一
「親分、金儲けを好きですか」
ガラツ八の八五郎、また飛んでもないことを言ひ出すのです。
櫻は過ぎたが、遊び足りない江戸の人達は、ゆく春を惜んで、ほろ醉心地のその日/\を送つてゐるやうな、ウラウラとした日が續きます。
相變らず神田明神下の平次住居の段、親分は怠け者で、子分は呑氣者で、お米の値段と係はりのない掛け合ひ噺ばかりしてゐるのかと思ふと、豈計らんや、今日はまた金儲けの話を持込んで來る八五郎です。
「毆るよ、八。金儲けが好きで、こんな稼業が勤まるかよ。小泥棒を追ひ廻してるこちとらぢやないか、馬鹿々々しい」
平次は腹を立てる張合もなかつたのです。
「でも、今晩お膝元の櫻の馬場で、寶掘りが始まるんですぜ」
「何んだえ、その寶掘りてえのは?」
「親分は御存じないんで、そいつは燈臺下暗しだ」
「生意氣なことを言ふなよ。お前は近頃、油斷大敵だの、燈臺下暗しだの、妙なことを言ふやうだが、何處で仕入れて來るんだ」
「悧巧者の吉太郎が教へてくれますよ。寶屋の居候で、馬鹿の宇八と、鶴龜燭臺見たいに對になつて居る人氣者だ」
それは神田宮本町の大地主、金貨で肥り過ぎた身上を、近頃は扱ひ兼ねてゐると言はれる程の、寶屋清右衞門の居候で、野幇間も兼ねてゐる、跛者で眇目で、リゴレツトに丁髷を結はせたやうな中年者でした。
馬鹿の宇八といふのは、町内の厄介者、本人は決して馬鹿ではないと威張るのですが、調子が變で、藪睨みで、音痴で、何んとなく釘が一本足りない男。使ひ走りや、小用を足して、誰が飼つて居るともなく、一年ほど前から此邊を塒にして居る三十男、のんびりした江戸の世界には、よく斯う言つた屑のやうな人間が餓ゑも凍えもせずに存在して居たのです。
その頃は『居候の名人』といふものがあつたとさへ言はれて居ります。器用に障子を貼つたり、子供の守が上手で、掃除もすれば、文使ひもする。何處へ行つても調法がられるが、決して惡事は働かず、缺點は物事に辛抱がないから、きまつた職業も持たないだけのこと。たとへば、テント虫のやうに無害で、誰にも嫌はれることのない、不思議な存在だつたに違ひありません。
「成程、近頃お前の樣子が變だと思つたら、悧巧者の吉太郎といふ振り附けがあつたのか、あんな男の眞似をしてゐると、人には調法がられるが、段々縁遠くなるばかりだよ」
平次にして見れば、八五郎が何時まで獨りでゐるのが氣になつてならなかつたのですが、近頃は街の人氣者になり過ぎて、嫁の口も聟の口も、持つて來る者のなくなりかけてゐるのが、子分思ひの惱みだつたのです。
「安心して下さいよ。八さんと一緒になり度いといふのが三四人はあるから、いづれあの妓とあの妓の年が明けたら、入れ札で決めようと思つてゐるくらゐだから」
そんなことを言ふ八五郎です。お勝手の方では、平次の女房のお靜が、たまらなくなつて吹き出してゐる樣子。
「その氣で居るから、お前といふ人間は何時までも若いんだらうよ。ところで寶掘りはどうしたんだ、燈臺下暗しの因縁を聽かせる筈ぢやないか」
「そのこと、そのこと」
「忘れちやいけねえ」
「櫻の馬場で、今晩暮れ六つを合圖に寶掘りが始まるんですが、親分も行つて見ませんか。運がよく小判でも掘り當てると、こいつは一つ呑めますぜ」
「佐渡の國なら金を掘る話は聽いたが、江戸で通用金の小判を掘る話は初耳だよ」
「へエ、親分が知らなかつたんですか、現に此間――と言つても、まだ櫻の咲いてゐる頃、向島に一度、飛鳥山に一度あつて、大變な騷ぎをやつたんですが」
「聽いたやうな氣もするが、花見の趣向の一つだらうと思つて、あまり氣にも留めなかつたよ」
平次はそんな遊びの相手になるほど暇ではなかつたのです。
「花見の趣向には違ひありませんが、こいつは矢張り金儲けの興行物ですよ。最初は飛鳥山の花の下で、山の中腹に二三十間四方の繩張りをして、二十四文の木戸錢を取つて多勢の者を入れ、藪の中で寶搜しをやらせたんで、一等の大當りは一分金、それから豆板銀に南鐐、あんなに出しちや、勸進元が損をするだらうと思つたくらゐ、いやもう山中の人氣をさらつて、何千人と入り込み、飛鳥山を禿ちよろにしましたよ」
「驚いたのは蚯蚓」
「それに一分金を掘り當てた奴」
「そいつは、勘進元の仲間ぢやなかつたのか」
「親分はさすがに目は屆くが、大丈夫、仲間ぢやありません。三河島の百姓で、親孝行で評判の良い男」
「それから?」
「向島では三圍樣の境内を半分借り切つてやりました。この時は小判が出たから驚くでせう」
「小判を景品に出しちや、少しくらゐの入りぢや追つくまい」
「多分、花見の客が落したのを、寶搜しで拾つたのだらうといふことでした。勸進元の山の宿の喜三郎も膽をつぶして居たくらゐだから」
「その小判を拾つたのは誰だえ」
「馬鹿の宇八で」
「成程」
「尤も馬鹿の宇八は一と月經たないうちに、その一兩の小判を崩して費つてしまつたやうで」
「それで、三度目は櫻の馬場か」
「花は散つてしまつて、向島も飛鳥山も毛虫だらけ、當分人寄せも出來ないと思つて居ると、二三日前から馬鹿の宇八が神田中を觸れて歩きましたよ。丁度今日の暮れ六つ、櫻の馬場に寶搜しが始まる――とね、今度は木戸錢は要らねえ、心願の筋があつて、小判三枚と小粒を十枚隱して置く、望みの者は勝手に搜せ――とね」
「心願の筋があつて――と。馬鹿の宇八は本當に言つたのか。燈臺下暗しの傳で、お前の受賣の作ぢやないのか」
「確かに言ひましたよ。あつしも現に聽いたんだから、間違ひはありません」
「さて、八」
「へエ?」
平次は急に改まりました。
「今晩は何んか始まるに違ひないよ」
「寶搜しで?」
「寶搜しの外に、何んか企らみがあるだらう。この土地の下つ引を、三人でも五人でもかり集めて、櫻の馬場を見張らせろ。間違つても寶搜しの仲間へ入つちやならねえよ。今晩に限つて、小判を猫の玩具だと思へ」
「へエ、猫の玩具ね」
「それから、山の宿の喜三郎と、馬鹿の宇八を搜し出して、寶搜しがお仕舞になるまで見張らせろ」
「そいつは少しむづかしいぞ」
「櫻の馬場を、掘り散らしたら、うるさいことになるかも知れないが、俺とお前はその騷ぎに入らずに、明神樣の境内と、聖堂裏から見張つて居ることにしよう。解つたか、八」
「へエ」
この意味は八五郎には一向わかりませんが、兎も角一應は承服して、その夜に備へました。