Chapter 1 of 45

さて今日から寛保年間にございました金森家の仇討のお話で、ちとお話にしては堅くるしゅうございますから、近い頃ありましたお話の人情をとりあわせ、世話と時代を一つにして永らくお聞きに入れましたお馴染のお話でございますが、ちと昔の模様でございまして、草双紙じみた処もございます。粟田口國綱と云う名剣が此の金森家にございます。これはその北條時政の守刀で鬼丸と申します名刀がございました、これと同作でございまする。かの國綱の刀の紛失から末が敵討になりまする。このお話の発端は、寛保三年正月の五日でございます。昔も今も変りませんのは、御婦人は春羽根をつき毬をついてお遊びなさいます。男の児は紙鳶といって凧を揚げるというのが春の遊びで、どこともなく陽気なものでございます。一体空を見るのは薬だというので、皆仰向くような遊びでございますから、紙鳶をびい/\/\と揚げますれば、是非子供は空を見なければなりません。また羽根を突けば必ず空を見る。只今あの皆様が椅子にかゝってコップで御酒を飲る時は、仰向いてグーッと飲まなければならんような事になって居りまする、つまり人間の健康のために致すことで、アノ羽根を突くのをよく/\聞いて見ますれば、あれは蚊に喰われないまじないだと申しました方がございますから、どういう訳かと質ねましたらば、子守が児を負いまして、カチーリ/\と羽根を突くと云うと、むくれんじの玉の返る処が蜻蛉という虫に似て居りますから、蜻蛉返りと云って、くる/\ッと返る、蜻蛉と云うものは蚊を捕り喰う虫だと云うので、赤ん坊の頭を蚊に喰わさんがためにカチーリと羽根を突き、くる/\ッと返ると蚊が逃げるんだそうですから、一体は夏つかなければならんものだが、何ういう訳か正月羽根を突くことになりましたが、昔の羽子板は誠に安っぽいものでございます、只今でも何うかすると深川八幡の市で売って居りまするのは、殿さま、かみさま、さんじゃさまとか云う昔風の絵が書いて有りますが、只今は役者の押絵で誠に美しい大きいのが流行ります。近年は羽子板の外へ刀を持った手などの出たのが有りまして、羽子板の大さが六尺三寸と云うので、まさか、朝飯前には中々持ち切れません、それでカチーリ/\と突きますが、能く突けたもので、親の教より役者の押絵の方が大事だと見えて、

女「いえ、これは貸しません、私のは大切な新駒屋のだから中々貸されません、似顔へ吉野紙を当てゝしまって置くのですから」

男「そんな事を云わないで貸しておくれよ、追羽根をするんだから」

女「顔を汚すといけないからさ」

男「じゃア宜い、塵取でも持って来よう」

と正月は必ず追羽根を突きまする。丁度其の頃湯島切通しに鋏鍛冶金重と云う名人がございました。只今は刈込になりましたが、まだ髷の有る時分には髪結床で使う大きな鋏でございます。鍛えが宜しいから、ジョキリと一鋏で剪れるが、下手な人のこしらえた鋏で剪ると、バラ/\に先が散ばって幾度こいても揃いませんから、また剪ると額の処へ細かい毛がはら/\落ちて、余りぞっと致しません。金重の鍛った鋏はジョキリと一鋏で真直に剪れるので大層に行われました。金重は六十五になりますが、無慾な爺さんでございます。只た一人年寄子でお富と云う娘がございましたが極別嬪でございます、年は十八に相成りますが、誠に世間でも評判の好い娘で、少し赤ら顔の質だが、二重瞼で鼻筋の通った、口元の可愛らしい、笑うと靨と申してちょいと頬に穴があきますが、どういう器械であくか分りませんけれども、その穴は余程深く、二分五厘有ったと云います、誰が尺を突込んで見たか、髪の毛の艶が好く、中肉中丈で、お臀の小さい、踵の締った、横骨の引込んだ上ものでございます。一人娘ゆえ秘蔵に致し気儘に遊ばして置きましたが、日暮方から羽根を突きに往って帰りません。此の家に恭太郎という弟子がございましたが、親方にも当人にも年の分らない、色気もなく喰い気一方の腑抜な男でございます。金重は大人ゆえ愚なものほど愛して居りました。

金「恭太や/\」

恭「えゝ」

金「お富は何処へ往たのう」

恭「表のての字の前で羽根を突いてたよ」

金「往って呼んで来な、日が暮れるからさっさと御飯を食べてお寐なさいと云って呼んで来な」

恭「あいよ」

と云いながら外へ出て参りました。その横町を真直に出ると、ての字と云う居酒屋の前が広く成って居りまする処で、カチーリ/\とお富は友達と羽根を突いて居りまする傍へ恭太郎が来て、

恭「おい、お富さん、お富さん」

富「何んだよウ」

恭「あの親方がもう止せってえから、羽根を突くのは明日におしよ、日が暮れると暗く成るよ、お飯を喰べないと腹が空るとさ、早く寐ないと眠く成るとさ」

富「何を同じような事をいうのだよ、あいよ今直ぐに帰るから少し待っておいで……きいさん上げますよ、宜うございますか、さア上げますよ」

カチーリとはずれで駈けて突く機みに通り掛りの人の腮をポンと突きましたが、痛いもので、年始廻りの供の帰りが、首に大きな風呂敷を掛け、千草の股引白足袋に雪踏を穿いた小僧が腮を押え泣声を出して、

小「あの娘でございます、突然に来て私の腮を払ったので、あいた/\/\」

若「宜いや仕方がない、腹ア立つもんじゃアないよ」

小「腹ア立つッて立ないッて、人の腮を払って置きながら謝りもしないで、彼処のお飾松の処へ隠れて、そうしてお前さん私を見て居やアがる、あんな奴は有りません、いや此処へ来て謝まれ」

若「そんな事を云うもんじゃアない、笑い顔をしろ」

小「痛くって笑い顔は出来ません、小言を云って下さいよ」

若「彼方も面目なくって間が悪いから、慌てゝお飾松の蔭へ隠れたのだが、若しお前の方が板で彼方が腮ならばお前が謝らなければなるまい」

小「詰らない事を仰しゃる、あたりまいでございます、小言を云っておくんなさいよ、私の腮を払われたから」

若「払われたら目出度いではないか、宅の安兵衞が去年の暮に払われないとって心配をしてえたが、まだ松もとれないのに払われたら結構じゃアないか」

小「ウーン、掛廻りじゃアありませんし、若旦那はあんなことばかり云ってる、鳶頭小言を云っておくれよ」

鳶「おゝ娘さん冗談じゃアねえぜ、羽根を突くならもっと端ぱたへ寄って突きねえ、人に怪我をさせて何うするんだ、冗談じゃアねえぜ、広え処で羽根が突きたけりゃア地面を買って突くが宜いや」

小「鳶頭これ御覧、腮から鼻から耳へかけて払われたんだ」

鳶「それじゃア、正月の耳鼻腮痛だ」

小「鳶頭まであんなことをいうのだものを」

若「そんな事を云うもんじゃアない、何でも春は心を柔しく持って賑やかにしてなければいけない」

と宥めて居りまする。息子の年頃は二十三四で、色のくっきりと白く、鼻筋の通った、口元の締った眉毛の濃い、薄く青髭が生えて居りまして、つや/\しい大結髪で、けんぽう行義あられの上下に、黒斜子の紋附を着、結構な金蒔絵の印籠を下げ、茶柄に蝋鞘の小脇差を差して居りますから、年始帰りと見えます。

若「さア/\往こう、これから腹を立つものじゃアないよ」

と小僧を宥めている、物の云いよう男振りと云い、真に情の有りそうなお方と世間知らずの生な娘もぞっと身に染む恋風に、何処の人だか知れませんが好い息子さんだと思い初め、ぼんやりとして後姿を見送って居りました。これが因果の始りでございます。無闇に男振や顔形を見て人に惚れべきものでは有りません。姿形じゃア心意気が分りません。心意気を見ないで惚れてはならんと圓朝が咎める訳は有りませんから惚れても宜しいが、実は何処町何丁目何番地何の誰と云うことを区役所へ往って戸籍をあらって、其の人の身分を調べた上に、智慧が有るとか財産が有るとか、官員に成っても勅任にでもなれる人には惚れても宜いが、只顔の綺麗なのを見て浮気な岡惚をするのは、今開化の世の中には智慧のない話でございますが、そこがそれ恋は思案の外で、お富は彼の息子は何処の方とも知らず、只何時までも立止まって見て居りました。

恭「おい、お富さん、だから親方が早くお帰りと云ったんだよ、お侍さんの腮などを払って」

富「お侍さんじゃアないよ」

恭「でも上下を着て、はさみ箱を担いで、お槍を立てゝ居たぜ」

富「なアにあれは、年始帰りのお人だよ」

恭「早く家へお帰りよ」

富「今帰るよ、きいさん、みいちゃん、左様なら、また明日」

と云い捨てゝ宅へ帰って臥りましたが、何う云う因果か寝ても覚めても現にも、彼の息子の顔が眼先を離れませんで、漸々鬱ぐような事に成りましたゆえ、親父も心配いたしましたが、金重はもうこれ六十五でございます、不図風を引いたのが原因で漸々病が重くなり、僅か二十日ばかり煩って死去りましたが、江戸表には別に身寄り親類も有りませんが、下総の矢切村から金重の妹が出て参りました。お富のためには真実の叔母ゆえ、後懇に野辺の送りも済ませてから、丁度七日の逮夜の日に、本郷春木町の廻りの髪結で長次さんと云う、色の浅黒い、三十二三になる小粋な男が遣って参りました。

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