Chapter 1 of 6

「親分、良い陽気ですね」

フラリとやって来た八五郎は、襟の汗を拭いて、お先煙草を五六服、お茶をガブ呑みの、継穂もないお世辞を言うのでした。

「二三日見えなかったが、どこへ行って居たんだ」

銭形の平次も、この十日ばかりはまるっきり暇、植木の世話をしたり、物の本を読み返したり蟻の行列を眺めたり、雲のたたずまいを考えたり、まことに退屈な日を送って居たのです。

「こんなとき家の中に引籠っているのは、余っぽど銭のねえ奴か、女房に惚れている野郎ばかりで」

こんな事をヌケヌケ言う八五郎を、平次はニヤリニヤリと受けました。

「当てられたようだが、――それに引換えてお前は余っぽど景気が良いと見えるな」

「何しろ、お天気がよくて、身体が達者で、お小遣がふんだんにあるんだから、半日だって叔母さんの二階に燻ぶっちゃ居られませんよ。外へ出たとたんに、江戸中の新造が、皆んなあっしに惚れて居るような気がするでしょう」

「江戸中の新造は大きいな、――ところで何処へ行ったんだ」

「神楽坂ですよ」

「妙なところへ行ったものだね、そこに良い新造でも居るのか」

「良い新造もいますが、色っぽい年増も、浪人も、金持も居ましたよ」

「何んの話だか、さっぱりわからねえよ、どこかの赤い鳥居へ小便でもしやしないか」

「狐にだまされたと思って、神楽坂へ行って見て下さいよ、牡丹屋敷のツイ裏、長崎屋七郎兵衛と言や大した身上だ。そのうえ内儀がきりょうよしで、娘が滅法可愛らしいと来ている、覗いて見たって、損はありませんよ」

「また何んか頼まれて来たのか、宝捜しや夫婦喧嘩の仲裁は御免だよ」

平次は大きく手を振りました、八五郎がまた何んか平次引っ張り出しを頼まれて来た様子です。

「そんな気のきかねえ話じゃありませんよ、長崎で一と身上拵えた長崎屋七郎兵衛の一家が、あんまりボロい儲けをしたので、長崎を引揚げて、江戸へ来てから三年にもなるというのに、元の商売敵からひどい嫌がらせをされて居るんです。このまま放って置いたら、命に拘わるかも知れねえ、銭形の親分を頼みたいところだが、あっしに瀬踏してくれという話で、泊りがてら、神楽坂界隈を念入りに調べて来ましたよ」

「何んだ、そんな話か、――そこで何をしろというんだ」

「ともかくも、長崎屋がいつ夜討を掛けられるかわからねえというわけで」

「まるで富士の裾野だ、相手はどんな人間だ」

「曽我の五郎十郎と言いてえが、実は長崎の抜け荷仲間で、腕の立つのは一人も居ないが、悪智恵の廻るのや、人の悪いのでは引けは取らねえ、現に、長崎屋の井戸の中へ汚れものを打ち込んだり、主人の七郎兵衛が夜道を歩いて居ると、薪雑棒でどやし付けたり、火をつけられた数だけでも、三度。三度とも首尾よく消し留めたが、この先何をやられるかわからない」

「念入りな悪戯だな」

「此方には、岡浪之進という卜伝流の達人が、用心棒に付いているから、抜け荷仲間の悪戯者なんか傍へも寄りつけないが、やる事が執念深い上に、いかにも人が悪くて手におえない」

「何んの怨だ。それだけの業をするのは、いちおう筋があるだろう」

「長崎の儲けを、長崎屋七郎兵衛とその弟の金之助が、用心棒の岡浪之進といっしょになって、三人占めしたのが気に入らないんだそうですよ、――長崎の敵を江戸で討つ」

「相手の素姓や名前はわかって居るわけだな」

「仲間は多勢あったから、名前まではわからないそうですよ、尤も、二度目の火をつけたとき、火の出た物置の外に、これが落ちて居たんだそうで」

「何んだいそれは?」

八五郎がでっかい財布から取出したのは、直径一寸ほどの、銀の分厚の銭、日本銭のように、真ん中に穴があいたり、楕円形だったりするのでなく、まん円で掌に乗せると、心持どっしりしております。

「和蘭の銭だということですよ、長崎屋七郎兵衛の商売仲間――と言うと抜け荷の仲間ですが、仲間の印にそれを一枚ずつ持っていたんだそうで、現に七郎兵衛も弟の金之助も番頭の友三郎も、用心棒の浪人者も一枚ずつ持っていて、出して比べて見せましたが、寸分違わずこの通りです」

「フーム、大分曰くがありそうだな」

「その和蘭の銭は親分が預かって下さい、あっしが持っていても仕様がありませんから、そいつが日本の小粒だと、右から左へ役に立つんですがね」

「そうしようか、いずれ行って見るとして」

平次はそう言って、和蘭の銀貨を懐ろの中にしまい込みました。

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