Chapter 1 of 6

私達が北満洲に行つた時の話ですが、あのセミヨノフ将軍の没落した後のロシアの避難民のさまは悲惨を極めたものだつたさうです。何でもハルビンも危険だといふので、手に手を取つて松花江の氷の上をわたつて、陸続として長春から吉林の方へ入つて来たのださうですが、それは惨めなものだつたさうです。私達は国境近いところから、何処の町に行つても大きな包を負つて跣足で歩いてゐるロシア人を多く見ました。かれ等の中には、支那の苦力に交つて労働してゐるものもあれば、杜の中に乞食でも住むやうなバラツクをつくつて、そこで日向ぼつこなどをしてゐる光景を私達はよく路傍で見かけました。それでもその時分はもう初夏に近い頃でした。何と言つても暖かい日影はあたりに漲つてゐました。野にはアカシヤの白い花が咲き、杜には緑の濃い絵具をまき散してゐました。蕨なども生えてゐました。従つてさういふ人達も、私達には決して悲惨とばかりは見えませんでした。自然の中に更に小さく展げられた絵か何ぞのやうにさへ見えたほどでした。

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