Chapter 1 of 4

序言(ウィリアム・オスラー)

過去20年間に医学史にたいして目覚ましい興味が戻ってきた。ヨーロッパ、イギリス、アメリカの大学で講座が作られ、この問題についての学会やクラブが出発した。1つだけでなく3つか4つの雑誌が作られ、数え切れないモノグラフや論文で豊かになった。Index Medicus(医学論文の2次資料。1879年に始まり2004年に最終号)を10年から12年のあいだ最近のものと比較すると、医学が源泉の研究にいかに関与しているか、および我々がいかに新しい歴史の方法によって影響されているか、が示される。

この問題には3つのことが関連している。第1に学生にとって、教育的な面は評価できないほど重要である。医学は進化的な観点から、最高に教えられるからである。経歴の初めに、現在の知識が到達した段階をはっきりとさせることは如何に重要であろうか! しかし、ぎゅう詰めカリキュラムの現状からすると、医学史を必須課目にすることは好ましいとは言えない。私は数年前に述べた。「魅力的な課目は良い学生を捕え、彼らを良くする。しかし、もっと価値あることは、学生に物事を歴史的な観点で見る訓練をさせることであり、もっと重要なことは次のフラーの発言の真理を自分自身で評価する1人1人の教師によってのみ可能なことである。“歴史は若者を皺だらけにせず白髪にせずに老人にする。彼に欠陥や不便を与ることなく年の経験を持たせる。そうだ、これは過去の事柄を現在のものにするだけでなく、将来に来る事柄について合理的な考えを持たせる。この世界は新しい事件を与えることはない。古いものであり形だけが違うだけで以前と同じ月を我々が新月と呼ぶのと同じ意味である。古い行動は再び戻ってきて、新しく異なる環境で見栄えを良くする。”」(ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル 1902)。

第2に、研究として、治療と関係する科学の部門の歴史は、特別な魅力を持っている。医学は人類学に基礎を持っていて、大部分の神学、多くの哲学、錬金術や占星術の偽科学、と関係を持っている。この徐々に起きる進化を追跡し、種々の時代における知的な動きとの関係を研究することは、新しい研究方法で訓練された学者たちの仕事である。しかし、現在の功利主義の時代には、事実を発見するだけでなく、それらの意義を認識するの充分な歴史的な洞察力を持つ、フレンド、リトレ、ヘッサー、ダレムバーグ、アダムズ、グリーンヒル、のような性格の人たちは稀である。真実は学者、古文書保管人、および「裏階段の男たち」と呼ばれる人たち、は我々の大学の医学部からの援助が必要である。この国には1つも医学史講座が存在しない! ロイヤル・コレッジ・オブ・フィジシャンにあるフィッツパトリック財団(1901)は幾つかの重要な講演のスポンサーとなり、J・F・ペイン博士によるアングロ・サクソン時期のイギリス医学の価値ある研究を可能にした。しかし必要とする趣味と奨学金を持つ人たちはこの国には多くなく、彼らのエネルギーは他の分野に散らばってしまう。もっとも力強い学者のグループはドイツにいて、医学史において完全に第1の重要性をもつ2つの大きな仕事がなされている。帝国ベルリンアカデミーの援助のもとでライプチッヒ大学のトリューブナー株式会社は医学におけるギリシャ著作者の新しいテキストを発行している。この大仕事の準備として優れた学者たちがディール教授の指導のもとにヨーロッパの幾つもの図書館にあるすべての重要な草稿を調べ蒐集している。ヒポクラテスおよびその後のギリシャ著作者たちについての我々の知識のすべての源についての地理分布リストが刊行されている。すでに行われた仕事を高く評価し過ぎることはできない。しかし、この問題についての興味を高めることにもっと重要なのは優れた学者である故プッシュマン教授を記念して創設されたライプツィヒ大学の医学史研究所である。ズドホフ教授の指導のもとにこの研究所はラテン著作者たちの完全に新しい版を刊行することになっている。ドイツにおける研究およびモノグラフの生産は第一流の研究援助であって世界全体を一緒にしたものに等しい。この発言をしながら、フランスの医学史学派は常に最も目覚ましい位置を占めてきたことを見逃してはいない。医学史は何世紀にもわたってフランスの大学から奨励されてきた。

もっと顕著なことは3番目の関連としてのこの領域の進歩である――ある地域または全般的における医学の歴史に興味を持っている、忙しい人たちの暇なときに役に立つ余暇である。イギリスおよびアメリカにおいて、このことは医学史の伝記的な面に傾き、多くの価値あるモノグラフが刊行された。いつでも第一流の仕事ではないが、興味を惹き起こし、医学の英雄について多くの楽しい教育的な話を供給する。スミス・エルダー・アンド・カンパニー社が刊行したマスター・オブ・メディシン・シリーズが続けられなかったことは残念である。ペインによるシデナム、パウアーによるハーヴィ、ペイジェットによるハンター、の生涯は正確で情報に富む伝記のモデルである。医学史の最高のものの多くがこのようにして描かれ、そして実際に多くの古い医師や外科医の側面がその時期の様子や習慣として与えられる。ジョージ・マーシャルの子孫(パリ)により語られたルイ14世の外科医の生涯の話はその時期における宮廷生活の活き活きとして絵として聖シモンの本のページから拾い集められるであろう。

この問題への興味が戻ったことによる価値ある結果は、いろいろなセンターにおける医学図書館の生長であり、この学問の各地における歴史を示す書類、絵画、その他の蒐集である。

医学史を体系的に取り扱った重要な仕事が幾つかこの期間中に刊行された。グールトの「外科学の歴史」は記念碑的な貢献である。プッシュマンが計画しノイバーガーとパーゲルが編集した「医学史ハンドブッフ」は参考書として価値が高い。学生および一般の読者に適する医学史は、書くのに困難な本である。この仕事に必要な能力を持つ人はあまり居ない。ある1つの時期について全く完全で正確な知識を持っている特別な学者は、バランスが重要な仕事を引き受けるのは全く最後の男である。ノイバーガーの「医学史」の第1分冊を受け取ったときに、これはイギリスおよびアメリカの学生に特に有用な本であると私は思った。明晰に書いてあり、あまりに詳し過ぎはせず、良く体系的に整頓されている。ノイバーガー教授はウィーンに生まれ教育されて、医学史の研究を非常に大きく促進したプッシュマン教授の気遣いと教育を受けた。幾つかの予備研究を刊行してから、彼はプッシュマン教授の計画による医学史の百科全書的な仕事を行い、ベルリンのパーゲル教授と共同して成功のうちに完成させた(1902-1905)。

この第1巻ではルネッサンスに至る医学の成長の話が見られるであろう。多かれ少なかれ継続的な話は太い活字を使って容易に滑らかに読めるようにし、学生は細い活字の部分で典拠および特別に詳細なことを見るであろう。

近代医学と呼ばれているものを取り扱う第2巻は活発に進行していて、来年には刊行されるであろう。〔第1次世界大戦のためか刊行されなかった:訳者〕

ウィリアム・オスラー、オクスフォード

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