一
本郷妻戀町の娘横丁、――この邊に良い娘が多いから土地の若い衆が斯んな名で呼びましたが、何時の間にやら痴漢が横行して、若い娘の御難が多く、娘受難横丁と言ふべきを省略して娘横丁と、其儘の名で呼び慣はしました。
其路地の眞ん中に、血だらけの男が一人、大の字になつて引つくり返つて居たのです。見付けたのは毎朝聖堂に通ふ、儒生の吾妻屋丹三郎、若旦那崩れで、身體が弱くて、足が惡く、その上落ぶれ町人で、まともには聖堂に通ふわけに行かず、散歩かた/″\門外から遙かに孔子の像を拜んで涙を流して歸つて來るといつた、世にも氣の毒な純情青年でした。
「わツ、人殺しツ」
若旦那丹三郎は完全に尻持を搗きました。青表紙の化物のやうな瓢箪息子が、毛むくじやらの大肌脱ぎに、取亂した獰猛な男が、首筋を刺されてフン反り返つて死んで居るのを見て、膽をつぶしたのは、まことに當然のことだつたのです。
若旦那丹三郎の通るのを合圖に、表戸を開ける習慣になつて居る路地内の人達は、驚いて飛んで來ました。
「若旦那どうしました」
抱き起したのは日雇取の寅吉でした。
「あれだよ、あれ――」
若旦那が指す方を見ると、塀の袖に半分隱れて、熊の子のやうな無氣味な死骸が、血だらけになつて横たはつて居るのです。
「あ、銀之助ぢやないか」
「ま、あんな人間でも、死ぬのかねえ」
寅吉の女房のお辰は妙なことに感心して居ります。
それは全く死にさうも無い人間でした。横着で、物慾が旺んで、生活力が強大で、その上力があつて、女漁りに一生を賭けたやうな、手のつけやうのないやくざ男だつたのです。
その銀之助が、首筋を深々と刺されて、虫のやうに死んで居るのです。その首筋には、少し長目の、直ぐ刄の匕首が突つ立つて居りました。獵師などが山狩の時持つて行くやつ、重くて物凄くて、猪などを一と突きする道具、これで頸動脈をやられては、獰猛極まる銀之助も、一とたまりも無かつたでせう。
何時の間にやら長屋は總出になりました。入口の大きな構へは地主の鶴屋利右衞門、五十二三の脂ぎつた男で、女房のお歌は名前は優しいがひどい病身で籠つたきり、その次は仕立屋の後家お米と、娘のお春の女世帶、お春は十八の可愛いゝ盛り、それと相對して古道具屋と稱する實は屑屋の伊三松、その妹のお吉は、十九の年盛りで、お春の豊滿さと對蹠的に、これは痩ぎすの美しい娘振りでした。
その奧が殺されたやくざの銀之助の家と、日雇取の寅吉お辰夫婦の家が相對し、路地の行止りが右は狩島右門の浪宅と、左は若旦那吾妻屋丹三郎の隱宅が向ひ合つて居りました。狩島右門は貧乏な浪人者で四十前後、丹三郎の住んで居るのは、昔吾妻屋が盛んだつた頃の寮で、構へだけは堂々として居りますが、家も庭も荒れ果てゝ、丹三郎たつた一人、鼠に引かれさうに住んで居ります。
この騷ぎが明神下の錢形平次の耳へ、四半刻經たないうちに入りました。昨夜平次と一緒に八丁堀組屋敷へ行つて、遲くなつて此處へ泊り込んだ八五郎は、
「それ言はないこつちやない、あの娘横丁は、何んか始まらなきア宜いがと心配して居ましたよ」
などと、犬つころのやうに先に立つて驅け出すのです。
「前々から、何んか變なことでもあつたのか」
平次に世上の噂に於ける限りは、八五郎に教はることが多かつたのです。
「ありましたとも、一昨年の秋、お春の姉のお榮といふ娘が、何が氣に入らないか、お茶の水に飛込んで死にましたよ、その時お榮は十九、妹のお春より又一と際立まさつたきりやうで、母親のお米の歎きは大變でした」
「何が氣に入らないか――は變な臺詞だね」
「朝の味噌汁が氣に入らない――といつた手輕なものぢや無かつたやうで、それから若旦那の丹三郎は益々ボーツとしたやうで」
「二人は許婚でゞもあつたのか」
「その歳の冬――お榮の厄があけるのを待つて、節分過ぎには一緒になる筈だつたと言ふから、無理もありませんね」
「それから」
「話はそれつきりですよ、でも、あの路地は娘横丁と言はれる位で、綺麗な娘が三人も揃つてゐるから、妙に魔がさすんですね」
そんな無駄を言つてゐるうちに、二人は妻戀町の現場――銀之助殺しの路地に着いて居りました。