Chapter 1 of 4

箭内亙による譯

夫れ(二)學は載籍極めて博けれども、猶ほ信を六に考ふ。(三)詩書(四)缺けたりと雖も、然れども(五)虞夏の文知る可き也。堯將に位を(六)遜れんとするや、虞舜に讓る。(七)舜禹の間(八)岳牧咸薦む。乃ち之を(九)位に試み、職を典らしむること數十年、(一〇)功用既に興り、然る後政を授く。天下は(一一)重器・王者は(一二)大統・天下を傳ふる斯の若きの難きを示したる也。而るに(一三)説く者曰く、『堯、天下を許由に讓りしが、許由受けず、之を恥ぢて逃げ隱る。(又 )(一四)夏の時に及んでは、卞隨・務光なる者有りき』と。此れ(一五)何を以て稱せられたる。(一六)太史公曰く、余、箕山に登りしに、其上に蓋し許由の冢有りと云ふ。孔子、古の仁聖賢人を(一七)序列する、呉の太伯・伯夷の倫の如きも詳なり。余の聞く所を以てすれば、(一八)由光の義至つて高し。(一九)其文辭少しも概見せざるは何ぞ哉。

孔子曰く、(二〇)『伯夷・叔齊は舊惡を念はず、怨み是を用て希なり。仁を求めて仁を得たり。又何をか怨みん』と。余、(二一)伯夷の意を悲しむ、(二二)軼詩を睹るに異しむ可し。(二三)其傳に曰く、伯夷・叔齊は(二四)孤竹君の二子也。父、叔齊を立てんと欲す。父卒するに及んで、叔齊、伯夷に讓る。伯夷曰く、『父の命也』と。遂に逃れ去る。叔齊も亦立つを肯んぜずして之を逃る。國人、其中子を立つ。是に於て、伯夷・叔齊、(二五)西伯昌善く老を養ふと聞き、(曰ク)『盍ぞ往いて歸せざる』と。至るに及んで西伯卒す。武王、(二六)木主を載せ、號して文王と爲し、東のかた(二七)紂を伐つ。伯夷・叔齊(二八)馬を叩へて諫めて曰く、『父死して葬らず、爰に(二九)干戈に及ぶ、孝と謂ふ可けんや。臣を以て君を弑す、仁と謂ふ可けんや』と。(三〇)左右(三一)之を兵せんと欲す。(三二)太公曰く、『此れ義人也』と。扶けて去らしむ。武王已に殷の亂を平げ、天下、周を(三三)宗とす。而るに伯夷・叔齊之を恥ぢ、義、周の(三四)粟を食はず、首陽山に隱れ、薇を采つて之を食ふ。餓ゑて且に死せんとするに及んで歌を作る。其の辭に曰く、『彼(三五)西山に登り、其薇を采る。(三六)暴を以て暴に易へ、其の非なるを知らず。神農・虞(舜 )・夏(禹 )(三七)忽焉として沒しぬ、(三八)我安くにか適歸せん。吁嗟(三九)徂かん。(四〇)命の衰へたるかな』と。遂に首陽山に餓死せり。此に由つて之を觀れば(四一)怨みたるか非か。

(四二)或は曰く、(四三)天道は親無く、常に善人に與すと。伯夷・叔齊の若きは、善人と謂ふ可き者か非か。仁を積み行を潔うし、此の如くにして餓死せり。且つ(四四)七十子の徒、(四五)仲尼獨り顏淵を(四六)薦め、學を好むと爲す。然れども(四七)回や屡空しく、糟糠にだも厭かず、而して卒に(四八)蚤夭せり。天の・善人に報施する、其れ如何ぞ哉。(四九)盜跖は日に(五〇)不辜を殺し、(五一)人の肉を肝にし、(五二)暴戻恣、黨を聚むること數千人、天下を横行せしが、竟に壽を以て終れり。是れ何の徳に遵ふ哉。此れ其尤も大に(五三)彰明較著なる者也。近世に至るが若き、(五四)操行不軌、專ら(五五)忌諱を犯し、而も終身逸樂し、富厚、世を累ねて絶えず。或は地を擇んで之を蹈み、時にして然る後言を出し、行くに(五六)徑に由らず、(五七)公正に非ざれば憤を發せず、而も禍災に遇ふ者、勝げて數ふ可からざる也。余甚だ惑ふ。儻くは所謂天道は是か非か。

(五八)子曰く、『道同じからざれば相爲めに謀らず』と。亦各其志に從ふ也。故に(又 )曰く(五九)『富貴如し求む可くんば、執鞭の士と雖も吾亦た之を爲さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に從はん。(六〇)歳寒うして然る後松柏の凋むに後るるを知る』と。擧世(六一)混濁して(六二)清士乃ち見はる。(六三)豈に其の重きこと彼の若く、其の輕きこと此の若きを以てなる哉。

(六四)君子は世を沒りて名の稱せられざるを疾む。(六五)賈子曰く、『(六六)貪夫は財に徇し、(六七)烈士は名に徇し、(六八)夸者は權に死し、衆庶は(六九)生を馮む』と。(七〇)同明相照し、(七一)同類相求む。雲は龍に從ひ、風は虎に從ふ。(七二)聖人作つて萬物覩る。伯夷・叔齊、賢なりと雖も、(七三)夫子を得て名益彰はれ、顏淵、篤學なりと雖も、(七四)驥尾に附して行益顯はる。(七五)巖穴の士、(七六)趨舍(七七)時有り、此の若きの類、名(七八)湮滅して稱せられず、悲しい哉。(七九)閭巷の人、行を砥ぎ名を立てんと欲する者は、(八〇)青雲の士に附くに非ずんば、惡んぞ能く(名ヲ)後世に施かん哉。

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