Chapter 1 of 4
一
K先生。
私は昔から陶器できこえた尾張の瀬戸に住んでゐるもので御座います。甚だ失礼で御座いますけれども、先生の『日本一周』を読んで、いろ/\感じたことが御座いますので、それで突然こんな手紙をさし上げることになりました。
私は二十歳の一青年です。
『日本一周』には、前編にも後編にも土岐川のことが書いて御座います。そして先生は之れを激賞されて居られます。是非一度は汽車でなしに川に沿つて歩きたいとまで仰しやつてゐらつしやいます。私はその土岐川について申上げたいと思ふので御座います。
K先生。
先生は土岐川と仰しやつた。しかし、私の申上げるのは、美濃に属した土岐川の方よりは玉野川の方が十中八九を占めてゐるので御座います。私は多治見以東については多く知るところが御座いません。そこにも好いところが沢山あるさうですが、それは知りません。一体、この土岐川といふのは、東美濃の土岐郡を流れる中だけの名で、尾張に入つては、玉野川と呼ばれ、更に名古屋平野に落ちて行つては、庄内川と呼ばれて居ります。下流はかなりに大きな川です。
先生が『日本一周』の中に、丁度四条派の絵巻を見るやうだ。日本にもめづらしい美しい川だと仰つたのは、主として玉野川と称する部分をお指しになつたことは、前後の文章の具合で、それもよくお察し申上げることが出来ます。実際、土岐津多治見間は、矢張同じやうに汽車が渓流に添つてゐたにしても、距離も短かく、眺望も狭く、とても玉野川と呼ばれる部分に匹敵しようとは思はれませんから……。