Chapter 1 of 10

天保十三壬寅の年の六月も半を過ぎた。いつもならば江戸御府内を湧立ち返らせる山王大権現の御祭礼さえ今年は諸事御倹約の御触によってまるで火の消えたように淋しく済んでしまうと、それなり世間は一入ひっそり盛夏の炎暑に静まり返った或日の暮近くである。『偐紫田舎源氏』の版元通油町の地本問屋鶴屋の主人喜右衛門は先ほどから汐留の河岸通に行燈を掛ならべた唯ある船宿の二階に柳下亭種員と名乗った種彦門下の若い戯作者と二人ぎり、互に顔を見合わせたまま団扇も使わず幾度となく同じような事のみ繰返していた。

「種員さん、もうやがて六ツだろうが先生はどうなされた事だろうの。」

「別に仔細はなかろうとは思いますがそう申せば大分お帰りがお遅いようだ。事によったらお屋敷で御酒でも召上ってるのでは御ざいますまいか。」

「何さまこれァ大きにそうかも知れぬ。先生と遠山様とは堺町あたりではその昔随分御昵懇であったとかいう事だから、その時分のお話にいろいろ花が咲いているのかも知れませぬ。」

「遠山様という方は思えば不思議な御出世をなすったものさね。ついこの間までは人のいやがる遊人とまで身を持崩していなすったのが暫くの中に御本丸の御勘定方におなりなさるなんて、これまで御番衆の方々からいくらも出世をなすった方はあろうけれど遠山様のような話はありますまい。」

「どうかまア遠山さまの御威光で先生の御身の上に別条のないようにしたいもんさ。万一の事でもあろうものなら、手前なんぞは先生とはちがって虫けら同然の素町人故、事によったら遠島かまず軽いところで欠所は免れまい。」

「もし鶴屋さん、縁起でもねえ。そんな薄気味の悪い話はきつい禁句だ。そんな事をいいなさると何だかいても立ってもいられないような気がします。ぼんやりここで気ばかり揉んでいても始まらぬから私はその辺までちょっと一ッ走り御様子を見て参りましょう。」

種員は桟留の一つ提を腰に下げて席を立ちかけたが、その時女中に案内されて梯子段を上って来たのは、何処ぞ問屋の旦那衆かとも思われるような品の好い四十あまりの男であった。越後上布の帷子の上に重ねた紗の羽織にまで草書に崩した年の字をば丸く宝珠の玉のようにした紋をつけているので言わずと歌川派の浮世絵師五渡亭国貞とは知られた。鶴屋はびっくりして、

「これはこれは亀井戸の師匠。どうして手前共がここにいるのを御存じで御ざりました。」

「実は今日さる処まで暑中見舞に出掛けたところ途中でお店の若衆に行き逢い堀田原の先生が日蔭町のお屋敷へしかじかとのお話を聞き、私も早速先生の御返事が聞きたさに急いでやって来ましたのさ。時に先生はまだ遠山様のお屋敷からはお帰りがないと見えますな。」

国貞は歩いて来た暑さに頻と団扇を使い初める。立ちかけた種員は再び腰なる煙草入を取出しながら、「五渡亭先生も御存じで御座いましょう。手前と相弟子の彼の笠亭仙果がお供を致しまして御屋敷へ上っておりますから、私は今の中一走り御様子を見て参ろうかと思っていた処で御座ります。もう追付お帰りとは存じますが何となく気がかりでなりませぬ。」

「いかにも不断から師匠思いのお前さん故さぞ御心配の事だろうと重々お察し申します。私なぞは申さば柳亭翁とは一身同体。今日此頃では五渡亭国貞といえば世間へも少しは顔の売れた浮世絵師。それというも実を申せば『田舎源氏』の絵をかき出してからの事ゆえ、万が一お咎めの筋でもあるようなら私は所詮逃れぬ処だと、とうから覚悟はきめていますが、お互にどうかまアそんな事にはなりたくないもの。」と国貞は声を沈まして、忘れもせぬ文化三年の春の頃、その師歌川豊国が『絵本太閤記』の挿絵の事よりして喜多川歌麿と同じく入牢に及ぼうとした当時の恐しいはなしをし出した。すると鶴屋の主人もついついその話につり込まれて六、七年前に大酒で身を損ねた先代の親爺から度々聞かされた話だといって、これは寛政御改革のみぎり山東庵京伝が黄表紙御法度の御触を破ったため五十日の手鎖、版元蔦屋は身代半減という憂目を見た事なぞ、やがて談話はそれからそれへと移って遂には英一蝶が八丈島へ流された元禄の昔にまで溯ってしまったが、これは五渡亭国貞が先頃から英一蝶に私淑してその号まで香蝶楼と呼んでいたがためであった。折から耳元近く轟々と響きだす増上寺の鐘の声。門人種員はいよいよ種彦の様子を見に行こうと立上り大分山の痛んでいるらしい帯の結目を後手に引締めながら簾を下した二階の欄干から先ず外を眺めた。日の長い盛りの六月の事とて空はまだ昼間のままに明るく青々と晴渡っていた。いつもならば向河岸の屋根を越して森田座の幟が見えるのであるが、時節がらとて船宿の桟橋には屋根船空しく繋がれ芝居茶屋の二階には三味線の音も絶えて彼方なる御浜御殿の森に群れ騒ぐ烏の声が耳立つばかりである。夕日は丁度汐留橋の半ほどから堀割を越して中津侯のお長屋の壁一面に烈しく照り渡っていたが、しかし夕方の涼風は見えざる海の方から、狭い堀割へと渦巻くように差込んで来る上汐の流れに乗じて、或時は道の砂をも吹上げはせぬかと思うほどつよく欄干の簾を動し始める。

国貞と鶴屋の主人は共々に風通しのいいこの欄干の方へとその席を移しかけた時、外を見ていた種員が突然飛上って、「皆さん、先生がお帰りで御座ります。」

「なに先生がお帰り。」

いう間もおそし、一同はわれ遅れじと梯子段を駈け下りて店先まで走り出ると、差翳す半開きの扇子に夕日をよけつつ静に船宿の店障子へと歩み寄る一人の侍。これぞ当時流行の草双紙『田舎源氏』の作者として誰知らぬものなき柳亭種彦翁であった。細身造りの大小、羽織袴の盛装に、意気な何時もの着流しよりもぐっと丈の高く見える痩立の身体は危いまでに前の方に屈まっていた。早や真白になった鬢の毛と共に細面の長い顔には傷しいまで深い皺がきざまれていたけれど、しかし日頃の綺麗好に身じまいを怠らぬ皮膚の色はいかにも滑かにつやつやして、生来の美しい目鼻立の何処やらにはさすがに若い頃の美貌のほども窺い知られるのであった。

種彦は今日しも老体の身に六月大暑の日中をもいとわず、予てより御目通りを願って置いた芝日蔭町なる遠山左衛門尉様の御屋敷へと人知れず罷り越したのである。仔細というは外でもない。去頃より御老中水野越前守様寛政御改革の御趣意をそのままに天下奢侈の悪弊を矯正すべき有難き思召により遍く江戸町々へ御触があってから、已に葺屋町堺町の両芝居は浅草山の宿の辺鄙へとお取払いになり、また役者市川海老蔵は身分不相応の贅沢を極めたる廉によってこの春より御吟味になった。それやこれやの事から世間では誰いうともなく好色本草双紙類の作者の中でもとりわけ『偐紫田舎源氏』の作者柳亭種彦は光源氏の昔に譬えて畏多くも大御所様大奥の秘事を漏したにより必ず厳しい御咎になるであろうとの噂が頗る喧しいのであった。種彦はわが身の上は勿論もしやそのために罪もない絵師や版元にまで禍を及ぼしてはと一方ならず心配して、こうなるからは誰ぞ公辺の知人を頼り内々事情を聞くに如くはないと兼て芝居町なぞでは殊の外懇意にした遠山金四郎という旗本の放蕩児が、いつか家督をついで左衛門尉景元と名乗り、今では御本丸へ出仕するような身分になっているのを幸い、是非にもと縋付いて極内々に面会を請うた次第であった。

「先生、早速で御座いますが御屋敷の御首尾はいかがで御座りました。」

一同は一先種彦を二階へ案内するや否や、茶を持運ぶ女中の立去るをおそしと、左右から不安な顔を差伸ばすのであった。種彦は脇差を傍に扇を使いながら少し身をくつろがせ、

「いや、もうさして御心配なさるにも及ぶまい。遠山殿の仰せには町方の事とは少々御役向が違う故、あの方の御一存では慥とした事は申されぬが、何につけお上においては御仁恵が第一。それにとりわけこの度の御趣意と申すは上下挙って諸事御倹約を心掛けいという思召故、それぞれ家業に精を出し贅沢なことさえ致さずば、さして厳しい御詮議にも及ぶまいとの仰せ。それだによってこの際はお互によく気をつけ精々間違のないように慎んでおるがよかろう……。」

「さようで御ざりましたか。それでは別に差当って御叱を蒙るような事はなかろうと仰有るんで御座いますな。いや、先生、その御言葉を聞きまして手前はもう生き返ったような心持になりました。」

版元鶴屋は襟元の汗をばそっと手拭で押拭うと、国貞も覚えずほっと大きな吐息を漏して、

「手前も御同様、やっとこれで安堵致しました。何事によらず根もない世上の噂というやつほどいまいましいものは御座りません。初手からこうと知っていればこんなに痩せるほど心配は致しません。」

「全く亀井戸の師匠の仰有る通りさ。手前なんざアそれがためあれからというものは夜もおちおち睡眠りません。」と鶴屋の主人は全く生返ったように元気づき、「先生、それではもうそろそろお船の方へお移りを願いましょうか。お帰りは丁度夕涼の刻限かと存じまして先ほど木挽町の酔月へつまらぬものを命じて置きました。」

「それはそれは。いつもながら鶴屋さんの御心遣には恐縮千万。」

「お言葉ではかえって痛み入ります。実はまだいろいろと御話を承りたいことが御座ります。丁度今日は亀井戸の師匠もおいでで御座りますし、さしずめ唯今板木に取りかかっております『田舎源氏』の三十九篇、あれはいかが致したもので御座りましょうか、いずれ船中で御ゆるり御相談致したいと存じております。」

一同は種彦を先に桟橋につないだ屋根船に乗込んだ。

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