Chapter 1 of 1

Chapter 1

木魚の配偶

長谷川時雨

木魚の顔の老爺さんが、あの額の上に丁字髷をのせて、短い体に黒ちりめんの羽織を着て、大小をさしていた姿も滑稽であったろうが、そういうまた老妻さんも美事な出来栄の人物だった。顔は浜口首相より広く大きな面積をもち、身丈も偉大だった。

うどの大木という譬はあるが、若いころは知らず、この女はとても味のある、ずば抜けたばかげさを持った無類の好人物だった。

湯川氏が硫黄にこりだして、山谷を宿とし、幾年か帰らなくなってから、老妻さんはハタと生活にさしせまった。江戸人は瓦解と一口にいうが、その折悲惨だったのは、重に士族とそれに属した有閑階級で、町人――商人や職人はさほどの打撃はなかった。扶持に離れた士族は目なし鳥だった。狡いものには賺され、家禄放還金の公債も捲きあげられ、家財を売り食したり、娘を売ったり、鎗一筋の主が白昼大道に筵を敷いて、その鎗や刀を売ってその日の糧にかえた。

木魚のおじいさんの奥方も、考えたはてに、戸板をもってきて、その上でおせんべを焼いて売りだした。一文のお客にも、

「まあまあ私のをお求め下さいますのですか。それは誠に有難いことでございます。」

という調子で、丁寧に手をついてお礼をいうのと、深切な焼きかたなので一人では手が廻りきれないほど売れだした。

あまり皺のない、大きな顔に不似合なほど謙遜した、黒子のような眼で焼き方を吟味し、ものものしい襷がけの、戸板の上の、道ばたのおせんべやの、無愛想なのも愛嬌になったのかも知れない。すると、おなじ難渋をしていた姉娘が一日手伝いに来て見ていて、翌日からすぐ隣りあって、おなじ戸板の店を出した。もうその時は、はじめの縁に、遠州で仲人になった旗本――藤木前の朝散の太夫の子か孫かが婿で、その若い二人組だった。お客がくると、湯川氏の奥方がお辞儀をしているうちに、

「いらっしゃい、こちらが焼けていますよ。」

といったふうに浚ってゆく。客は売れるから焼手をふやしたおなじ店だと思っている。老奥方のお辞儀は段々ふえて、売れ高はグングン減ってゆくが、そんな事に頓着のない老媼は隣店の売行きを感嘆して眺め、ホクホクしていう。

「お前さん方、もっと此方へお出なすったらよい。どうも私の店がお邪魔なようだ。」

全くお邪魔だといわれたかどうか、とにかく元祖戸板せんべいの店は取りかたづけられた。

真面目な会話をしている時に、子供心にも、狐につままれたのではないかと、ふと、老媼さんを呆れて見詰めることがあった。

「祖父さんも何時帰りますことかねえ。」

そこまでがほんとの話で、突然、まつは愁いとみな仰ゃんすけれどもなア――とケロケロと唄いだすのだった。そして小首を傾げて、

「あれはたしか、長唄の汐くみでしたっけかねえ。あの踊りはいいねえ、――相逢傘の末かけて……」

と唄いながら無器用な大きな手を振りだす。私が吃驚していると、その手でひとつ、招き猫のような格好をしておいて、鼻の下へもっていって差恥んだように首を縮めて笑う。

布子の下の襦袢から、ポチリと色褪めた赤いものが見えるので、引っぱりだして見ると、黒ちりめんに牡丹の模様の古いのだった。綴ぎ綴ぎで、大きな二寸もある紋があった。

おばあさんの父親安芸守は、白河で切腹したとき、上野の法親王にはお咎めのないようにと建白書のようなものを書いたのだときいていたが、おばあさんに正すと、遠い昔の物語りでも聞くように目を細めて、そうですよそうですよというきりだった。

「戦争なんて、もうもういやなこと、いやなこと、真っ平さね。」

プツリと言いきって、狐つきのようにだまり込んでいる。背を丸く首を傾げた姿を見るとどんなに世の荒波がこの善人を顛動させ、こうも呆けさせたかと痛ましかった。

私はこの老女の生母をたった一度見た覚えがある。谷中御隠殿の棗の木のある家で、蓮池のある庭にむかった室で、お比丘尼だった。

老年になってからこの夫妻は一緒に暮す日が多くなった。

ある日空巣ねらいがはいった。おばあさんはキョトンとした眼で見ていたが、立っていって座布団を出した。盗棒はびっくりして、落つかないお尻を布団の上にのせたが、お茶を出されてモジモジした。

「あいにく留守にしたあとで、私では何のお役にもたちませんで――どうぞ、ごゆるりとなさって下さいまし。」

盗人は飛上って次の間へゆき、グルリと見廻して出て来た。

おばあさんはいよいよ真面目で、

「ただいまお菓子をとって参りますから、ちょっとどうぞお待ちを――」

盗人は狼狽てた。外へ出られてはたまらない――彼の方が一目散に飛出すと、おばあさんが後から、

「もしもし貴下、おわすれものですよ、なんておそそうな――」

そう言って着せてやったのは、毛皮のついた外套だった。

湯川氏が帰るとこの老妻は、盗人を笑った。

「なんてまあ、狼狽たお客さんなのか。ねえおじいさん。」

「その人は何の用で、何処から来た?」

「それを私が知りますものかね。老父さんが御存じじゃありませんか。」

「私がなんで知るものかね。」

「へえ? それは不思議だ。私はまた、貴夫のお客さまだから、あなたが御存じだと思いましたよ。」

老人は壁を見ていった。

「私の外套がないよ。」

「おやまあ嫌だ、あなたが着てお出になったのに――おじいさん老耄なさった。」

「ばか言え、わしは着てゆかない。」

ふと老父さんは、老妻が丁寧にお辞儀をしている頭のさきを、盗人が、自分の外套をきて出てゆくのを思いうかべた。そして淋しい顔をして、私のところへいつけに来た。

誰かが、不用だといっていたインバネスが、身長の短いおじいさんの、丁度よい外套になりはしたが――

私の父は晩年を佃島の、相生橋畔に小松を多く植えて隠遁した。湯川氏夫妻もおなじ構内に引取られた。七十代の婿と八十代の舅とは、共に矍鑠として潮風に禿頭を黒く染め、朝は早くから夜は手許の暗くなるまで庭仕事を励んだ。二人ともに、何が――と。

一人が嶮しい山谿を駈る呼吸で松の木に登り、桜の幹にまたがって安房上総を眺めると、片っぽは北辰一刀流の構えで、木の根っ子をヤッと割るのである。寒中など水鼻汁をたらしながら、井戸水で、月の光りで鎌を磨いでいたり、丸太石をころがしていたりする。日和のよいころ芝を苅るときは、向うの方と、此方のほうで向いあいながら、

「いや、手前一向に武芸の方は不得手でげしてな。」

「いや、剣法でもなんでもあのコツだ。どうして、霧にかくれるというが、あなたの豁谷を渡るあれだ、あの※吸といったら、実際たいしたものだ。」

「いやどうも、そう仰しゃられては汗顔のいたりだ。」

――だが、私が松の木の上にいる父を、老人の冷水だとよびにゆくと、小さな声で、

「じいさんはやめたか?」

と訊く、湯川老人の方へゆくと、

「や、もう、お父さんの若いこと若いこと、感服のいたりだ。」

と腰をのばす。この、老たる婿と、舅と姑が、どうした事か、毎日の、どんな些少な交渉でもみんな私のところへ、一々もってくるのだった。三人の老人が、年寄らしいイゴで三すくみのかたちで、不平も悦びも感謝も、みんな私のところへもってくる。

「婆さんが腰をぬかして――なんともうす腑甲斐ない女か。」

湯川老人がそう言ってゆくと、入代りに父が来て告げる。

「祖母さんが築山に座って、祖父さんに小言をいわれている。早く行ってやれ。」

おばあさんは私の顔を見ると言った。

「あたくしはね、あたくしのお墓を見てびっくりいたしましたのですよ。私は生きてるのか、死んでるのか分りませんでね。」

やっと分った。苳を摘みに来たおばあさんは、寒竹の籔の中に、小犬を埋めたしるしの石を見て呆然としてしまったのだった。

またある日、湯川老人が私の前に言いわけなさそうに立った。

「ばあさんを、ちと、悪くしてしまいましてな。」

小さな眼をパチパチと伏せた。あとから離れの住居へいってみると、身寄りの男たちが二、三人いた。彼らは具合わるくモズモズした。

おばあさんの体が生体なくグニャグニャになったというのだ。レウマチで関節の自由がよくなかったので、台湾からよい薬を持って来たから飲ましたのだといった。それならば暗い顔をする訳はないがと思うと、効きすぎたのだとまた言った。それは湯川氏の婿の一人の士族で、官吏をやめて日清戦争に台湾に従軍し、そのまま居ついてしまった土佐弁の、日本人ばなれのした人だった。

「台湾では、チトチトやってもよく効くのを、おばアさん一時に飲んだでナア、いや、別に、悪いもんでも、叱られるよな薬でもないが、チト強いでナア。虎の血と、蛇と――もひとつ……」

猛獣の血と蛇の何かと、もひとつのものを乾し固めて粉にしたのを持って来て、分量はとにかく、八十上の老女に飲ませようとしたガムシャラな勇気におどろいてしまった。

肝心なおばあさんはモガモガこんなことを言った。

「とろけてしまうなんて、まるで惚れたようで意気ですこと。おやっちゃん、あたくしゃ葡萄酒でのみましたよ。」

なにしろ死んだら牛肉のおさしみを仏壇へあげてくれという人だったから、私は驚きもしなかった。

一年ばかりたった夏の朝、私の寝ている茶座敷の丸窓を、コツコツ叩くものがある。戸を一枚ひくと、老人が、

「ばあさんがどうも変で――」

そう言ったなり、竹箒をひいて、さっさと木の間にかくれて去ってしまった。

暁闇が萩のしずれに漂っていた。小蝶が幾羽もつばさを畳んで眠っていた。離家の明けてある戸をはいってゆくと、薄暗い青蚊帳の中に、大きな顔がすっかりゆるんでいた。

も一足早ければ、何か秀逸な遺言を残したであろうに――枕許に、まだよく色つかぬ柿が、枝のまま籠に入れてあった。おじいさんの心づくしであったろう。

老妻が歿くなると、老爺さんの諦めていた硫黄熱がまた燃てきた。次の間にはもう寝ているもののない、広々した住居に独りでポツネンと机にむかって、精密な珠算と細字とが、庭仕事の相間に初まり、やがて庭仕事の方が相間にされるようになった。薄の穂が飛んで、室内の老爺さんの肩に赤トンボがとまろうと、桜が散り込んで小禽が障子につきあたって飛廻っても、老爺さんには東京なのか山の中なのか、室内なのか外なのか、ムツリとして無愛想になってしまった。

だが、もうさびしい諦めはもっていたと見えて、山へ行くとは言いださなかった。たった一度そうした望みを洩したおり、私は出してやりたかった。山で死ぬのが彼にはいいと思ったが、彼の親類は困ると言った。それから急に年齢の衰えが来た。離家の垣根の隅でポッチリずつの硫黄を製煉し、研究している姿が蟇のように悲しかった。

私ひとりを便りにでもしているように、私がものを書いている窓に来て一言二言ずついった。野球のミットのような掌を広げると、土佐絵に盛りあげた菜の花の黄か――黄色い蝶をつかんできたのかと思うほど鮮かな色があった。

彼の試練からとれた硫黄だった。

「これをひとつ、お見せくださらんか。」

老爺さんの頭には、その時、時の知名の成功者たちの名がうかんでいたに相違なかった。

「実業家や学者にもお近づきがあるでしょうから。」

鮮かな黄色は、私の黒ぬりの机の上にこぼれた。老爺さんは懐から部厚な書きものを出した。

硫黄採煉明細書と版に彫ったように正しく表書がしてある。

「硫黄は釜が痛むものでしてな。」

と老爺さんはやっと発明した製煉釜のことを手真似で話した。私は老爺さんの心根を思って、駄目と知りながら知己の鉱山所長にその明細書を見せたら、その人は首を振っていった。

「惜しいことにみんな外国で発明しられてしまっている。機械はもっと簡便に出来る。だが九十の老爺さんが、よく実地から此処まで考えたものだ。」

私は九十の老爺さんが以下だけを使って、パスしなかった事はきかさなかった。彼は恐悦の至りだと言った。

明治四十三年の九月に佃島に津波が来た。京橋の築地河岸一体にまでその水は押上げたほどで、洲崎や月島は被害が甚かった。庭の眺めになるほどの距離にある相生橋から越中島の商船学校前には、避難して来ていた和船が幾艘も道路に座ってしまったほどで、帝都には珍らしい津波だった。私の家は老人たちの丹精の小松が成長して、しっかり根をかためていたせいか防波堤は崩れなかった。海水が高いと案じ油断はしていなかったが、うとうと眠った夜中にチョロチョロと耳近く水の音をきいた。戸外の暴風雨にはまぎれぬ音なのですぐに目が覚めた。潮入りの池は島中でたったひとつだから、これは池があふれたな、近所に気の毒だとその瞬間に思ったが、よく目を覚すとそれどころではなかった。何もかもが浮出して器物が活動している。ボンヤリしているのは人間だけだった。

電燈は断れた。幸に満月の夜ごろだから、月はなくても空は真暗というほどではない。

離家から、二階にいた中学生の弟が裸で、胸まで水に浸って、探険用の燈火をつけてやってきた。二匹の犬がザブザブ泳いで後について来た。

「老爺さんをともかく二階へあげておくれ。」

というと弟が答えた。

「とても駄目だよ、おやっちゃんでも言わなければ動きゃしない。なんてったって、戸棚の前に座って、硫黄をいじくってる。」

「でも水で大変だろう。」

「うん、床が高いけれど、座ってる胸のところへ来ている。」

「硫黄をみんな二階へあげてあげるといっておくれ。」

「こっちへ連れて来たいが、老人だから流されるだろう、とても甚いや、僕でもあぶない。」

私は突嗟に富士登山の杖が浮いてるのをとって、窓の外の弟にわたした。

水が引いたあと、ヘドロを掻くのと、濡れた衣物や書籍が洗いきれずに腐って、夜になると川へ流して捨てた。壁は上までシケが浸上っていった。額などは水につかりもしないのにパクパクして、何もかもが病気になった状態だった。私は二人の老人の健康を気づかった。

離れの二階が一番乾いていたのと通風がよいので、みんなが其処に集って暮すと、二人の老人はまた互に強がりはじめた。しかし、二人ともどこか悪くしている様子が見えた。私は七十代の父の方に説いた。

「どうも老爺さんが悪いらしいが、医者をよぶというとかからないから、お父さんが風邪をひいたことにして――」

「よし。」

老父は至極簡単で、もの事を逆にいえば唯々諾々なのである。

「なにしろ湯川老人は年齢だからな、医者に見せなければいけない。」

そして、その湯川老人はいった。

「ようごす、お父さんは頑固だからどうも強がっていけない。僕が医者にかかるというと、自分のためだとは知らずに、湯川もまいったなと言われるだろう。だが、なんぞ知らん、長谷川氏のために呼んだ医者だ。」

カラカラと笑ってつけたした。

「幸と硫黄はなんともなかった。書物をすこしやられたが、それはまた書けば書けるから、どうか御安心ください。」

だが、死期はせまっていたのだった。保てるだけもった体は、ポクリと倒れるまで余命を保っていただけだつた。医者は言った。何ともないが死ぬだろうと、しかも十日はどうかと――

葬式にも間に合わないだろうがと、台湾から出て来た例の虎と蛇薬の婿は、蚊にさされながらブツブツ言った。

「こんな事なら、わしゃ言うとかにゃならぬことや、仕ておかにゃならんことが沢山沢山あったに――おじいさん、どこまで他人を困らせる人か、わしゃもう、若いころからこの人のためには、ほん、サンザンな目に逢うとるわ。」

医者も驚いた。こんな事はないがと――そのくせ死期は来ているのだが。

「おじいさん癌があったのだね、驚いたなあ、何時ころからなんだ。」

医者にもわからないものが、誰にも分りようはなかった。強い、しどい、刺戟のある臭気を、香を焚き、鼻の穴へ香水をつけた綿を挿て私が世話をすると、その時だけ意識が分明して、他の者には近よらせなかった。そしてお世辞がよかった。

何に拘わっているのか――と私は考えた。

「おじいさん、お酒がほしい?」

ニコリとしたような表情だ、私は薬指のさきに、薄めた清酒をつけて嘗めさせるとおちょぼ口をした。

「ほう、観音様だな。」

傍から首を出した妹を見てお世辞をつぎたした。

「イヨウ、綺麗になりやがあったな、弁天様だぞ。」

酒をもひとつというように口をあけた。そして露を吸うように、垂らされる雫が舌のさきに辷ると、

――富士の、白さけ……

と幽な幽な声で転がすように唄った。正しく生ているおりなら、笑みくずれるほどに笑ったのであろう。唇をパクリとした。

でも臨終ではない。ああ結構な、いい往生ですいい往生ですと寄って来たものはポカンとして当惑した顔をした。

私の心は暗かった。長い一生、一念を封じこめた硫黄山に心を残しているのではあるまいかと。

「老爺さん、硫黄鉱山が売れましたよ。」

「ほ。」

パッと、死んだ瞳に瞬間灯がともった。手を差出した。そこらにあった重いものを掴んだ手を私は老爺さんの手に触れさせた。

「有難い――みんなにやってくれ。」

私はほほえましくお伽噺のように言った。

「老爺さんの黄金の像を建ててあげましょう。」

「ほ。」

満足な瞑目だった。

厳粛にしゃちこばった人たちの方がすぐに悪口した。欲ばっていると――

私にはそう思えなかった。

初秋の風に竹がサラサラ鳴る暁、柩は出てゆくのだった。戒名は硫黄居士と私がつけたが、親類の望みで二字に離してくれというので、硫石黄竹居士になった。私は臨終に嘘をついたのを、今でもちっとも悪いと思っていない。私はみんなが、さまではというのに反対して、黄竹居士湯川老人の柩の中へ、標本になっていた硫黄の、ありったけの種類をすこしずつ入れてやった。これほどの供養はないと思っている。

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