Chapter 1 of 6

「親分ちょいと――」

ガラッ八の八五郎は、膝小僧で歩くように、平次のとぐろを巻いている六畳へ入って来ました。

「なんだ八、また、お客様をつれて来たんだろう。今度はなんだえ、若い人のようだが――」

「どうしてそんなことが判るんで? 親分」

「お前の顔にそう書いてあるじゃないか」

「ヘエ――」

ガラッ八は平手で長い顔をブルブルンと撫で廻すのです。

「平手で面を掻き廻したって、人相が変るものか。馬鹿だなア」

「ヘエー、そんなもんですかねエ」

「庭へ長い影法師が射して、せっかく明神様の森から来た、藪鶯が啼き止んだじゃないか。若くてイキの良い人間が門口に立っていることが解らなくてどうするんだ」

「なるほどね、そう聴くと一向他愛もありませんね。おい、手代さん、遠慮することはねえ、親分は見通しだ、ズッと入って来なさるがいい」

ガラッ八は表の方へ身体をねじ曲げて、門に立っている人を呼込むのでした。

「それじゃ親分さんは逢って下さるでしょうか」

「逢うも逢わねエもあるものか、俺が承知だ。真っ直ぐに入って来るがいい。ねえ親分、これが本銀町の浅田屋の手代で、幸吉さんというんだが、とにもかくにも、一つ話を聴いてやって下さいよ」

ガラッ八は平次の引込み思案にものを言わせないように、外に待たした客を呼込むと、万事心得て平次の前へ押しやるのです。

近ごろ江戸中に響いた平次の名を慕って、流行易者ほど相談事が殺到するのを、お上の御用以外は、梃子でも動くまいとする平次は、その大部分は追っ払いましたが、中にはそれを心得て、女房のお静や子分の八五郎の手を経て、こんな調子に持込むのも少なくなかったのです。

紛失物を嗅ぎ廻したり、女出入りの仲裁までさせられるのは、平次にしても、有難くはありません。が、どうかするとその愚にもつかぬ相談事の中に、とんでもない事件が孕んでいたりするので、活動家のガラッ八は、いちいちチョッカイを出して、一つでも多くの事件を取込もうとするのです。

「八、何だか知らねエが、ひどく心得ているじゃないか。それほど力瘤を入れるならお前が埒をあけてやったらよかろう」

平次は少し苦りきります。

「それが、あっしじゃどうしても解らないんで、――一と月も前から首を捻ったり、腕を組んだり、ありったけの智恵を絞り出してみましたがね」

八五郎の話は相変らず空っとぼけたような、そのくせ精一杯の真剣味がありました。

「親分さん、お願いでございます。私はもう心配で心配で、一日もジッとしてはいられません。お願いでございます」

八五郎のつれて来た、本銀町浅田屋の手代幸吉という二十三四の若い男は、畳の上に両手を突くのでした。

小柄で、色が浅黒くて、あまり良い男振りではありませんが、突き詰めた様子や、一生懸命な眼の色に、何か妥協の出来ない正直さを見ると、素気なく追い返しもなりません。

「お前さんは、よっぽど思い詰めているようだが、一体どんなことがあったんだ。ことと次第じゃ、随分相談相手くらいになってあげよう」

平次もツイ膝を進めました。

「外じゃございません。去年の春あたりから、不思議な手紙が主人のところへ参るのでございます」

「不思議な手紙というと?」

「何にも書いてない、白紙の手紙でございます」

「?」

「最初の手紙が来たときは、主人も大笑いに笑って、――こいつは日本一のあわて者だろう――と申して私ども店のものにも見せましたが、二本目は黙って私に渡し、三本目は誰にも見せないように御自分の部屋へ持って入り、四本目は――」

「一体その白紙の手紙というのは、何本来たんだ」

「ちょうど一年前から、毎月一本ずつ、十一本も参りました」

「…………」

平次は黙ってしまいました。

「十二本目はたぶん今日――遅くも晩までには来ることでしょう。――白紙の手紙なんか何が怖いとおっしゃるかも知れませんが、文句を書いた手紙なら、こんなに心配はいたしません。強請や脅かしにしたところで、金を出せとか、命をくれとか、どんな恐ろしいことを書いてあっても、書いた人間とその望みの見当が付きます。それが白紙の手紙となると――」

幸吉はゴクリと固唾を呑むのです。

「その手紙の来る日は決っているんだね」

平次はさすがに大事なところに気が付きました。

「月の十七日、二年前、先代総兵衛様の亡くなった日でございます」

「誰が持って来るんだ」

「最初は使い屋でございました。吉原から華魁衆の手紙を束にして持って来る使い屋の男が、小僧を呼出して、旦那へそっと渡すようにと言って置いて行ったそうで――」

「なかの使い屋は、筋の良い手紙は滅多に持って歩かないから、それくらいのことはどこへ行っても言うよ。――その使い屋をつかまえて訊くと、頼んだ人が判るわけだが――」

と平次。

「ところが、こちらでそう気の付いた時は、もう使い屋は来ません。いつ、誰の仕業とも判らず、店先へ抛り込んで行きます」

「フム」

「白紙の手紙が一本ずつ多くなると、店中は次第に暗くなります。いつどんなことがあるか、私達奉公人でも気になるくらいですから、主人の身になると、痩せるほど苦労なさるのも無理はございません」

「主人がどうかしたのか」

「二た月ばかり前から病人同様で、この四五日はお気の毒なくらい萎れ返っております。これで十二本目の手紙を受取ったら、どんなことになるか、あんまり心配なので、ツイ八五郎さんにお願いして、親分におすがり申し上げたようなわけでございます。――主人は? とんでもない、私がここへ参ったことも存じません。ヘエ」

若い手代の幸吉は、言いおわってそっと額の汗を拭くのです。それほど一生懸命になる手代の様子はツイ平次を乗出させるほどしおらしいものでした。

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