪魔は、はやばやとやってはきましたが、むすめに近よることはできませんでした。悪魔は腹をたてて、粉ひきにいいました。

「むすめから水をみんなとりあげちまって、からだをあらえないようにしろ。でなきゃ、おれはむすめをどうすることもできないじゃないか。」

粉ひきは、おそろしいものですから、いわれるとおりにしました。

あくる朝、悪魔がまたやってきました。けれども、むすめは両手を顔にあてて泣いていましたので、その手は涙にぬれて、すこしもけがれがなく、きよらかでした。ですから、悪魔はまたしてもむすめに近よることができません。それで、悪魔は気のくるったようにおこって、粉ひきにいいました。

「むすめの両手を切っちまえ。でなきゃ、おれはむすめに手がだせねえ。」

粉ひきはびっくりして、こたえました。

「自分のほんとうのむすめの手が、どうして切れましょう。」

すると、悪魔は粉ひきをおどして、

「おまえがおれのいうとおりにしなけりゃ、おまえはおれのものだ。おれはおまえをさらっていくぞ。」

と、いいました。

粉ひきはこわくなって、いうとおりにすると悪魔に約束してしまいました。そこで、むすめのところへいって、いいました。

「ねえ、おまえ、おとうさんがおまえの両手を切らないと、悪魔がおとうさんをつれていってしまうというんだよ。それで、おとうさんはこわくって、ついそうすると悪魔に約束してしまったんだよ。おとうさんは、こまりきっているんだから、どうかたすけておくれ。おまえにひどいことをするのを、どうかゆるしておくれ。」

すると、むすめはこたえて、いいました。

「おとうさん、あたしのからだは、どうかおとうさんのいいようになすってください。あたしはおとうさんの子ですもの。」

むすめはこういって、両手をさしのべて、おとうさんに切らせました。

悪魔はまたまたやってきました。けれども、むすめは手首のない腕を顔にあてて、長いことさめざめと泣きましたので、腕は涙にぬれて、すこしのけがれもなく、きよらかでした。

これには、さすがの悪魔もとうとうこうさんして、むすめをうばいとる権利をすっかりなくしてしまいました。

粉ひきはむすめにいいました。

「おとうさんは、おまえのおかげで、たいへんなお金をもうけたんだよ。だから、おまえの生きているあいだは、おまえをうんとだいじにしてやるよ。」

けれどもむすめは、

「あたしは、ここにはいられません。どこかよそへまいります。きっと、なさけぶかい人たちが、あたしにいるだけのものはくれるでしょう。」

と、いいました。

それから、むすめは手首のなくなった腕を背中にしばりつけてもらって、朝日がのぼるといっしょに旅にでかけました。

一日歩きつづけていくうちに、とうとう、夜になりました。そのとき、むすめはある王さまのお庭にでました。お月さまのあかりですかしてみますと、そのお庭にある木には、美しいくだものがすずなりになっています。でも、そのなかへはいっていくことはできません。なぜって、お庭のまわりには堀がありますもの。

むすめは一日じゅう歩きどおしで、おまけに、ひと口も食べものを口にいれていないのです。いまはもう、おなかがすいてたまりません。それで、

(ああ、あのなかへはいっていって、あのくだものを食べたいわ。でないと、あたしおなかがへって、死んでしまうわ。)

と、思いました。

そこで、むすめはひざまずいて、神さまのみ名をよび、おいのりをしました。すると、とつぜん、天使があらわれて、お堀の水門をとじてくれました。ですから、お堀はすっかりかわいて、むすめはそこをとおっていくことができました。

むすめはお庭にはいりました。天使もいっしょについていきました。むすめはくだもののなっている木を見ました。そのくだものというのは、ナシでした。けれども、そのナシはすっかり数がかぞえてあったのです。むすめはその木に近よって、ナシをひとつ口で木からとって食べました。こうして、おなかのへっているのをふさぎました。けれども、ひとつきりで、それいじょうは食べませんでした。

庭師がそれを見ていましたが、そばに天使が立っていたものですから、こわくって、あのむすめは幽霊だろうと思って、だまっていました。人をよぶ勇気も、幽霊に話しかける勇気もなかったのです。

むすめはナシを食べおわりますと、おなかがいっぱいになりましたので、そこをでて、やぶのなかにかくれました。

そのお庭の持ち主の王さまが、あくる朝、お庭におりてきました。ナシの数をかぞえてみますと、きょうはひとつたりません。そこで王さまは、

「ナシはどこへいったのだ。木の下におちてもいないのに、ひとつたりなくなっているぞ。」

と、庭師にいいました。

すると、庭師はこたえていいました。

「じつは、ゆうべ幽霊がはいってまいりました。その幽霊は、手が両方ともありませんでしたが、口でナシをひとつ食べたのでございます。」

王さまは、

「その幽霊は、どうして堀をわたってきたのだ。してまた、ナシを食べてから、どこへいったのだ。」

と、たずねました。

「だれですか、雪のように白い着物をきた人が天からおりてまいりまして、その人が水門をとじて、水をとめてしまいましたので、幽霊はお堀をとおってくることができたのでございます。その人は天使にちがいないと思いましたので、わたくしはおそろしくなって、たずねもいたさず、人もよばなかったのでございます。幽霊はナシを食べてしまいますと、またもとの道をもどっていきました。」

と、庭師はこたえました。

それをきいて、王さまはいいました。

「おまえのもうすとおりなら、今夜はひとつ、わしがおまえのそばで番をしてみよう。」

くらくなりますと、王さまはお庭におりました。王さまは坊さんをひとりつれてきました。この人は幽霊に話しかける役だったのです。三人は木の下にこしをおろして、気をつけていました。

ま夜中ごろに、むすめがやぶからはいだしてきて、木のところへいって、ゆうべとおなじように口でナシをひとつ食べました。むすめのそばには、天使が白い着物をきて、立っていました。

そのとき、坊さんがすすみでて、いいました。

「おまえは神さまのところからきたのか。それとも、人間の世のなかからきたのか。おまえは幽霊なのか、人間なのか。」

すると、むすめはこたえていいました。

「あたくしは幽霊ではございません。神さまのほかは、みんなから見すてられているあわれな人間でございます。」

王さまはいいました。

「たとえ、おまえが世界じゅうのものから見すてられていても、わしは、おまえを見すてはしないぞ。」

王さまはむすめをじぶんのお城につれていきました。たいそう美しく、信心ぶかいむすめでしたので、王さまは心のそこからこのむすめがすきになりました。そして、むすめに銀の手をこしらえてやって、じぶんのお妃さまにしました。

それから一年たったとき、王さまは戦争にいかなければならなくなりました。そこで、王さまは、わかいお妃さまのことをおかあさまにたのんで、こういいました。

「妃がお産の床につきましたら、どうかくれぐれもいたわってやってください。そして、すぐにわたしに手紙をくださいませ。」

やがて、お妃さまは美しい男の子を生みました。そこで、年をとったおかあさまは、いそいでそのことを手紙に書いて、うれしい知らせを王さまにおくりました。

ところが、その使いのものが、とちゅうでとある小川の岸でやすみました。長い道のりを歩いて、くたびれきっていたものですから、使いのものはぐっすりねこんでしまったのです。

するとそこへ、あの悪魔がやってきました。こいつは、信心ぶかいお妃さまをひどいめにあわせてやろうと、そのことばかり考えていたのです。そこで、さっそく、使いのもっている手紙をべつのとすりかえて、それには、お妃さまがみにくい子を生んだと書いておきました。

王さまはその手紙を読みますと、びっくりして、たいそうかなしみました。けれども、じぶんがかえるまで、お妃さまをだいじにいたわってやってもらいたい、とへんじの手紙を書きました。使いのものはその手紙をもってひきかえしましたが、まえとおなじ場所でやすみますと、またまたそのままねこんでしまいました。

そこへ、またも悪魔がやってきて、使いのポケットにべつの手紙をいれました。それには、お妃さまを子どももろとも殺してもらいたい、と書いてあったのです。

年よりのおかあさまは、この手紙をうけとって、ひどくびっくりしました。でも、どうしてもほんとうとは思えませんので、もういちど王さまに手紙を書きました。けれども、そのたびに、悪魔がにせの手紙とすりかえてしまいますので、くるへんじはいつもおんなじことばかりでした。しかもいちばんおしまいの手紙には、殺した証拠に、お妃さまの舌と目をとっておいてもらいたい、とさえ書いてあるではありませんか。

年よりのおかあさまは、なんの罪もないものの血をながせといわれたのをかなしんで、泣きました。そこで、夜になるのを待って、一ぴきのメジカをつれてこさせ、その舌と目とを切りとって、それをしまっておきました。それから、おかあさまはお妃さまにむかっていいました。

「わたしには、王さまのおっしゃるように、とてもあなたを殺させることはできません。でも、あなたもここに長くいるわけにはいきませんから、子どもをつれてひろい世のなかへでておいでなさい。そして、ここへは二度とかえってこないようになさい。」

おかあさまは、お妃さまの背中に子どもをしばりつけてやりました。かわいそうに、お妃さまは、目をまっかに泣きはらして、たちさっていきました。

お妃さまは、とあるうっそうとした大きな森のなかにはいりました。そこで、お妃さまは地面にひざまずいて、神さまにおいのりをしました。すると、神さまの天使があらわれて、お妃さまをある小さな家へつれていってくれました。みれば、その家には、「ここには、だれでもただで住めます」と、書いた小さな看板がかかっています。

そのとき、家のなかから、雪のように白いおとめがでてきて、

「よくいらっしゃいました、お妃さま。」

と、いって、お妃さまを家のなかへ案内しました。

おとめはひもをといて、お妃さまの背中から小さな男の子をおろしました。そして、お妃さまの乳房にあてがって、お乳をのませました。それがすむと、こんどは、すっかりしたくのできている美しい、小さな寝床に、男の子をねかせました。そこで、かわいそうな女がたずねました。

「あたしがお妃だったことを、あなたはどうして知っていらっしゃるのですか。」

すると、白いおとめはこたえていいました。

「あたしは天使です。あなたと、あなたのお子さまのお世話をするように、神さまからつかわされたのです。」

こうして、お妃さまはこの家に七年のあいだいて、手あつい世話をうけました。そして、信心ぶかいおかげで、神さまのおめぐみによって、切りとられたお妃さまの手首が、もういちど、もとのようにはえたのです。

いっぽう、王さまはやっと戦場からかえってきました。そして、まっさきに、妻と子どもにあいたい、といいました。

それをきいて、年よりのおかあさまは泣きだして、いいました。

「あなたは、なんというひどいひとでしょう。わたしに、なんの罪もないふたりの命をうばえと書いてよこすなんて、あんまりではありませんか。」

そして、悪魔のすりかえた二通の手紙を王さまに見せて、なおもことばをつづけました。

「わたしは、あなたのいいつけどおりにしましたよ。」

こういって、その証拠に舌と目玉をだして見せました。それを見たとたん、王さまはかわいそうな妻と子どもの身の上をかなしんで、おかあさまよりももっとはげしく泣きだしました。そのようすを見ますと、年よりのおかあさまはいじらしくなって、

「安心なさい。妃はまだ生きています。じつは、わたしはメジカをこっそり殺させて、ここにある証拠の品をとっておいたのですよ。そして妃には、わたしが背中に子どもをしばりつけて、遠くへいくようにもうしつけました。二度とここへはもどってこないと約束させたうえでね。だって、あなたが妃のことをひどくおこっていると思いましたからね。」

と、いいました。

それをきいて、王さまはいいました。

「青空のつづくかぎり、どこまでもわたしはまいります。かわいい妻と子にめぐりあうまでは、飲み食いもいたしますまい。それまでに、ふたりがなくなるか、うえ死にでもしなければ、おそらくめぐりあうことができましょうから。」

それから、王さまは七年ばかりも、あちこちと歩きまわって、けわしい岩のがけも、ほら穴も、どこからどこまでさがしてみました。しかし、ふたりはどこにも見つかりません。それで、とうとう王さまも、きっと、ふたりは力がつきて、死んでしまったのだろう、と思いました。

王さまは、このあいだじゅう、ずうっとのみもしなければ、食べもしなかったのですが、それでも神さまが生かしておいてくださいました。

さいごに、王さまは、とある大きな森のなかへはいりました。そしてその森のなかで、小さな家を見つけますと、その家には「ここには、だれでもただで住めます」と、書いた看板がかかっていました。そのとき、家のなかから白いおとめがでてきて、王さまの手をとって、家のなかへ案内しました。そして、

「よくいらっしゃいました、王さま。」

と、いいました。それから、王さまに、

「どこからいらっしゃいました。」

と、たずねました。

「あちこちと歩きだしてから、もうぼつぼつ七年になります。妻と子どもをさがしているのですが、どうしても見つからないのです。」

と、王さまはこたえました。

天使は王さまに食べものと飲みものをあげましたが、王さまはそれをことわって、ただすこしやすませてもらいたい、と、いいました。王さまは、ねようと思って、横になりました。そして、じぶんの顔にハンカチをかけました。

そのとき、天使は、お妃さまと子どものいるへやにはいっていきました。この子のことを、お妃さまはいつも〈かなしご〉と、よんでおりました。天使はお妃さまにむかって、

「お子さんをつれて、でていらっしゃいませ。殿さまがおいでになりましたよ。」

と、いいました。

そこで、お妃さまは、王さまのねているところへいきました。そのとき、王さまの顔からハンカチがおちました。それを見て、お妃さまがいいました。

「かなしごや、あなたのおとうさまにハンカチをひろっておあげなさい。もとのようにお顔にかけてあげるのよ。」

子どもはハンカチをひろって、もとどおり王さまの顔にかけました。王さまは、うとうとしながら、この話をきいていたのですが、もういちど、こんどは、わざとそのハンカチをおとしました。男の子はじれったくなって、お妃さまにいいました。

「おかあさま、ぼくのおとうさまの顔にハンカチをかけるなんて、へんじゃないの。だって、ぼくには、この世のなかにおとうさまっていないんでしょう。ぼくが、天にましますわれらの父よ、っておいのりをならったとき、ぼくのおとうさまは天にいらっしゃるんだって、神さまなんだって、おかあさまはおっしゃったじゃないの。こんな山男みたいな人、ぼく知りゃあしない。おとうさまじゃないや。」

王さまはこれをきくと、おきあがって、

「あなたはどなたですか。」

と、お妃さまにたずねました。

「あたくしは、あなたの妻でございます。そしてこれが、あなたの子どもの〈かなしご〉でございます。」

と、お妃さまがこたえました。

すると、王さまは、お妃さまの血のかよっている、ほんとうの手を見て、

「わたしの妻は銀の手をしていたはずだ。」

と、いいました。

そこで、お妃さまはこたえました。

「おめぐみぶかい神さまが、ほんとうの手をもとのようにはやしてくださったのでございます。」

そして、天使がおへやにいって、銀の手をもってきて、王さまに見せました。そこで、王さまははじめて、これがじぶんのかわいい妻であり、子どもであることを知ったのでした。

王さまはふたりにキッスして、心からよろこびました。そして、

「これで、おもい石がわたしの胸からおちた。」

と、いいました。

そこで、神さまのお使いの天使は、もういちどみんなにごちそうをだしました。

それから、三人そろって、王さまの年とったおかあさまのところへかえっていきました。

どこもかしこも、大よろこびでした。王さまとお妃さまは、もういちど婚礼の式をあげました。そして、ふたりは一生をおわるまで、たのしくくらしました。

●図書カード

Chapter 1 of 1