Chapter 1 of 8

「親分、変な野郎が來ましたぜ」

ガラツ八の八五郎は、モモンガア見たいな顏をして見せました。秋の日の晝下がり、平次は若い癖に御用の隙の閑寂な半日を樂しんで居る折柄でした。

「変な野郎てえ物の言ひやうがあるかい。お客樣に違ひあるまい」

「さう言へばその通りですが、全く変ですぜ、親分」

「手前よりも変か」

「へツ」

ガラツ八は見事に敗北しました。

「何んて方なんだ。取次なら取次らしく、口上を聞いて來い」

「それが言はないから変ぢやありませんか。名前は申上げられませんが、私の爲に一生の大事、どうぞ親分さんの智慧を貸して下さい――と斯うなんで」

「男だらうな」

平次は妙な事を訊きました。

「大丈夫『猫の子の敵』ぢやありません。へツへツ」

ガラツ八が思ひ出し笑ひをしたのも無理のないことでした。二三日前町内の女隱居が『寵愛の猫の子が殺されたから、下手人を搜して敵を討つて下さい』と氣違ひのやうになつて飛込んだのを知つて居たのです。

八五郎の案内につれて、狭い家の中に通されたのは、町人風の若い男が二人。

「――」

先に立つた一人の顏を見ただけで、平次は危ふく聲を立てるところでした。ガラツ八の八五郎が、変な野郎と言つたのも道理、顏といふのは形ばかり、顎は歪み、鼻は曲り、額から月代かけて凄まじい縱傷がある上、無慙、左の片眼までも潰れて居るのです。

後ろから跟いて來たのは同じ年輩――と言つても、無傷なだけに、此方の方は少し老けて居るのかもわかりません。三十五六の世馴れた男。頬から耳へかけて、小さいが眞赤な痣のあるのが唯一の特色です。

「親分さん、飛んだお邪魔をいたします」

「御所名前を仰しやらない方には、お目に掛らない――と申すほどの見識のあるあつしぢや御座いませんが――」

平次はまだ釋然としません。

「親分、お腹立は御尤もですが、名前を申上げられないわけが御座います。――何を隱しませう、私は、地獄から參つたもので御座います――が」

擧げたのは傷だらけな凄じい顏。

「えツ」

平次も思はずゾツとしました。ガラツ八などはもう、膝小僧を包んで、敷居際まで逃げ出して居ります。

「斯う申すと突飛に聽えますが、決して嘘や掛引で申すのでは御座いません。私は一年前に人手に掛つて殺され、――いや、身内の者も世間樣も、私が死んだと思ひ込んで居りますが、實は思ひも寄らぬ人に助けられて生き還り、自分を殺した奴に思ひ知らせ度さに、変り果てた顏容を幸ひ、幽靈のやうに、江戸へ舞ひ戻つた人間で御座います」

傷の男は膝の手を滑らせました。何處ともなく睨む片眼の不氣味さ。本當に、地獄の底から、その怨を果すだけに生き還つて來た、幽鬼の姿と言つても平次は疑はなかつたでせう。

「お前さんは?」

平次は顧みて伴の男に訊きました。

「私はこの方と無二の仲で、その場に居合せなかつた、たつた一人の人間でございます。生き還つたこの方が、第一番に私を頼つて來られたのも無理は御座いません」

中年男は靜に言ふのでした。

「誰が私を殺したか解りません――私はそれを知り度いばかりに、江戸で半歳苦勞いたしました」

傷の男の態度や話振りは、眞劍さが溢れて鬼氣迫る思ひでした。

「始めから順序を立てゝお話して下さい。お前さんは一體誰で、何處で、どうして殺されかけなすつたか」

あまりの奇怪さに、平次も思はず膝を進めました。

Chapter 1 of 8