一
フミエと洋一の家には、裏に大きな柿の木が一本あります。それは子どもの一かかえもあるほどりっぱな木でした。小さい木は幾本もありましたが、とびぬけて大きいのは一本だけです。柿のあたり年は、普通一年おきだということですが、この柿は毎年なるのでおじいさんが生きている時分にはじまんのたねでした。こんな柿は村に二本とないからです。その実の大きくてうまいことといったら、三太郎おじさんなど、柿の実のうれるころになると、まるで子供のようにうれしそうな顔をして、柿をもらいにきました。
「まったく、柿も年をとるとだんだん実が小さくなるというのに、これはめづらしいですな。来年の春には一つ、この木をつがしてもらいましょう。」
そのくせおじさんは春になると、つい柿のことをわすれてしまいました。
「おじいさんにそういって、うちの小さい木を一本もらえばいいのに。」
あるとき洋一がそういうと、おじさんはにこにこしながら、
「いいよ。しんるいなんだから、柿ぐらい食べにきてもいいだろ。」
といいました。三太郎おじさんの家はフミエや洋一のおかあさんのおさとで、おじさんは二人のおかあさんの弟です。その上三太郎おばさんは洋一たちのおとうさんの妹なのでした。つまりお嫁さんをもらいっこをしたことになります。三太郎おじさんも洋一たちのおとうさんと同じように昔は船のりになるつもりで商船学校にまで入ったのだということですが、まだ学生のときに大病をして、それがもとで今はお百姓になったのだそうです。三太郎おじさんは子供がないので、フミエや洋一をわが子のようにかわいがり、なにかというとからかうのがくせでしたが、いくらからかわれても二人はおとうさんの次に三太郎おじさんをすきで、おかあさんの次に三太郎おばさんをすきなのでした。三太郎おばさんはいつとなく二人がつけたあだ名で、本当の名はツネ子といいました。おばさんも、おじさんと競争で二人をかわいがってくれました。三太郎おじさんの家にはみかん畠はもとより、桃畠、梨畠、ぶどう畠にいちぢく畠と、それから家のまわりには杏や栗の木などもありフミエや洋一はその木々のためにも三太郎おじさんをすきにならずにはいられないほどなのです。それなのに、なぜか柿の木だけは一本もありません。いかな一本もないのです。そのくせおじさんは柿が大好物で、まだよくうれない中から、早くもってこいとさいそくをしました。もってゆくと、まだおつかいのフミエたちがいる前ですぐに皮をむいてたべました。たべながら「うまい、まったくうまい。柿はくだものの王様だからな。とくにこの柿はな。」
だからフミエも洋一も柿のおつかいは大すきでした。柿をもってゆくとおじさんはきまったように、
「そのかわり、いまにみかんがうれたら、食いほうだいだよ。」
とか、
「おいもはいらないかね。」
などといいながら、ぶどうや梨をたくさんくれました。ある日洋一は、むちゅうになって柿をたべているおじさんにききました。
「おじさん、どうしておじさんたちは柿をそんなに好きなのに、植えないの。」
するとおじさんは、
「そりゃあね、いわれがあるのさ。――ああうまい。」
と口の中の柿を、さもうまそうにのみこみ、二つめの柿をむきながら、
「昔はね、おじさんとこにも柿の木はあったんだよ。洋一んとこのにまけないほどのがな。ところがね、うちにくいしん坊の子供がいてね、ひとりで柿の木にのぼって、食いほうだいをして死んだのさ。疫痢ってやつさ。そしたら、そのときまだ生きていたうちのおじいさんがね、この柿は孫の仇だって、伐ってしまったのさ。それからはいくら柿の木を植えても、そだたないのさ。ご先祖のうらみか、柿の木のたたりか、どっちかだな。だから洋一だって、あんまり柿をたべすぎないようにしないと、赤痢になって死ぬこともあるし、そうなるとお前んとこのおじいさんも柿の木をばっさり伐ってしまうかもしれないぞ。何しろおじいさんというものは、一本気だからな。」
まだ七つか八つのときのことでしたので、洋一はすっかり本気になり、これからは決してひとりで木登りをして食べほうだいなどはしまいと思いました。あのりっぱな柿をきられたら、大へんだと思ったのです。うちへかえるなり洋一は、こっそりとおかあさんの耳もとでたのみました。
「おかあさん、ぼく、おなかのくすりをのんどくよ。だからもしもあとでおなかをこわしても、あの柿の木をきらないように、おじいさんにだまっててね。」
おかあさんは笑いながら、
「それは、どういうわけなの、もう一度いって。」
と聞きなおしました。洋一が三太郎おじさんから聞いた話をすると、おかあさんは声を出して笑い、
「そうかい、そんなこともあろうかね。三太郎おじさん、なかなかいいお話をしてくれたわね。」
そしてさっそく窓のそとのおじいさんにそれを話しました。おじいさんは柿の木のてっぺんにひびくような大声で笑い出し、
「大丈夫だ。そうはめったなことで、この柿がきれるものでないわい。この柿は家の守り木じゃからのう。何十年このかたおじいさんはこの柿をたべなんだ年は一年もないんだぞ。洋一、三太郎おじさんにそういってきな。うちにはそんなくいしん坊はいません。かんしゃくもちのじいさんもいません。だから柿はきりません、とな。だいいちきったりすれば三太郎おじさんが泣くでしょうってな。そういってきな。」
洋一はうれしくてすぐかけ出しました。
「うちのおじいさんは柿の木きらないってさ。もしきったら三太郎おじさんが泣くからって。」
三太郎おじさんはそれをきくと、
「そうか、安心した。じゃ、もっと持っておいでな。さっきのはもうたべてしまったからね。」
洋一はまたとんでかえり、
「三太郎おじさんがね、安心したからもうすこし柿をおくれって。」
おじいさんもおかあさんも大笑いをしました。そんなことのあったよく年のことでした。その年はどこの柿もあたり年で、枝がたわんで木がひろがって見えるほど、実をつけていました。その柿のあたりと何か関係でもあるように、ひでりがつづき、暑い夏の間に何十日も雨がふりませんでした。どこの家でも井戸水がかれはじめ、村の人は大そう困りました。畠の作りものはがらがらになり、草も枯れるほどの暑さです。その中で柿の木だけが元気よく、秋が近づくにつれてだんだんみごとになりました。それでも雨はまだふりません。村の人たちはより合って、大きな井戸をほる相談をしました。水すじのよいところをえらんで、井戸は村の三か所にほりました。洋一の家の裏の空地にも、その大きな井戸はほられたのです。こののちひでりがあっても困らないようにと、おじいさんの意見で井戸は大きく、ふかく掘りました。みかん掘りといわれる通り、みかんのような形に中がひろがっている井戸です。運よく水筋にあたったとみえて、三つの井戸のうちで洋一のうちのが一ばんよく水が出ました。井戸は深いけれど、いくら汲みあげても次の日にはまんまんとたまっているのです。みんな大よろこびです。
「これで、のみ水の心配だけはなくなりましたぞ。」
おじいさんはわがことのようによろこんで、水をくみにくる村の人たちにじまんしました。そして井戸の石垣に使ったのこりの石を、ひとりで、よいこら、よいこらと、柿の木の根もとにかたづけました。石は一人でころばせるほどの大きさのが十五ばかりのこっていたのです。
ところがその翌年のことです。春がきて木々が芽を出しかけた頃にはまだ気づかなかったのですが、柿の若葉がだいぶ大きくなったころ、おじいさんは柿の木の下からその枝をながめわたし、やがて柿の木にのぼってその枝にさわってみ、長い時間、じっと考えこんでいました。そして毎日毎日柿の木を見上げてはくびをひねっていましたが、ある日仕事着にきかえると、鉢まきをして、柿の根もとの石をとりのけにかかりました。
「おじいさん、どうしたの。」
洋一がたづねますと、
「おじいさんがわるいことをしたのじゃ。ついうっかりと、考えもなしにここへ石をおいたために、今年は柿が一つも実をつけとらん。柿じゃってよっぽどつらかったんだろうよ。かわいそうなことをしたわい。」
おじいさんは汗をながしながら、「こんちきしょ、こんちきしょ」と一つ一つの石を柿の根もとからとりのけました。ひたいの汗が雨のように流れ、おじいさんはひどくつかれたようすでした。そしてもうあと二つというときに、急に柿の木の下で倒れてしまいました。それきり正気にかえらず、二日間というもの高いびきをかいて眠りつづけ、そしてとうとう亡くなられたのです。去年の五月十八日のことでした。フミエや洋一にとってもそれは大人たちにおとらないほど悲しい、心にのこるできごとでした。あとでおばあさんが、
「昔から柿の木を大じにする人じゃったがのう。おさかなの骨でも何でも自分で根もとへうめてやりよんなさった。なんでもおじいさんの小さいときに、おじいさんのおじいさんがつぎなさったというから、柿の木でも兄弟のように思うとったんじゃろな。石が重とうて実をつけられないとわかると、わが兄弟のつらさのように気がもめて、からだの悪いのもわすれてとりのけてやったんじゃろに。」
そんなふうにいってなげきました。
その年は秋がきても、ほんとに柿はただの一つもなっていませんでした。そしてまた年があけました。もうすぐおじいさんの命日です。フミエと洋一は柿の木の下でその枝をながめ、おじいさんを思い出しました。
「花がついてるよほら、あすこにも、あすこにも。」
柿の小枝にぽつりぽつりとついている、青い小さいつぼみをフミエが指すと、それをみた洋一の声もいきいきと、
「あっ、ほんとだ、ぼく、上の方みてくる。」
といったかと思うと、するすると馴れた足つきで柿の木にのぼりました。
「ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな……ああ、一ぱいなってるよ。」
「ああよかった。よかったね、洋ちゃん。」
フミエは木の上をふりあおいでいいました。
「おばあさん、柿がなっとるぞう。おかあさん、おかあさん、柿だぞう。」
洋一は家の中へよびかけました。おばあさんもおかあさんもいないのか、家の中からは返事はありませんでしたが、二人はもううれしくてなりません。
「よかったね。洋ちゃん。」
「うん。」
「あんまりよくないの。」
「ううん。」
「うれしくないみたいだよ。」
「おじいさんが生きてればもっといいんだがな。」
「ほんとだ。でもしょうがないもの。柿の花、供えてあげようか。」
二人は柿の木の下でそんな話をしていました。青葉がてりかえして、青い蚊帳の中にでもいるように二人の顔は青くそまってみえました。