Chapter 1 of 7
プロローグ
「さて皆様、私はここで、嘘のような話を聴いて頂きたいのであります。話の真実性については、皆様の御判断に任せるとして、兎も角も、これは決して嘘ではないということだけは、当夜の盛大な結婚式に列席した方々は、証明して下さることと思います」
話し手の小塚金太郎は、斯んな調子で始めました。名前はひどく世俗的で、手堅い商人かなんかのように響きますが、実はまだ若い作曲家で、と申しても近頃流行の流行歌の作曲者ではありません。芸術的で高踏的で、そして恐ろしく難解な曲をモリモリ作って、一部の人から騒がれている才人ですが、その小塚金太郎が物々しい枕を置いて、一体何を話そうというのでしょう。
「私は本当の音楽というものは、どれほど偉大な力を持っているかということに就てお話したいのであります。尤も昔から日本にも外国にも、音楽の奇蹟物語は、数え切れないほど夥しく伝えられておりますが、それは九十九パーセントまでは嘘八百で、信ずるに足るものは一つも無いと言ってよいのです。ところで、私がこれからお話しようとしていることだけは、私ばかりでなく、当夜の結婚式に列席した、二百何十人かの人が経験したことであり、決して神話や伝説の比ではありません。私は幾人かの友人達の迷惑を顧みず、この席上で発表しようと決意したのは、本当の音楽の力というものを、解って頂いた上に、私の親友――深沢深君の偉大な天才と、その悲しき前生涯を知って頂きたいためであります」