Chapter 1 of 5

「御免」

少し職業的に落着き拂つた聲、錢形平次はそれを聞くと、脱いでゐた肌を入れて、八五郎のガラツ八に目くばせしました。生憎今日は取次に出てくれる、女房のお靜がゐなかつたのです。

「へツ、あの聲は臍から出る聲だね」

ガラツ八は頸を縮めて、ペロリと舌を出しました。

「無駄を言はずに取次いでくれ」

「當てつこをしませうや、――年恰好、身分身裝」

「馬鹿だなア」

「先づ、お國侍、五十前後の淺黄裏かな」

ガラツ八は尤もらしく頸を捻ります。

「訛がないぜ、――それに世馴れた調子だ――先づ大家の用人といふところかな」

平次もツイ釣られます。

「御免」

もう一度、錆のある素晴らしい次低音が、奧のひそ/\話を叱るやうに響きました。

「それ、お腹立ちだ。言はないことぢやない」

ガラツ八は月代を藥指で掻いて、もう一度ペロリと舌を出しながら、入口の方へ飛んで行きます。

「仔細あつて、主人御名前の儀は御免蒙るが、拙者は石川孫三郎と申す者。平次殿にお願ひがあつて罷り越した、ほんの一寸逢つて頂きたい」

少し横柄ですが、ハキハキと物を運び馴れた調子です。

「お聞きの通りだ、親分、――この賭は口惜しいが親分の勝さ、四十五六の型へ入れて拔いたやうな御用人だ。逢ひますか、親分」

ガラツ八はモモンガアみたいな手付きをして見せます。

「御武家は苦手だが、折角こんな所へ來て下さつたんだ、兎に角お目に掛かるとしよう。此方へ丁寧にお通し申すんだ」

「お家の重寶友切丸か何か紛失したんだらう、むづかしい顏をしてゐるぜ、親分」

「無駄を言ふな」

「へエ――」

ガラツ八は漸く客を導いて來ました。前ぶれ通り、存分に野暮つたい四十五六の武家、羽織の紐を觀世縒で括つて、山の入つた袴、折目高の羽織が、少し羊羹色になつてゐやうといふ、典型的な御用人です。

「これは、高名なる平次殿でござるか。拙者は石川孫三郎と申す、以後御見識り置きを願ひたい」

肩肘を張つて、眞四角にお辭儀をします。

「へエ、恐れ入ります。私は平次でございます。どうぞ、お手をおあげ下さいまし」

平次はすつかり恐縮してしまひました。どうも一番あつかひ惡い種類のお客樣です。

「早速ながら、用件を申上げるが、實は平次殿、お家に取つて容易ならぬ事が起つたのぢや。何と力を貸しては下さるまいかの」

武家は折入つた姿ですが、平次は何かしら釋然としないものがあります。

「どのやうな事か存じませんが、私は町方の御用を承つてゐるもので、御歴々の御屋敷の中に起つたことへは、口をきくわけには參りませんが、へエ」

體よく敬遠するつもりでせう、平次は紙袋を冠つた猫の子のやうに尻ごみをして居ります。

「御尤千萬、だが、――平次殿に乘出して頂かうと言ふわけではない。ほんの少しばかり、智惠を拜借すればよいのぢや」

「へエ――」

「實は御親類筋の安倍丹之丞樣から、平次殿のことを承つて參つたが、この謎を解くものは、江戸廣しと雖ども先づ平次殿の外にはあるまいと――」(「傀儡名臣」參照)

「御冗談で――」

押の強さうな用人に促まつて、錢形平次も悉く降參してしまひました。

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