一
今年は春から雨の降ることが少なかつた。
山林を切り開いて作つた煙草畑まで、一町餘りも下の田の中の井戸から、四斗入りのトタンの水槽を背負つて、傾斜七十度の細い畦道を、日に幾度となく往き還りする老父の駒平の姿はいたいたしい。時には握飯を頬張りながら、葉煙草に水をやつてゐるやうな姿を見ることもある。
今年大學にはいつた息子の杉野駿介は、病氣が治り、健康がすつかりもとに返つても、なぜか東京へ歸らうとはしなかつた。彼は高等學校から大學に進むとほとんど同時に、まだ新學期も始まらぬうちに、感冒から肺炎をひき起して倒れたのだつた。一時は危險だつたが幸に命をとりとめた。東京の病院を出るとすぐに、病後の養生のために田舍の家へ歸つてもう三月からになる。
休暇が來ても、並の學生のやうに、その度毎に歸郷するといふことは事情が許さぬところから今度もほとんどまる二年ぶりで見る息子を、殊に病後であつて見れば、一日でも長く手許に引きとどめておきたいといふ氣持には切實なものがありながら、理由もなくさうして一日一日と出京の日を延ばしてゐる息子の心のうちが解せなくて、親達は不安であつた。しかしその不安を、面と向つて、口に出して云つてみるでもなかつた。自分達の傍を離れて、異なつた環境のなかに、いつの間にか大人になつてしまつたやうな息子に對する、愛情とは相反したものではない、遠慮や氣兼ねのやうなものがあるのだつた。息子が身につけてゐる都會的なものや、知識的なものはある場合にはたしかに、障碍であるとはいへた。しかしそれは、親達にとつては、喜ばしき障碍とでもいふべきものだつた。このやうな青年がこの家の息子であるといふことが、何か不思議な、嘘のやうな氣のする時もある。しかも息子は、さういふ青年にまで、自分を、ほとんど自力で築き上げたのである。
それだけに老父はまた、時々云つて見ずにはゐられぬのだつた。
「駿、お前、まだ東京へは行かずともいいのかえ? 學校はもう疾うに始まつてをるんやらうが。」
息子が世話になり、幾らかの學費をそこから得てゐるといふ人の思惑をも、老父はその律儀な胸の底で、色々に思ひらして見ないわけにはいかなかつた。
駿介は、しかし、曖昧にしか答へなかつた。必ずしも、何等かの理由で、はつきり答へることを避けたといふのではなくて、答へようにも、彼自身、今後の身の去就について迷ひ、なほ心を定めかねてゐるのであつた。
彼は、何か眼に見えぬ大きな力に引かれるやうな、又は、ぼんやり心に求めてゐるものを探り當てようとするやうな氣持で、毎日、村のあちらこちらを歩きつた。自分の生れた村の生活をこのやうに落ち着いてゆつくり見るといふことは、今までの彼にはなかつた。今までは、たまに歸郷しても、長くて一週間もゐるのがせいぜいで、その間も閉ぢ籠りがちで、近所の人々とも寛いで話すといふこともなく、親達にさへ非常に物足りぬ感じを與へて、そそくさと忙しく立ち去つて行くのであつた。休暇を利用して學資を稼ぐ彼は、事實忙しくはあつたのだが、一般に村の生活に對して何等特別な關心をそそられぬからでもあつた。理由なく侮蔑的な眼で郷土を見る氣持はあつても、愛着の心はさらになかつた。今にして思へば自分ながら解しかねる心地がするのだが、貧しい苦學生で、そのやうなことについては人一倍聰く心が働く筈でありながら、時々歸つて來ればいやでも眼につかずにはゐない筈の、生家の、農家としての暮し向きについても、案外にぼんやりした氣持で過して來たのだつた。それが今度は違つてゐた。そしてそれは必ずしも彼の今までの滯在期間の一週間が、三ヶ月に延びたといふ理由によるものではなかつた。それは一に彼の内部の變化に基づくものなのであつた。
季節は春の終り、夏の始めにさしかかつてゐた。山の松林には松蝉がよく鳴いて、日中は眞夏の暑さの日もあつた。麥はもう刈られてゐるところがあり、しかしまだ殘されてゐるところの方が多かつた。どの家もまだ刈り出さぬうちに、自分が先を切つて刈りに出るのは氣おくれがする。しかし誰かが刈り出すと、にはかに氣忙しくなつて、我も我もと驅り立てられるやうに先を急ぎ後れまいとする、そのやうなのが百姓の心理だと駿介は聞かされたことがある。麥の畑に出てゐる人が案外少いのは、そのやうな心理が、今日は降るか、明日は降るかと、雨を待ち望んでゐる心とたたかつてゐるのでもあらうか。刈つてゐる最中に降られるのは困ることだ。刈り取つて畝にならべた麥は、水を含んで、立毛の時のやうには早く乾かない。積み上げた麥の束は、濕氣に蒸れて、粒が腐敗するといふこともある。さういふことは、駿介の子供の折の記憶にもある。
四月、五月とこの二月、雨らしい雨をほとんど知らなかつた。
今が伸びざかりの、胡瓜や隱元など蔓性のものは、支柱からはるかに餘つた蔓の先を、生きもののやうに風に靡かせながら、下葉はちりちりに燒け枯れてゐた。胡瓜は、親指に少し太いほどの實で、萎んだ花の名殘をまだその先につけながら、青枯病に罹つて立ち枯れてゐるものもあつた。
風下に立つと、日向のトマトの一列びがほのかに匂つた。十四五の男の子が一人、經木帽をかぶつて、トマトの芽を摘んだり、黄色の小さな花を間引いたりしてゐる。
子供の一群が、何か聲高に罵りながら、村道を走つて來た。手にバケツを下げたり、笊を持つたりしてゐる。勢込んで來た先頭の一人が、畑の間の細い道を來て村道へ出た駿介につき當らうとしてわづかに身をよけた。とたんに持つてゐたバケツが一搖れ搖れて、なかから跳ねて出たものがある。泥鰌だつた。轍の縁の、燒けた土埃りの上に落ちて、くるつくるつと輪を描いた。子供はちらつと駿介の顏を見上げると、手づかみで、泥鰌をとらへ、バケツのなかに放り込んで、後を振り向き振り向き走つて去つた。
山の煙草の畑に向ふ、曲りくねつた傾斜の道を、駿介は今上つて行くのであつたが、時々立ちどまつては、手でそつと左の胸のあたりをおさへて、心臟の動きの、規則正しい音を聞いた。當然やや早目ではあつても、それは、力強い、彈力のある、健康なひびきで打つてゐた。この間やはりここへ散歩の足を運んだ時には、この道を上り下りするだけで胸が高鳴り、呼吸が亂れ、顳のあたりがづきづきして顏がほてつた。離れて下から見ると、足が宙に浮いてゐるやうな、寸の詰つた恰好で、老父は畝の間に蠢いてゐる。肩に擔つた水桶に手足が生えて動いてゐると云つた方がいいやうなその姿に、胸をつかれ、その時は急いで山道を上つたのだつた。三度に一度は自分が代らうと云ひたいその時の氣持であつたのだが、少し急いでさへ息切れのするやうな身體に、水を擔ぎ上げるなど、到底話にもなることではなかつた。
煙草はもうだいぶ前に、苗床から本畑に移されてゐた。規定通り、畝幅三尺四寸に盛り上げられた土の上に、三尺の間隔をおいて規則正しく植ゑつけてあつた。丈は四五寸に伸びて、淡灰緑色の葉が四枚から六枚ぐらゐ、節毎に二枚づつ相對してゐる。初夏の晝の光が代赭色の傾斜一ぱいに流れて、碁盤の目なりにおかれた煙草は、濃い影を落し、くすんだ艷々しさに映えて美しかつた。砂質の壤土は燒け切つてゐる。煙草が根つくまで水をやらねばならぬ老父の仕事は雨が降るまでは終らない。駿介は畑の縁に腰をかけて、こつちに背なかを見せた老父の動きをぢつと見詰めてゐた。彼はまだ氣づかぬふうだ。やがて振り返つた。駿介を見るなり、腕で横なぐりに顏の汗を拂つて、
「何とまあよく照るこつたか。今日の新聞の豫報は何とぢやらう。」
日をまともに受けて、皺深い顏がくしやくしやになつた。
「今日も一日よい天氣ださうです。さつき役場のラヂオを聞いたけど、やはりおんなじことでした。」
「所によつては驟雨がある、とは云はなんだかい。」
「ええ……聞かなかつたなあ。」
一段落つくと、駒平は、仕事の手をやめて駿介の傍へ來て、列んで腰をかけて休んだ。
「ともかく、早う一雨降つてもらはにやどもならん。これぢや根つきもおくれる。」
「專賣局からの檢査は何時でしたつけ。」
「もうぢきだ……六月にはいつてからだ。日は何れ組合から知らして來ようわい。」
「今年は豫備はどれくらゐ植ゑたんです。」
「八號地に」と、駒平は幾つかの畝のうち、そつちの方を指して、
「あすこんとこが豫備だ。五十本ぢや。規則ぢや、豫備として、三十本から五十本までええといふことになつとるけに、どうせ作るんなら、多く作らにや損やけんのう。」
下の方から聲がして、妹のじゆんが上つて來た。十時の飯と飮み水とを運んで來たのである。桶のなかの殘り水に浸した手拭ひで顏と手を淨め、扁平な漆塗の箱を開いて駒平は食ひ始めた。黒胡麻をまぶした、黒い麥飯の握飯が七つ八つ、ぎつしりつまつてゐる。糠味噌に漬けた小蕪と鹽鮭の切身が一つ、その上に乘つてゐる。握飯を一つ食ひ終る毎に、駒平は、鹽味のある指先をぺろぺろと嘗め、藥罐の水を、注ぎ足し注ぎ足し飮んだ。
「これで、何だ。今年もかうして水のためにえらい目えして、それでもまあどうかかうか檢査もすまし、いよいよ適熟期といふ時になつて、大風にでも吹かれようもんなら、全く目もあてられんことになるけんのう。昭和六年がさうぢやつた。また八年がさうぢやつた。去年はどうやら事なくてすんだが、さあて、今年はどうだやら。――何せえ、煙草といふ奴あ、手數のかかるもんさね。」
駿介も父の湯呑みを借りた。注いだ水を、日陰でぢつとすかして見て、それから飮んだ。いつもながら、腹の底にまで沁みる冷たさだつた。藥罐の蓋の内側は、冷氣が凝つて、小さな玉を結んでゐた。しかし、かなりひどい濁りやうだ。駿介はじゆんに訊いた。
「これ、うちの井戸の水なんだらう?」
「ええ。」
「やつぱり濁つてるな。」
「だつて、今朝も近所のみんなが來て汲んでつた、そのあとなんだもの。鈴木さんとこの井戸も、伊東んとこの井戸も、朝一ぺん汲むと、もう底の泥が立つて、土色になつてしまうて、使へんさうな。鈴木ぢや、今日が風呂の番ぢやによつて、晩にはまたよろしくお頼申しますつて、よくよく頼んで行つたがな。」
「しかし、うちのだつて、もう釣瓶が底につかへるんだらう。」
「そりや、みんなしてああがいに汲めば、さうやけど、どうにか使へるのは今はうちのだけなんだから。」
「お父つあん。どうかな。こないだも話したけど、今年の日照りを機會に一つうちの井戸の掘り下げをやりませんか。僕が手傳ふから。」
駿介は父の方に向きなほつて云つた。
「さうさな。俺らもな、自分の足腰のまだしやんとしてゐるうちに、あの井戸は掘つ返してえもんだとは、かねがね思つてはをるんだが。ことに今年みたやうに水の出が惡いやうぢやのう。あの井戸は、部落の衆のためには、これまでずゐぶん、役立つて來とるんぢやけに。ぢやが……」と駒平は、後の言葉を濁した。
「やりませうよ。是非。僕が手傳ふから。」と、駿介は繰り返した。なぜに彼がさういふ仕事にそんなに興味を持つか、人にはわかりかねるほどの、熱心さで云つた。
「お前が手傳ふつて。物好きな。口でいふほど、さうた易い仕事とでも思ふんけ。」と、駒平は笑つた。
杉野の家は、山裾の、部落の他のどの家よりも高いところに位置してゐる。その家の裏手の井戸も、深く掘られて、ほとんど四間に近い。筋のいい水脈に掘りあて、山底の水を集めて、清冽玉の如くであつた。水の味がいいと云つて、褒めないものはなかつた。夏には、かなり離れたところからも、バケツや藥罐などを下げて、飮み水や冷し水をもらひに來た。いつとはなしに、誰が名づけたといふこともなく、その井戸は「玉水の井」と呼ばれ、人々を潤ほして來たのであつた。玉水の井が、常にも増して人々に多くの惠みを垂れるのは、丁度今年のやうに雨量の少い時であつた。どこの家の井戸も水が涸れて、底の泥が立つやうな時、玉水の井だけは、依然、清らかな水を豐かに湛へてゐた。飯をしかける時、輪番で風呂を立てるその番がつて來た時、近所の人々は、玉水の井の存在の故に助かつた。ところが、その井戸が、ここ三四年來、夏期には、目立つて水の出がわるくなつて來たのだつた。そしてそれも無理がないと云へた。この井戸は今から五十年も昔、駒平の父の代に掘り、その頃少年だつた駒平はその仕事を手傳ひ、それ以後、掘り下げたことがないといふ古さだつたのだから。それだけの年月の間には、水脈にも變化がないとは云へなからう。そしてこのことは駒平を殊のほか悲しませた。この純樸な老人は、今までのやうに多くの人々に奉仕し、彼等を喜ばし得ぬことを悲しんだのである。杉野の家は、以前は村での有力者で、駒平の父は地方の政治に關係し、村での世話役的な仕事にも熱心だつた。しかし、駒平は父から、その名と共に少なからぬ借財をも受け繼いだ。もともと多くはなかつた持地をそのために處分し、分家した兄弟達にも土地を割き、彼自身は普通一般の働く農民として、目立たぬ存在になつて行つたが、父の代の我家を知つてゐる彼は、村のために役立ち得ぬ自分を寂しく思ひ、さういふ彼にとつて、玉水の井は實に小さな一つの慰めであつた。降雨の少いことでは國中にも名があり、川らしい川の無いこの地方は、少しの日照りにもすぐ水が涸れる。夏の日、裏の井戸に近所の人々が通つて來るのを見る駒平は樂しげだつた。
「俺らの生きとるうちの仕事の一つに、どうあつてもこの井戸は俺らの手で掘つ返さにや。」
出がわるくなり、濁りがちな水を見ては、駒平はさう云ひ云ひした。
しかし、同じ仕事に向ふ駿介の熱心さの出どころは、駒平とはちがつてゐた。彼は何も井戸掘りでなくてもよかつた。彼の家の麥は近く刈られる。そのうちには煙草の葉の乾燥も始まる。彼はそのどつちにも自ら參加しようと思つてゐる。彼は今痛切に肉體的な勞働を欲してゐた。彼は、心身がある一つの對象に向つて統一された状態にあることを、張り切つた力の感じ、充實感と云つたやうなものを、深い自覺に於てといふよりは、ほとんど本能的な欲求として、渇くやうな氣持で求めてゐたが、さういふ彼の求めに最も端的に應へてくれるものが肉體的な勞働であらうといふことは肯ける。心身の力を出し切つて、荒々しくぶつかつて行けるやうなもの、さういふ機會を彼は欲してゐた。それは單に、病後の休養にも倦みはじめた若い肉體の、生理的な要求に過ぎないものであらうか。それはさうでもあつたらう。だが同時に、それはもつと深いところに根ざしてもゐるものだつた。彼は自分の過去に訣別しようとしてゐた。脱出の道のない、泥沼のやうな觀念の世界にはまり込んで、脱け道がないといふことのなかにかへつて陶醉してゐたやうな過去に別れようとしてゐた。他人の生きた經驗をそのまま據り所とするわけにはいかぬ、先づ自分自らがほんたうに社會を生きて見なければならぬ。彼はそのやうな一般的な意志を持ち始めたが、もしもこれが、今から七八年も前であつたなら、新しい道は具體的な、明確な道を取つて彼の前に開けたであらうが、今はさうはいかなかつた。彼の歩みは、何か生活的なもの、實質的なもの、中身のぎつしり詰つてゐるもの、生産的なもの、建設的なもの、上附かずにじつくり地に足のついたもの、さういふ内容一般に強く心を惹かれるといふ、きはめて漠然とした抽象的な姿において始められたのである。ちやうどさういふ時、彼の村の生活は彼の前に展けたのである。それは新鮮な魅力だつた。村の生活のどんな小さな斷片でもが、生々とした感情を彼に呼びさまさずにはゐなかつた。
「掘り下げて、底を深くするだけやつたら、大して造作もないこつたが、それにやまづ、井戸側の石をすつかり取り拂つて、それからまたそれをもともと通り積み上げにやならんけんのう。」
四間からの深さの井戸側は、全部、さまざまな形の大きな自然石でがつちり築き上げられてあつた。
「そのやうにしてかからにや、だめなもんですか。」
「ああ。井戸の掘り下げには、まづ井戸側を外してからかかるのがまつとうなやり方としてあるもんぢや。」
「ほう。」
「無精して側の石をそのままにしといてかかるものもないことはないが、さうすつと、掘り下げ中に側が崩れ落ちてからに、底で作業中の者が生き埋めにならんとも限らんのぢや。」
「ああ、成程な。」
「ずんずん掘り下げて行くぢやらう。ところで底が深くなるつてことは、底と、側を固めとる石との間に、それだけ隙間が出來るといふことぢやらう。側を支へとるものは底ぢやけにな。その隙間さ持つて來て、井戸側ぜんたいの重みが上からずんとのしかかる。一たまりもないわけやらうが。俺らなぞは昔からそんな騷ぎを、たくさんに見もし聞きもしとる。つい三年ほど前に、元山(村)の八田の息子が蛙みたやうにつぶれて死んだのなぞもやつぱしそれぢや。井戸掘りは土質については案じるものだが、後で話に聞いたら、八田のとこはやつぱし砂地ぢやつたさうな。それぢやたまらんわ。年寄りが知らん筈ない。はたして年寄りが町さ出てゐる間にやつたといふことぢやつた。」
「しかし、その土質といふ點を云つたら」と、駒平は續けた。「うちのはいいんぢや。うちのは粘土質の赭土ぢやからね。上からのずり落ちも萬々なからうとは思ふんぢやが……」
そしてぢつと考へこんだ。
頸筋をつたはつて流れる汗が、喉の凹みにたまつたのを、彼は大きな手の平ではじいた。はだけた胸はおどろくほど厚くがつしりしてゐるが、やや萎みたるんだ感じの皮膚の上には、老の黒いしみが點々とちらばつてゐた。
やがて彼は心を決したらしく云つた。
「やつて見るかなあ、ぢやあ一つ。今年こそはと思つて、一年一年のばしとるうちに、俺らもそれだけ年をとり、からだも弱る勘定ぢや。そのうちに、いつ何時、何事が起つて足腰立たんやうになるやも知れたこつちやない。我が手にこれが出來んといふことになつちや、末代までもの心殘りぢやけに。」
「で、今の話、井戸側の石を引き上げるといふことはどうするんです。」
「さうだなア……そりや、すつかりとは引き上げんでもよからうわい。」
「さうすると?」
「上、半分だけは取りのける。下の半分はそのままにしといてやつて見る。」
「大丈夫ですか。」
「大丈夫ぢや。」ときつぱり云つた。
「明日の朝から早速かからう。煙草の方は二三日おつ母さんに代つてもらうわ。じゆん、お前おつ母さんの手傳ひせにやあかんぞ。」
「さうだ、じゆんはおつ母さんを手傳ふがいい。おれはお父つあんを手傳ふから。」と、駿介は愉快さうだつた。
「井戸のことがなくたつて、煙草の方は少しお父つあんに代らにやならんとさつきもおつ母さんは云つとつた。――わたしのことはいいがな。兄さんはしかしだめにきまつとるが。」
「なんでだ。」
「なんでだと云つて……」
力仕事など、おかしくつて、と嗤つてゐる氣持が調子にあらはれてゐる。
「何を生意氣な。」と云つて、駿介も笑つた。
「さうだな。誰かまたこの近所の衆を一人頼まんことにや。」
「なあに、おれアやるよ。お父つあん。」
しかし駒平は答へず、ほかのことを云ひ出したことで、取り合はぬふうを示した。