Chapter 1 of 8

「親分、飯田町の上總屋が死んださうですね」

ガラツ八の八五郎は、またニユースを一つ嗅ぎ出して來ました。江戸の町々がすつかり青葉に綴られて、時鳥と初鰹が江戸ツ子の詩情と味覺をそゝる頃のことです。

「上總屋が死んだところで俺の知つたことぢやないよ」

錢形平次は丹精甲斐もない朝顏の苗を鉢に上げて、八五郎の話には身が入りさうもありません。

「ところが、聞き捨てにならないことがあるんですよ、親分」

「上總屋の死に樣が怪しいとでも言ふのか」

「二年も前から癰を患つて居たつていふから、人手にかゝつて死んだとすれば、町内の外科が下手人見たいなもので――」

「落し話を聽いちや居ない、――何が聞き捨てにならないんだ」

平次は漸く朝顏から注意を外らせました。

「金ですよ、親分。上總屋音次郎が、鬼と言はれ乍ら、一代にどれほどの金を拵へたと思ひます?」

ガラツ八はなか/\の話術家です。平次が滅多な事件に手を染めないのを知つて、かう乘出さずには居られないやうに持ちかけるのでした。

「五六萬兩かな、――有るやうでないのは何んとかだと言ふから、精々三萬兩ぐらゐのところかな」

「さう思ふでせう。ね、親分」

「イヤにニヤニヤするぢやないか、それとも十萬兩もあつたといふのかい。こちとらから見れば十萬兩は夢のやうな大金だが、上總屋なら」

平次はガラツ八に焦らされると知つて、忌々しくも煙草入を拔いて一服つけました。

「尤もこちとらに十萬兩もあつた日にや、あつしは早速十手捕繩と縁を切つて――」

ガラツ八の話は、また妙なところへ飛躍して行きます。

「金貸にでもなつて懷手で暮すつもりだらうが、さうは問屋が卸さないよ」

「そんなサモしい根性ぢやありませんよ。先づ山ノ手の百姓地を五六萬坪買つて――」

「大きく出やがつたな、人參牛蒡でも作る氣になつたか」

「大違ひ、――親分に植木屋を始めて貰つて、あつしはそれを江戸の縁日へ持出して賣る」

「馬鹿だなア」

平次は仕樣ことなしに苦笑をしました。そんな氣でゐる八五郎の心根が哀れでもあつたのです。

「ね、親分。冗談は冗談として、上總屋の話だが、――誰でも一應は萬と纒まつた金があるに違ひないと思ふでせう」

「それがどうした」

「死んで了つた後で、番頭や親類の者が、熊鷹眼で搜したが、不思議ことにあるものは借金ばかり。何萬とある筈の金が、たつた十兩もないと聽いたら驚くでせう」

「驚くよ、――お前の義理でも驚かなくちや惡からう、それからどうした」

「たつたそれだけだが、ちよいと變ぢやありませんか親分。神田から番町へかけて、並ぶ者のないと言はれた上總屋音次郎が、死んで一文もないなんざ、皮肉過ぎますよ」

「搜しやうが惡かつたんだらう」

「そんな筈はありません。床下から天井裏まで搜したんださうで」

「それとも主人が死ぬと一緒に、誰か持出した奴があるのかな」

「熊鷹の眼が二三十見張つてゐる中から、巾着一つ持ち出せるものぢやありません。まして千兩箱を五十も百も」

「よし、判つた。八五郎に揚足を取られるやうぢや世話アねエ」

平次は苦笑ひをしました。

「そこで一つ、親分にお願ひがあるんだが」

「何んだい」

「上總屋の番頭さんに逢つて下さいよ」

「?」

「亡くなつた主人は、何處かに金を隱してあるに違げえねえが、何人かゝつても見付かりさうもない。金が出なかつた日にや、後の恰好がつかないさうです」

「で?」

「番頭さん、構はないから入つて來てくれ。お前さんから、親分に話して見るが宜い」

ガラツ八は入口の方を振り向いて、大きな聲を出しました。

「それぢや、御免下さい」

靜かに格子を開けて入つたのは、二十三四のまだ若い男でした。地味な風をして居りますが、一寸良い男で何處か笑顏に人をそらさないところがあります。

「お前さんは?」

狹い家、初夏の風が吹き拔くやうに開けつ放してあるので、平次は坐つたまゝで、客の物腰がよく見えます。

「上總屋の手代で、仙之助と申します。八五郎親分にお願ひして、主人の隱した金を見付けて頂かうと思ひましたが、八五郎親分は、錢形の親分さんにお願ひした方が宜いと仰しやるので、先刻から門口を拜借して、お待ちして居りました」

若い番頭はそれだけの事を言ふうちにも、すつかり恐れ入つて、立て續けにお辭儀をして居ります。

「寶搜しは困るよ、番頭さん」

「へエ――」

「上總屋の案内を知つた者が、幾日かゝつても解らないといふのに俺が行つたところで解るわけはない。そいつは岡つ引より易者へ行く方が早いぜ」

平次は寶搜しにまでコキ使はれる馬鹿々々しさが我慢がならなかつたのです。

「でも、それぢやお孃さんが可哀想で御座います」

「お孃さんが?」

「上總屋に金があればこそ、親類も知合もあの通り肩を入れてくれますが、何んにもないと判つたら、どうなることで御座いませう。それに折角纒りかけた縁談も、お氣の毒なことに駄目になります」

「縁談?」

「お孃さんのお染さんは、たつた一人娘で、この秋には御武家方から御養子が入らつしやる筈でございました」

仙之助の心配するのは尤もでした。主人が死んだ上、金が一文もないと判つては、武家の次男坊がわざ/\町人へ養子に來る筈もありません。

「そいつは氣の毒だが、どうも俺は寶搜しに乘出すわけには行かねエ。いづれ分別人の上總屋のことだから、何處か容易に見付からないところへ隱してあるんだらう。お互に拔け驅けの功名をする氣にならずに、多勢で手を分けて探して見るが宜い。五十も百もある千兩箱を、懷へも袂へも隱せるわけはないから」

平次はそれつきり縁側へ出てしまひました。十萬兩の寶搜しよりも、朝顏の苗の方が大事だつたのです。

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