Chapter 1 of 206

風ぐすり

4・12(夕)

蚯蚓が風邪の妙薬だといひ出してから、彼方此方の垣根や塀外を穿くり荒すのを職業にする人達が出来て来た。郊外生活の地続き、猫の額ほどな空地に十歩の春を娯まうとする花いぢりも、かういふ輩に遭つては何も角も滅茶苦茶に荒されてしまふ。

箏曲家の鈴木鼓村氏は巨大胃を有つた男として聞えてゐる人だが、氏は風邪にかゝると、五合飯と味噌汁をバケツに一杯食べて、それから平素余り好かない煙草を暴に吸ふのださうな。「さうすると身体ぢゆうの何処にも風邪の匿れる場所が無くなつてしまふ。」と言つてゐる。

昆虫学者として名高い、それがためにノオベル賞金をも貰つた仏蘭西のアンリ・フアブル先生は、いつも風邪をひくと、自分の頭を灰のなかに突込むといふ事だ。すると一頻り咳が出て風邪はけろりと癒つてしまふ。

「随分荒療治ですな。」

と或人がいふと、フアブル先生済ましたもので、

「何でもありません。一寸風邪のお葬式をやつたのです。」

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