斎藤茂吉 · 일본어
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원문 (일본어)
結核症 斎藤茂吉 おなじ結核性の病で歿した近ごろの文学者でも、やはり行き方に違ふところがあるやうに思ふ。正岡子規とか国木田独歩とかを一つの型と看做せば、高山樗牛とか綱島梁川とかは又一つの型のやうに思はれる。 総じて結核性の病に罹ると神経が雋鋭になつて来て、健康な人の目に見えないところも見えて来る。末期になると、病に平気になり、呑気になり、将来に向つていろいろの計画などを立てるやうになるが、依然として鋭い神経を持つてゐる。それであるから、健康の人が平気でやつてゐることに強い『厭味』を感じたり、細かい『あら』が見えたりする。 正岡子規なんかは、三十六歳の若さで死んでゐるが、やはりその『厭味』といふことが強く身に答へたものらしい。現在の私はもう子規よりも十年生きのびてゐるが、いかにしても子規よりも甘いところがあり、厭味から脱することが出来ない。子規も病気になるまへには露伴の風流仏などに傾倒したこともあり、西鶴ばりの文章なども書いたのであつたが、晩年の随筆では、当時、露伴が非常に骨折つて書いた「二日物語」の文章をば貶してゐる。 子規の随筆「墨汁一滴」には、『露伴の二日物語といふが出たから久しぶ
斎藤茂吉
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