Chapter 1 of 6

「兄さん、こう暑くては、まったく頭がぼんやりするねえ」

少年科学探偵塚原俊夫君は、ある日の午後、実験室で、顕微鏡を見ていた顔をあげて私に言いました。七月になってから急に暑さが増して、二三日は華氏九十度近くに達しましたから、俊夫君が、このような嘆声を発するのも無理はありません。

「君の頭でも、ぼんやりすることがあるのかね?」

と、私は、別に皮肉を言うつもりでなく尋ねました。

「冗談いってはいけないよ。僕の頭だって誰の頭だってみんな同じだ。僕はただ物事を他人よりもいっそう深く考えることが好きなだけだ。考えさえすれば、だれの頭だってよくなるよ。

よく人は物事を考えると頭が熱するというけれど、僕はちょうど反対だ。僕は考えれば考えるほど、頭も身体も涼しくなるよ。今日でも、何か事件があれば、きっと涼しくなるのだが、この頃じゅう、とんと事件の依頼がないから、この暑さで、すっかり、頭がぼんやりした」

「夕立でもくるといいがねえ」

と、私は、俊夫君に同情して、窓越しに、晴れ渡った空を眺めました。

「普通の夕立なんかきたとて、僕の身体は涼しくならない」

と、俊夫君は、何となく不機嫌に言いました。

その時、実験室兼応接室の扉をたたく音がしました。私があけにゆくと、来訪者は、他ならぬ、警視庁の小田刑事でありました。

「やあ、Pのおじさんが来た。ありがたい!」

こう言って俊夫君は、うれしそうに小田さんのそばに駆けよりました。

「Pのおじさん、きっと、夕立を持ってきてくれたんでしょう」

と、俊夫君は、小田さんの汗を拭く手にすがって言いました。

小田さんは、俊夫君の言葉の意味が分からないので、きょとんとした顔をしました。そうでしょう、夕立を持ってくる人など世の中にありません。で、私は簡単に私たちが、たったいま話しつつあったことを告げました。

すると小田さんはにっこり笑って、テーブルのわきの椅子に腰をおろし、扇子を開いて、あおぎながら、

「いかにも、夕立を持ってきたよ」

と言いました。俊夫君の顔はうれしそうに輝きました。

「早く事件を聞かせてください」

小田さんに息つくひまも与えず、俊夫君は話をせがみました。

やがて、小田さんは私の差しだした冷やしコーヒーをすすって、事件の要頷を告げました。

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