Chapter 1 of 1

Chapter 1

小金井の桜の堤はどこまでもどこまでもつづく

もうあと三四日という蕾の巨きな桜のまわりは

きれいに掃除され、葭簀張りののれんにぎやかな臨時の店店は

花見客を待ちこがれているよう

私の寝台自動車はその堤に添うて走る

春めく四月、花の四月

私は生死をかけて、むしろ死を覚悟して療養所へゆく

すでに重症の患者となった私は

これから先の判断を持たない

恐らく絶望であろうとは医師数人の言ったところ

農民の家がつづく

古い建物が多く

赤や桃色の椿が咲く、家も庭も埋めるごとく

今満開の美しい花々

桜の満開のところがある、八重の桜も咲いている

自動車は花あるところを選ぶ如く走る

花に送られて療養所に入る私を

療養所のどの寝台が待っているか

二度と来ぬわが春とは思われる。春はおろか

この秋までも、誰かこの生命を保証する

私は死を覚悟の眼で美しき花々の下を通ってゆく

(一九三五年五月十四日作『詩精神』同年六月号「今野大力特輯」に発表『今野大力・今村恒夫詩集』改訂版を底本)

●図書カード

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