一
「世の中に、金持ほど馬鹿なものはありませんね」
「貧乏人は皆んな、そんな事を言ふよ、つまらねえ持句さ」
平次と八五郎は、相變らず空茶に馬糞煙草で、いつものやうな掛け合ひを始めて居ります。薄ら寒い二月の、ある朝の一と刻、八五郎の人生觀が、この不思議な事件へ錢形平次を追ひやる動機でした。
「金さへ無きや、こちとらのやうに呑氣に暮せるのに、苦勞して金を拵へて、今度はその金のために、夜もおち/\寢られねえなんて、隨分間拔けな話ぢやありませんか」
「その間拔けは何處に住んでゐるんだ、お前の話には、妙に含みがあるが、まさか世上の金持の惡口を言ひに、俺のところへ來たわけぢやあるめえ」
「その通りですよ、親分、近頃生命を狙はれてゐさうで、氣味が惡くて叶はねえから、錢形の親分の智惠が借り度えと、あつしの叔母に頼んで來た、贅澤な金持があるんですが、こいつは親分の耳に入れても無駄だから、強さうな用心棒でも雇ふが宜いと、斯う言つてやりましたよ、金の番人などは、あつしだつて、御免蒙りまさア」
「待つてくれよ、八、生命が危ないといふのは容易のことぢやねえ、それに叔母さんの頼みなら、一應は聽いて見なきや惡からう」
平次は膝を乘出しました、不精で潔癖で、容易には金持の頼みなどを耳に入れない平次ですが、叔母さんの頼みといふと、放つても置けないやうな氣がしたのでせう。
「それに、場所が遠過ぎますよ、白金二丁目の金貸しで、足立屋徳右衞門、腰が低くて如才が無くて、非道な取立てをしないから、金貸しの癖に評判の良い男ですが、夕立の後で、庭へ出て來る蝦蟇とそつくりの顏をしてゐる癖に、娘のお雪は恐ろしく綺麗で」
「お前の話には、不思議に綺麗な娘が出て來るが、考へやうぢや、綺麗な娘の居るところばかり嗅ぎ廻つて居るとも取れるぜ」
「冗談言つちやいけません、あつしは娘運が良いだけで」
「ところでその娘はどうしたんだ」
「狙はれてゐるのはその娘ぢやありません、蝦蟇の方で、――尤もあの綺麗な娘は養ひ娘なんだ相で、本當の親娘があんなに相好が違つちや、神樣の惡戯が過ぎまさア」
「で?」
平次は促しました、八五郎の話は無駄が多くて、一向要領を得させないのです。
「あつしの叔母が若い時奉公して居たお店の主人が、足立屋に金の世話になつて居る相で、並大抵でない義理があるから、錢形の親分を頼んでくれと、折入つて叔母に頼んだ相ですが、叔母はまた、あつしの言ふことなら、錢形の親分は、何んでも聽いてくれると思ひ込んで居るが、どつこいそんなわけには行かねえ、錢形の親分と來たら、無精で金持が嫌ひで、――」
「おい、お前は金持と俺の棚おろしに來たのか」
「そんな事で乘出す親分では無いから、諦めろ、その代り、このあつしが行つてやらうと、――實は昨日白金まで待つて來ましたがね」
「何んだ、お前はもう行つて來たのか」
「すると、お茶を持つて出たのが、十八九の、小柄だが、びつくりするほど良い娘でせう、主人の徳右衞門は蝦蟇なら、内儀のお種はかまきりで、あんな夫婦の中に、透き通るやうな綺麗な娘が生れる筈は無いと、歸りに角の煙草屋で訊くと、矢張り養ひ娘なんだ相で、尤も養ひ娘ではあるが親孝行で氣立がよくて大した評判ですよ」
「で、どうした」
「あれだけの身上を拵へた徳右衞門だから、三人や五人は怨み手がありますよ」
「例へば、どんな事があつたんだ」
「よくある術で、醉つて歸つたところを、井戸へ突き落されたり、味噌汁の中に石見銀山が入つて居たり、障子の外から眞矢で射られて首筋に少しばかりだが怪我をしたり、隨分執こくやる相で」
「人に怨まれる覺えがあるなら、大概相手の見當は付くわけぢやないか」
「それが、どうも見當が付かないんだ相ですよ、若い時分は、隨分惡いこともし、無理に金も拵へたらしいが、十年前に江戸へ來てからは、田舍で溜めた大金を資本に、金貸し商賣を始め、身上もよくなつたが、人に怨まれるやうな取立てはしない、――本人ばかりで無く、近所で訊いても、皆んなさう言ひますよ、あんな呑氣なことで、足立屋は金が溜るから不思議だつてね」
「奉公人は多勢居ることだらうな」
「内儀のお種に、綺麗な娘のお雪、女中のお安、それに三年前から昔の友達だつたといふ、林三郎といふ三十七八の男が訪ねて來て、女房のお萬といふのと一緒に、番頭代りをやつて居ります、これも堅い男で、大概のことは主人の徳右衞門の代りに、さばいて居るやうです」
「それ丈けのことなら、唯のからかひかも知れないよ、惡戯は手が混んでゐるが、遊び事のやうで、何處か間が拔けてゐるぢやないか。味噌汁に石見銀山を入れたつて、誰の口に入るか、確かに解る筈もなく、障子外から眞矢を射込んで、命を取ることは六つかしからう」
「さうでせうか、親分」
「まア/\お前が時々覗いて見る位のことで良からうよ、幸ひ綺麗な娘もあることだし」
平次は相變らず不精をきめて、八五郎の話には乘つてくれさうもありません。