Chapter 1 of 7

「親分、泥棒は物を盗るのが商売でしょう」

八五郎のガラッ八はまた変なことを言い出しました。

「商売――はおかしいが、まア世間並の泥棒は人の物を盗るだろうな」

銭形平次は、女房のお静に給仕をさせて、遅い朝飯をやりながら、こんな事を言っております。

桜には少し早いが、妙に身内の擽られるような、言うに言われぬ好い陽気です。

「ところがその世間並でねえ泥棒があったんで――」

「物を盗らずに何を盗ったんだ」

「置いて行ったんで、親分」

「物を置いて行く泥棒は無いぜ。八、忘れ物じゃないか」

「戸はコジ開けて入って、他の家へ物を忘れて行く奴は無いでしょう」

「話はこんがらかっていけねえ、一体どこに何があったんだ。手軽に白状しな、お茶を呑みながら聴いてやる」

「白状と来たね。石を抱かせる代りに、せめて落雁を抱かせて貰いたい、――出がらしの番茶も呑みようがある」

「あんな野郎だ、お静、狙われた物を出してやった方がいいよ」

平次が顎をしゃくると、お静は心得て落雁の箱の蓋を払ってやりました。口数は少ないが、柔か味と情愛の籠った、相も変らぬ良い女房振りです。

「親分の前だが、泥棒が金唐革の飛切り上等の懐中煙草入を忘れて行くという法はねえ。おまけに煙管は銀だ。あれは安くちゃ買えませんぜ」

ガラッ八はまだ頭を振っております。落雁はもう四つ目。

「さア、一人で感心していずに、ぶちまけてしまいな、――落雁が気に入ったら、箱ごと持って帰っても構わないから」

「大層気前がいいんだね、親分」

「馬鹿にするな」

平次と八五郎はこう言った、隔てのない心持で話し合っております。

「親分も知っていなさるだろう、神田相生町の、河内屋又兵衛――」

「界隈で一番という家持だ、知らなくてどうするものか」

外神田の三分の一も持っているだろうと言われた河内屋又兵衛、万両分限の大町人を、平次が知らなくていいものでしょうか。

「大旦那の又兵衛――金はあるが倅夫婦に死に別れ、孫の喜太郎という十一になる男の子とたった二人、奉公人と小判に埋まって暮している」

「それがどうした」

「その河内屋へ昨夜泥棒が入ったんで――」

「金は取らずに、その豪勢な懐中煙草入を置いて行ったと言うんだろう」

「その通り」

「それっきりかえ」

「お気の毒だが、根っ切り葉っ切りそれっきりで」

「呆れた野郎だ。落雁だけ無駄になった。お静、箱を片付けた方がいいよ」

平次は笑っております。早耳では天才的なガラッ八の八五郎を、毎朝一と廻りさせて、その情報の中から、何か「異常なもの」を嗅ぎ出そうとするのが、長い間の平次の習慣ででもあったのです。

「河内屋には金が唸るほどあるでしょう」

「それはあるだろう」

「その金には眼もくれず、――坊っちゃんの喜太郎の寝部屋へ忍び込んで、金唐革の贅を尽した懐中煙草入を、手習机の上へ置いて行ったというのは変じゃありませんか」

「昼のうちに誰か忘れて行ったんじゃあるまいね」

「塀を乗越えて、縁側の雨戸をコジ開けて、人の家の中へ物を忘れに入る野郎はありませんよ」

「フーム、少し変だな」

「これが変でなかった日にゃ、落雁を返上して三遍お辞儀をして帰りたいくらいのもんで――」

「お静、ついでに羊羹もあるだろう」

「冗談じゃないぜ、親分、そんなに甘い物を食った日にゃ、溜飲を起す」

「溜飲や血の道と縁のある顔じゃねえ」

「羊羹を食いながら、今度は何を白状しやいいんで――」

「その煙草入は誰のだ」

「解らねえ」

「それ程の品が、持主の解らないことがあるものか、――煙草が入っていたのか」

「粉煙草が少しばかり」

「おかしいぜ八、当分河内屋から眼を離すな。近いうちに何か起るに違いない」

「それは心得ていますよ」

「それから、今度河内屋へ行くついでがあったら、その煙草入を借りて来い」

「そうくるだろうと思って、持って来ましたよ。河内屋でも世間へ知らせたくないから、そっと調べてくれという話で」

「それはいい塩梅だ。八がそれほど気の付く男とは知らなかったよ」

「へッ、その積りで付き合って貰いやしょうか」

「馬鹿」

「こいつは落雁や羊羹じゃ安いや」

八五郎はそう言いながら、懐中煙草入を取出しました。少し古色を帯びた金唐革、柘榴を彫った金銀金具、少し逞しいが目方の確りした銀煙管まで、いささか野暮ったくはあるが、その頃には申分のない贅沢な品です。

中を開けてみると、粉煙草が少々、薩摩や国府でもあることか、これは刻みの荒い、色の黒い、少し馬糞臭い地煙草ではありませんか。

「八、一杯買おう、こいつは面白そうだ」

平次はそう言いながら、恐ろしく念入りに煙草入を見ております。

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