Chapter 1 of 7

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旅日記

種田山頭火

年頭所感――

芭蕉は芭蕉、良寛は良寛である、芭蕉にならうとしても芭蕉にはなりきれないし、良寛の真似をしたところで初まらない。

私は私である、山頭火は山頭火である、芭蕉にならうとも思はないし、また、なれるものでもない、良寛でないものが良寛らしく装ふことは良寛を汚し、同時に自分を害ふ。

私は山頭火になりきればよろしいのである、自分を自分の自分として活かせば、それが私の道である。

×        ×        ×

歩く、飲む、作る、――これが山頭火の三つ物である。

山の中を歩く、――そこから私は身心の平静を与へられる。

酒を飲むよりも水を飲む、酒を飲まずにはゐられない私の現在ではあるが、酒を飲むやうに水を飲む、いや、水を飲むやうに酒を飲む、――かういふ境地でありたい。

作るとは無論、俳句を作るのである、そして随筆も書きたいのである。

一月一日 二日 三日 四日 五日……岡山、稀也居。

夫、妻、子供六人、にぎやかだつた。

幸福な家庭。

たいへんお世話になつた。

あんまり寒いので、九州へひきかへして春を待つことにした。

竹原の小西さん夫婦、幸福であれ。

私は新らしい友人を恵まれた。

二月一日 澄太居。

澄太君は大人である、澄太君らしい澄太君である。

私は友として澄太君を持つてゐることを喜び且つ誇る。

黙壺居。

黙壺君も有難い友である。

初めてお目にかゝつた小野さん夫婦に感謝する。

広島の盛り場で私は風呂敷を盗まれた。

日記、句帖、原稿――それは私にはかけがへのないものであり、泥坊には何でもないものである。

とにかく残念な事をした、この旅日記も書けなくなつた、旅の句も大方は覚えてゐない。

やつぱりぐうたらの罰である。

岡山から広島までの間で、玉島のF女史を訪ねたことも、忘れがたい旅のおもひでとならう。

円通寺、良寛和尚。

(二月)

奈良、桂子居。

(二月)

赤穂附近。

二月十一日 十二日 十三日

今日から新らしく書き初める。――

雪、紀元節、建国祭。

黙壺居滞在。

第四句集雑草風景の句箋を書く。

こゝでまた改めて澄太君の温情に触れないではゐない。

二月十四日

日本晴、出立。

二月十六日 十七日

場末の安宿にて休養、いひかへると、孤独気分になりきるために。

二月十八日

ぶら/\歩いて宮嶋まで、そこで泊つた。

二月十九日 大霜、快晴。

生死去来は生死去来である。

大竹に泊る。

二月二十日 二十一日 柳井津滞在。

この日、この身、この心。……

二月廿二日

白船老を訪ねる、泊れといふのをふりきつて別れる。

雪、雪、酒、酒、泥、泥。

二月廿三日

宮市の安宿で感慨無量。

二月廿四日 岔水居。

あゝ友はまことにありがたい。

二月廿五日 曇つて寒い。

戸畑へ、多々桜君を訪ねる。

二月廿六日 廿七日 牡丹雪が降つた、星城子居。

あたゝかなるかな、友のこころ。

こゝで重大事件(二・二五事件)を知つた。

省みて、自分の愚劣を恥ぢるより外ない。

二月廿八日

八幡の人々を訪ねまはる。

井上さん、仙波さん、その他。

二月廿九日 雪、霰。

土筆君に招かれて行く。

寝苦しい夜がつゞく、あたりまへだ。

追加

(伊豆海岸、信濃路、その他にて)

また一枚ぬぎすてる旅から旅へ

水の上はつきり春の雲

はてなき旅の遠山の雪ひかる

あれがふるさとの山なみの雪ひかる

街の雑音しづもれば恋猫の月

枯葦の一すぢの水のながれ

春風のテープちぎれてたゞよふ

手から手へ春風のテープ

三月一日 緑平居、雪、霜、霙。

緑平老は私の第一の友人だ。

遠山の雪ひかるどこまで行く

三月二日

今日は事務家となつて句集発送。

雪、雪、雪だつた。

ヘツドランプをうたふ。

三月三日

酔うて、ぬかるみを歩いて、そして、また飯塚へ、それから二瀬へ。

逢うてはならないKに逢ふたが。

とろ/\どろ/\、ほろ/\ぼろぼろの一日だつた。

死に場所が、死に時がなか/\に見つからないのである!

ふりかへるボタ山ボタン雪ふりしきる

雪ふる逢へばわかれの雪ふる

三月四日 岔水居。

何といふ憂欝、歩く外ない。

若松へ、多君に事情を打明けて旅費を借る、そして門司へ。

黎君を訪ねる、理髪、会食、同伴で岔君を訪ふ。

岔水君はうれしい人だ、黎々火君も。

さびしいけれどあたゝかい家庭。

三月五日 ばいかる丸。

神戸直航の汽船に乗り込む。

さよなら、黎々火君、さよなら、岔水君よ。

さよなら、九州の山よ海よ。

テープのなげき。

こゝろやすらかな海上の一夜だつた。

三月六日 詩外楼居。

朝、神戸着。

上陸第一歩、新らしい気分であつた。

詩外楼居。

めいろ君を訪ふ。

あたゝかく、ぐつすり睡れた、ありがたかつた。

詩外楼君に感謝する、奥さんにも。

三月七日 詩外楼居。

曇、花ぐもりのやうな。

朝湯のあつさ、こゝろよさは。

めいろ居を訪うて、おいしい昼飯をいたゞく、それから新開地を散歩して、忍術映画見物、馬鹿馬鹿しいのがよろしい。

賀英子嬢をめぐまれためいろ君のよろこびをうたふ――

雛をかざらう

雛のよにうまれてきた

何だか寝苦しかつた。

旅の袂草の感想。

三月八日 愚郎居。

雪中吟行、神戸大阪の同人といつしよに、畑の梅林へ、梅やら雪やら、なか/\の傑作で、忘れられない追憶となるだらう、西幸寺の一室で句会、句作そのものはあまりふるはなかつたが、句評は愉快だつた、酒、握飯、焼酎、海苔巻、各自持参の御馳走もおいしかつた。

夕方私一人は豊中下車、やうやく愚郎居をたづねあてゝほつとした、例によつて酒、火燵、ありがたかつた。

雪は美しい、友情は温かい、私は私自身を祝福する。

・暮れて雪あかりの、寝床をたづねてあるく

・木の葉が雪をおとせばみそさゞい

・雪でもふりだしさうな、唇の赤いこと

・春の雪ふるヲンナはまことにうつくしい

・春比佐良画がくところの娘さんたち

・からたちにふりつもる雪もしづかな家

追加一句

みんな洋服で私一人が法衣で雪がふるふる

三月九日 愚郎居。

晴、雪はまだ消えない、春の雪らしくもなく降りつもつたものだ。

整理、裂く捨てる、洗ふ。

朝湯朝酒とはもつたいない、今日にはじまつたことではないけれど。

ほろよい人生、へゞれけ人生であつてはならない、酒、酒、肴、肴と御馳走責めにされた、奥さんの手料理はおいしい。

夜はSさん来訪、書いたり話したり笑つたり。

・火燵まで入れてもろうて猫がおさきに

(愚郎居)

・雪あかりの日あかりの池がある畑がある

三月十日

比古君の厄介になる。

比古君は私にピタリと触れてくれる、うれしかつた。

奥さんに連れられて、大阪劇場で、松竹レヴユー見物、まことに春のおどり!

夜は新町でのんきに遊ぶ。

・こどもに雪をたべさしたりしてつゝましいくらし

・きたない池に枯葦の葉も大阪がちかい

・春風の旗がはた/\特別興行といふ

・うらはぬかるみの、女房ぶりの、大根やにんじん

・雲のゆききのさびしくもあるか

三月十一日

ほつかり覚める。

新町のお茶屋の二階、柄にもない。

比古君が方々を連れ歩いてくれる。

汁といふ店で汁を食べた、さすがに大阪だと思つた。

夜はまた新町へ。

三月十二日 曇。

ぶらつくうちに日が暮れた。

比古居、蔵の中に寝せて貰ふ、よかつた、よかつた。

三月十三日

今日も遊び暮らす。

三月十四日 うらゝか。

松平さんと同行して、街はづれのお宅へ、しづかな生活であつた。

石仏図を観せて貰ふ、松平さんは尊敬すべき画家だ。

三月十五日 滞在。

比古君、印君来訪。

終日歓談。

三月十六日 まつたく春。

十時出立、松原まで歩いて、そこからは電車で富田林に後藤さんを訪ふ、泊めて貰ふ。

弘川寺の西行塚に詣でる。

近在には古蹟が多い、楠公の遺蹟も所々にある。

田園風景がうらゝかだつた。

滝池山弘川寺

西行堂 木像、伝文覚上人作

西行塚 円信上人、西行法師のことなり

似雲法師の墓

三月十七日 曇、時々雨。

八時出立、京都へ。

柏原まで電車、そこから歩く。

瓢箪山。

河内平野、牛はふさはしい。

枚方で泊る、うるさい宿だつた。

小楠公の墓、大樟。

淀川風景はよい。

三月十八日 曇、肌寒い、彼岸入。

早起出発。

石清水八幡宮。

或るお婆さん、二銭の喜捨拝受。

電車で京都へ、北朗居にころげこむ。

北朗君と同道して陶工石黒さんを訪ねる。

寸栗子翁の訃を聞いて驚く、いよ/\近火を感じる。

夕方、みんないつしよに――奥さんも子供さんも――南禅寺境内の豆腐料理を賞味する、さすがにおいしかつた。

京都の豆腐はうまい。

夜は別れて一人、新京極を散歩する、そしてそこに寝てしまふ。

――飲む食べる、しやべるふざける、――それだけが人生か!

三月十九日 晴。

朝は寒く昼は暖か。

どこといふあてもなく、歩きたい方へ歩きたいだけ歩いた。――

八坂の塔、芭蕉堂、西行庵、智恩院、南禅寺、永観堂、銀閣寺、本願寺、等々等。

桂子さんから速達で手紙を受取つた、何だか誤解されてゐる、嫌な気持になつた。

夜の北朗居は賑やかだつた、句会といふよりも坐談会だつた。

仙酔楼君と逢ふ、まことにしばらくだつた。

世間はうるさいね、女もうるさいね。

こだはるなかれ。

自分の信ずる道を行く外ない。

三月廿日 曇、花ぐもり。

朝湯朝酒。

蛇が穴を出てゐた。

同人と共に北野吟行。

鷹ヶ峯、庵、光悦寺、金閣寺、酔つぱらうて、仙酔楼居へ自働車で送られる。

三月廿一日 雨――晴、滞在。

午后、物安居士、いく子刀自を訪ふ。

愉快な微酔。

三月廿二日 晴。

もつたいなや、けふも朝湯朝酒。

十時出立、宇治へ。――

平等院、うらゝかな栄華の跡。

汽車で木津まで行つて泊る。

三月廿三日 晴。

うらゝかな雀のおしやべり。

早朝出発、乗車、九時大河原下車、途中、笠置の山、水、家、すべてが好ましかつた。

川を渡船で渡されて、旅は道連れ、快活な若者と女給らしい娘さんらといつしよに山を越え山を越える。

山城大和の自然は美しい。

山路は快い、飛行機がまうへを掠める。

母と子とが重荷を負うて行く。

二里ばかりで名張川の岐流に添うて歩く、梅がちらほら咲いてゐる。

歩々春だ、梅だ、月ヶ瀬梅渓は好きなところだつた、だいぶ名所じみてはゐるけれど。

こゝから月ヶ瀬といふ梅へ橋をわたる

バスで上野町へ、遊廓近くの安宿に泊る、うるさい宿だつた。

五月門一目万本月瀬橋

三月廿四日 晴。

芭蕉遺蹟を探る――

故郷塚、瓢竹庵。

上野は好印象を与へてくれた。

阿保まで三里、うらゝかな道。

阿保から津まで電車。

津はいかにも城下らしいおちついた都会であつた、梅川屋といふのに泊る、一宿二飯で三十四銭!

二角さんを訪ねて御馳走になる。

三月廿五日

朝、都影さんを訪ねる、二角君に連れられて、都影さんは一見好きになれる人だ。

自働車といふものもよしわるしだと思ふ。

二角君に案内されて山田へ。

内宮外宮はたゞありがたかつたといふより外はない。

二見ヶ浦。

裸木塚

芭蕉塚

平□塚

都影居泊、私にはぜいたくすぎるほどだつた。

夜は自家用で白子町までドライヴ、都影君はドクトルとして、私は妙なお客さんとして。

おちついてしづけさは青木の実

(比古君か印君に)

鎧着ておよろこび申す春の風吹く

(弘川寺)

春の山鐘撞いて送られた

けふのよろこびは山また山の芽ぶく色

ちんぽこの湯気もほんによい湯で

(京都)東山

・旅は笹山の笹のそよぐのも

まるい山をまへに酔つぱらふ

松笠の落ちてゐるだけで

こんやはこゝで雨がふる春雨

・旅の袂草のこんなにたまり

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