三枝博音
三枝博音 · 일본어
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三枝博音 · 일본어
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원문 (일본어)
最近、或る啄木展で、啄木がデカルト命題に魅せられている書簡を見て、私は青春の啄木を見る気がした。日付は明治三十九年の一月十八日、二十一歳の年の冬である。 そこには、次のようなことが書かれていた。「我考ふ、故に我在り」というデカルトの提言は意味が深い、人間のもつどんな確信だって、つまりは「我の存在」の自覚に伴われないものはないではないか、『聖書』も読み、『法華経』も読んで考えたけど、自分はどうにも「動く」ことができなかった。けれどもデカルトのいう「存在の一意識に触るゝ」に至って、俄然私は目醒めた、と。 デカルトが、自分が考えるところに自分の実存をつかみ、あの命題(コギト・エルゴ・スム)にたどりついたのは、二十三歳の年、季節は同じく冬であった。デカルトの右の命題の形がととのってはじめて表現されたと思える彼の『方法論』(“Discours de la Methode”)のなかで、彼は少年時代の述懐をこまごまと記している。幼いときから沢山の本を読んだこと、そしてまた得がたい本をも渉猟したことを述べている。そして何よりも私たちに注意されるのは、彼が友人たちをはるかに凌いでいる学才を自覚していたこ
Chapter 1 본문에서 가장 자주 등장하는 어휘. 읽기 전에 한 번 훑어보면 본문 흐름을 잡기 쉽습니다. (불용어 제외)
三枝博音
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