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日記
知里幸恵
大正十一年六月一日
目がさめた時、電燈は消えてゐてあたりは仄薄暗かった。お菊さんが心地よげにすや/\と寝息をたてゝゐた。今日は六月一日、一年十二ヶ月の中第六月目の端緒の日だ。私は思った。此の月は、此の年は、私は一たい何を為すべきであらう……昨日と同じに机にむかってペンを執る、白い紙に青いインクで蚯蚓の這い跡の様な文字をしるす……たゞそれだけ。たゞそれだけの事が何になるのか。私の為、私の同族祖先の為、それから……アコロイタクの研究とそれに連る尊い大事業をなしつゝある先生に少しばかりの参考の資に供す為、学術の為、日本の国の為、世界万国の為、……何といふ大きな仕事なのだらう……私の頭、小さいこの頭、その中にある小さいものをしぼり出して筆にあらはす……たゞそれだけの事が――私は書かねばならぬ、知れる限りを、生の限りを、書かねばならぬ。――輝かしい朝――緑色の朝。朝食の時、中條百合子さんの文章から、術レ芸と実生活、金持の人の文章に謙遜味のない事などを先生がお話しなすった。
芸術と云ふものは絶対高尚な物で、親の為、夫の為、子の為に身を捧げるのは極低い生活だといふのが百合子さんの見解だといふ。「しかし芸術が高尚な尊い物であるのとおなじく、家庭の実生活も絶対に尊い物である事にまだ気がつかないのはまだ百合子さんが若いのだ、かはいさうに……」と先生は、若い彼の女をいぢらしいものの様にしみ/″\と仰る。私ハよそ事ではないと思った。胸がギクリとした。私には芸術って何だかよくはわからないが……。
それから、百合子さんは、あまりに順境に育ったので、人生は戦ひである事を知らずに物見遊山と心得てゐる……といふお話もあったが、わかった様なわからない様な気がした。
喜びも悲しみも苦しみも楽しみも、すべてが神様の私にあたへ給ふ事なのだ。私に相応しくない物を神様は私にあたへ給ふ筈はない。だから私はあたへられる物を素直に喜んでいたゞかなければならない。不平、それは、神を拒否する事ではないか。感謝、感謝!
罪を犯して罰をのがれやうとは虫のいゝ話。仕事を持ち出して奥様やおきくさんとお裁縫をする。奥様は昨夜の寝不足で今日は御気分がすぐれないとの事、夢さへ見ずにグッスリと寝入った私は、何だかしら、済まない様な気分が起った。何卒奥様に安眠があたへられます様に……と祈らずには居られない気になった。
赤ちゃんが今日は大へん御きげんがよい。奥様の為に、先生の為に、赤ちゃん御自身の為に、坊ちゃん、おきくさんの為にも赤ちゃんの健康がほんとうに望ましい事。「弱い女が主婦になるのは罪だ。子供の為、夫の為、自分の為に最大の不幸だ」と奥様が仰る。何たる悲痛の言葉ぞ。私は直ぐに打消してそれに代るよろこびの言葉を見つけようと思ったが不能であった。だって私は常日頃ちょうど奥様とおんなじ心持でゐたのだから……。奥様は最も深刻にその経験をなされたのだ。私は……これから、その生活にはいらうとしてゐる。自分の弱い事を知りつゝさうした生活に入るのは罪かしら……。罪だとしたら私は何うすればよいのだらう……。
私は申上げたい。
おいとしい奥様、何うぞ安心して夫の君の愛におすがり遊ばせ。あのおやさしい美しい旦那様はあれ程貴女を愛して貴女を支えていらっしゃるぢゃありませんか。奥様は幸福でいらっしゃる。旦那様の愛は即ち神様の愛、神様の力ではありますまいか、と。
今度少し裁縫をなさいと奥様が仰った。嬉しい事。英語が難かしくなったのが嬉しかった。明朝の復習がたのしみ。麗らかなみどりの日はこれで終る。
六月二日
今日もいゝお天気。朝の中は英語の復習、洗濯で時を過し、お昼飯まではシュプネシリカを書く。午後は裁縫、読書。十二時少し前に就寝、手紙をやっと二枚。此方のイアクニシパの遺稿『身も魂も』を読んだ。何といふ悲痛極る文字であらう。一字々々真紅な心臓から迸出る美しい生血で書つけられたものゝ様……。愛とは何。彼の君が命を懸けて戦った血と涙の記録、何うして涙なしに読む事が出来ようぞ。私にはちっとも批評などの出来る頭ぢゃない、たゞ/\痛切な同情同感の涙のみ……。
真剣、私の心に真剣な愛があるか。真剣な愛を彼に捧げてゐるのか、果して。純真な美しい愛か。おゝ私は愛します。たゞ貴郎を愛します。身も魂も打こんで……。貴郎もまた私に然うである事を私は深く/\感ずる事が出来ます。信じます。私をも信じて下さい。
義経伝説を書いていらっしゃる先生のお顔が何だかしら青く見える。お疲れでせう、ほんとうに……おからだにお障りの無い様に……奥様の御心配の程が察せられる……。赤ちゃんをよほどだっこした。随分私の顔が珍らしいものに赤ちゃんには見えたのでせう。動く私の口を引かいては黙って見つめていらっしゃる……おゝかはゆい嬰子、ほんとうに不思議でせう。何処から来た新しい人だらう……と。
手紙を書いた。眠かった眼が次第にさえて時のたつのを忘れて書いた。ほんとうに真純な誠をこめて……。手紙などは、ほんとうに真実がなければ書けないもの……。グリース神話読終る。
六月三日
朝、チッチッチッと小鳥が啼く。かはゆい声で……。可愛ゆい子供を中にした夫と妻、何といふ幸福に満ちた生活なのであらう。美しい夫婦の愛が子といふものによって、層一層醇化され向上してゆくものなのであらう。
子といふものの若い芽を、魂をのびさせ様とするのには、父も母もほんとうに同じ心を持って心配し、努力するのではないか。頬が少しふくらんで来たといっては顔見合せて共に同じよろこびをし、少し熱がある様だと云っては二人交々愛児の頭に手をふれる……。美しい愛の姿、夫と妻の愛の姿は、二人の間の愛児によって表現されるのであらう。愛児に対する時の父母の心は、真に二つが一つに融けあってゐるのだもの。
奥様が昨夜の寝不足でお気分が甚だ勝れぬ。だから、私も何うか頭が少し痛くなってお苦しみをわけ持ちたいと思った。
お湯にゆく。自分の醜さを人に見られることを死ぬほどはづかしがる私は、何といふ虚栄者なんだらう。これでももし人並に、あるひは人以上に美しい肉体を持ってゐたら、自分以下の人に見せびらかして自分の美をほこるのであらうに。私にふさはしくないものを神様が私にあたへ給ふ事はない。私には何うしてもなくてはならぬ物かも知れない。私はあたへられた私のものを、何のはづる事があらう。神様の目からは、さういふ美醜などは何の差別もなく、みな一つのものではないか。尊い賜である肉体を醜いと云って愧ぢてゐた私。神様に何といふ私は親不幸な子なんだらう。美しい、醜いなどといふ事を何処から割出してきめた事なんだらう。独決! 美しくてもみにくゝてもいゝではないか。みんな人間だ、みんなおなじに神の子ではないか。親の愛は美しい子にばかり偏るであらうか。否。肉体の美醜は親の愛をちっとも変らせる事はない筈だ。私はたゞ感謝する。感謝する。
単衣が出来上った。旭川のお母さんが炭一俵を買ふのをやめた其のお銭が此の単衣になったのだ……。
六月四日 日曜日
七日のうち一日……遊ぶことをわすれて……真志保の声がきこえる様。一切を忘れて神様に祈って、懺悔し、感謝し、心のうちを神様に訴へる……あゝ何といふ尊い事であらう。私は「聖書が欲しい、教会へゆきたい――」それを抑えてたゞ祈る。神様よ、私が何うかしてほんとうに一すぢの心になれます様に――。
奥様は昨夜はよくねむれたと、はれ/″\したお顔を見せて下すったので嬉しかった。
いゝお天気、青葉に輝く日の光、ほんとうに明るい日。こゝちよいそよ風が今日はじめて着換へた単衣の袖をはらふ。(十時頃)
旭川ではもう日曜学校を終ったらう。親、兄弟、親類、知己、一人々々の顔が目の前にうかぶ。父様の病気はなほったか知ら。種々な種類の美しく咲き揃った花を売りにあるく人が面白い声で花歌をうたふ。
やはり私には教会が懐かしい。神様のお話がきゝたい。讃美歌を歌ひたい。祈りしたい。不信仰な私は聖書を忘れて来たのだ……罪人。
先生に教へられて本郷教会へ行く……大きくない教会だけど、あまり人の少いのにちょっと驚かされた。十二人の来会者のうち真面目に話をきく人が何人あるのかしら。若い青年がコクリ/\とゐねむりをし、若い女があくびの出しつゞけ。オルガンを弾く女の人は居ねむりを我慢しきれないでみっともない様子をする……。私には今夜きいたお話が何だかわからなかった。今私の頭に、胸に、何の印象も残ってゐない。
杉原大尉を思ひ出す……杉原先生のお話がきゝたい。真砂町に小隊があるから……とたしかに仰ったのを覚えてゐるが、わからなくて困る。心からシックリと私の心に合ふお話がきゝたい。杉原先生を恵み給へ。
奥様が坊ちゃんと嬢ちゃんを一しょにお湯へ連れて行きなすったので、頭がぐらつくと仰る……何卒今宵も安らかな眠りが彼の人の上に訪れます様に……。
先生が仰る。私が一つの原稿を書くにもこんなに苦しんで書く。誰にもその苦しみは認めては貰へないけれども、それでもいゝかげんにサラ/\と書く事が出来ないと仰る……おゝ何といふ尊い事であらう。何だか知ら、私は涙が出さうに先生の人格に敬服する……。苦しんで苦しんで出来した物を人はちっとも知ってくれないのに、それでも苦しまずには書けない……。私は心の中にそれを繰り返し繰返す。
お伽噺を読むと、私も天真爛漫な子供になってしまふ……。坊ちゃんに読んできかせて上げて、また寝るまで読んだ。グリムのお伽噺。
先生の原稿が出来上った。何んなに先生は御安心でせう。苦しんで/\の賜のよろこび……尊いよろこびぢゃありませんか。私もほんとに嬉しかった。
おきくさんはほんとにかはいらしい人、私はつく/″\思った……縫いかけの単衣を頭からかぶってねむってるおきくさんの側でお伽噺の本を読みながらつく/″\思った。
もう十一時近いだらう。今日もこれで終る。
おや/\先生はこれからまだおしごとがあるんですって。明日の下調べ……。私は寝ようと思ったが何だか勿体なくなって寝られない。何を売るのか知らないが、毎晩悲しい音の笛を吹きながら通る人がある……きっとだいぶ年をとったお爺さんなんだらう。あの笛の音をきくと何だかさういふ気がしてならない。
東京の物売りは実際面白い。豆腐屋がアウ/\と何か気の狂った小僧さんの様な声を出して私を驚かして、わざ/\おもてへ飛出させたりしたっけ。
今日はおうちでフロックスの花を買った。花を見ると、お父つぁんが思出されて仕様がない。
万年筆が何うしたのか、インクが両方から漏り出して困るので赤いきれで繃帯してやったが、それでも漏って困った。先生がかはいらしい万年筆を貸して下すった。此の私のは今度直す所へやって下さるとのお話、東京の商人はずるくて、地方へは悪いものを持ってゆくのだと云ふお話もきいた。
一たい商人といふものは何うしてさう利慾にばかり偏るのか知ら……今夜の牧師さんのお話もさういふのらしかった。富めるものゝ神の国に入るは如何に難いかな。神様の委託物である富を、神様の聖旨にかなう様に使はねばならぬ。富を得る為に悪い事をしたりする人は富を神の賜だと思はないから……自分の労力の代償だと思ふから……。ではその労力は何処から来る、其の代償は何処から来る。見よ、空の鳥はつむがず耕さずして而も豊かに日を暮してゐるではないか、といふおはなしであったのだ。私たちは何もさう、ちっぽけな智恵をしぼって富なる物を得ようとして脱線したりしなくとも、神様は、たゞ信頼し身も魂も任せてる者には、毎日のなくてならぬものは必ずあたへ給う、と。富があたへられたら神の為に……私は、何を持ってるだらう。
六月五日 いゝお天気
赤ちゃんにひっかかれながら庭であそぶ。おさなごはほんとうに正直です。赤ちゃんは私が嫌いなんですもの。
英語を教る。知らない事を覚えてゆくたのしみは非常に大きな物。
旭川の母様からお手紙をいたゞいた。
森長操さんといふ方が私と友達になりたいとの事、何だか困った事の様に思ふ……。私に今まで友達といふものが真にあったであらうか。知里さん、幸恵さん、どうぞ永久に御交際を……さう云って下すった人たちは今何処の空に暮してゐるのか、それさへ私にはわからない。私が東京へ来た、お友達に知らせやうと思った事いまだ一度もない。私にまごゝろがないからか。