Chapter 1 of 8

「親分、世の中には變な野郎があるもんですね」

八五郎は彌造を二つ拵へたまゝ、フラリと庭へ入つて來ました。

朝のうちから眞珠色の霞がこめて、トロトロと眠くなる四月のある日。

「顎で木戸を開ける野郎だつて、隨分尋常ぢやないぜ」

平次は相變らず貧乏臭い植木の世話を燒き乍ら、氣のない顏を擧げるのでした。

「顎で木戸は開きませんよ」

狹い庭一杯の春の陽の中に、八五郎はキヨトンと立ち竦みます。

「でつかい彌造を二つ拵へて、顎でも使はなきや、木戸の棧を動かせるわけはないぜ」

「膝と肩を使つて開きますよ。錢形の親分の城廓と來た日にや、懷手をしたまゝ、何處からでも入れる」

「氣味の惡い野郎だな、――尤も何が入つて來たところで、盜られる物は何んにもないから安心さ」

「相變らず清々した話で」

「ところで、變な野郎が何處に居るんだ」

八五郎はどうやら妙なものを嗅ぎ出して來たらしいので、平次は手洗鉢でザツと手を洗つて、縁側に八五郎と押し並んだまゝ、煙草盆を引寄せました。

「へツ、その、滅法女の子に惚れた話なんですがね」

八五郎は平掌で頬を叩いて、ペロリと舌を出すのです。

「お前が?」

「あつしぢやありませんよ。あつしなら朝のうちに惚れても、夕方は大概忘れてしまひますがね」

「薄情な野郎だな」

「その代り命にも身上にも別状はありませんよ」

「お前が別状のあるほどの身上を持つたことがあるのか」

「まア、物の譬へで、――その女の子に惚れた野郎といふのは、――日本橋の呉服町に井筒屋といふ老舖の太物屋のあることは親分も御存じですね」

「知つてゐるとも、三軒井筒屋の一軒だらう」

「主人は三郎兵衞と言つて五十そこ/\。内儀が二三年前に亡くなつて、一人娘のお喜代といふのは十八。こいつは滅法可愛らしい」

「お前に言はせると、十七八の娘は皆んな可愛らしいから妙さ」

「お喜代ばかりは、その中でもピカピカしてゐますよ。色白で公卿眉で、睫毛が長くて、眼が大きくて、鼻の下が短かくて、心持受け口で――へツ」

「變な聲を出すなよ、八」

「町内だけでも、深草の少將が六七人、毎晩井筒屋のあたりをウロウロするんで氣味が惡くて叶はねえ」

「お前もその六七人のうちの一人ぢやないのか」

「あつしは通ひきれませんよ、向柳原から呉服町ぢや、――それにこの節は自棄に御用繁多と來てやがる」

「罰の當つた野郎だ」

「兎も角も、その六七人の深草の少將のうちでも、取わけ執心なのは、井筒屋の本家筋で、今は沒落した大井筒屋の一と粒種、宗次郎といふ二十五になるイキの惡い若旦那崩れで、佛門に入つて幽澤といふのが、清水寺の清玄ほどの逆上せやうで、野がけ道の糞蠅のやうに追つても叩いても、叱つても離れない」

「お前の言ふことは一々變だな」

「何んだつて頭なんか丸めたのか、色戀沙汰に出家得度は變だと思つて訊くと、成程これには深い仔細があつたさうで」

「深い仔細と來たね、お前の學も追々磨きが掛つて、この節は承け應へに困るやうになつたよ」

「へツ、それほどでもないが、――兎も角、井筒屋といふのは三軒ありましたよ。南傳馬町の大井筒屋は本家で、呉服町の井筒屋はその弟分、左内町の孫井筒屋は一番の末、昔は三人兄弟だつたといふことです。三軒共呉服太物が本業、尤も大井筒屋の先代は山氣があつて、廻船問屋をやつたり、唐物や小間物を扱つたり、内々は拔け荷も捌いたといふことですが、今から十年ほど前から左前になつて、三年前にあせりにあせつて出した船が三杯共歸つて來ず、主人の宗右衞門はそれを苦に病んで首を縊り、家も藏も人手に渡つて、一人息子の宗次郎が、裸一貫で投り出されてしまひました」

「それが深草の少將になつたといふわけだらう」

平次は先を潜りました。

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