Chapter 1 of 4

訣別の辞に代えて

ところが今日、僕はふと「寒い」と思ったのだ。

僕はきっと夢を見て来たのに違いない。

―Etudes ―

一明君

「自己の思想を表現してみることは、所詮弁解にすぎない」

右の最後の反省と共に、僕はこの小さな三つのノートを、君の手に渡そうと思う。

長い間筆を捨てて来た僕が臨終の直前まで来て、まだ一度も試みたことのないこうした感想録を作らずにおれなかったのは、やはり弱気の蛆が湧いたためだろう。いつも罵倒していた「老耄れの繰り言」を、僕もまた実行したわけだ。九月の二十四日から今日まで、僕は寸暇も休まずに書き殴って来た。僕の心にはまだ書きつづけたい気があるし、これを整理して壮麗な文体で一つの作品を残したいとも思った。けれども、改むるに憚るなかれ。僕は今その意図を棄てねばならない。

君に渡すとすれば、もっと綺麗に、粗雑な文体も直した上で手放したいのだが、僕にはもうその気力がないのだ。我慢して受けてくれたまえ。

君はおぼえているだろうが、僕はよくドイツ人の悪口を言うときにこう語ったものだった。「ゲルマン人の思考の仕方は、城廓を築いてその中に安住する」このエチュードを記した後で、僕は自分の書き方に対してこの評言を与えざるをえない。それから、考えて見ることは、言葉を裏切った僕自分が、時にはやはり言葉で、動いたということだ。自分の思想を裏づけようとする時には、そうなるのは当然だし、プラトンの対話篇におけるソクラテスは、常に僕らの後を追い廻している。それにしても、僕の認識は、いつでも言葉の届かない所を歩いていたはずだ。

僕が君たちと離れて暮らした、昨年の暮れから今年の春にかけて、書き溜め、そして破り棄てた数々の詩篇や創作、自ら誇った「新しい日本語」を残すほうが、どれだけ君にとっては好いことだろうね。しかし、白状するが、僕には再び思い出して見る元気もないのだ。僕は疲れている。

一明君

世の中には人の言ったことばかりを覚えている者もあるし、その声の主調低音だけしか記憶に残らないような種類の脳髄もある。

表現は畢竟、それを受けとる人間にとって、年と共に姿を変えてゆくところの品物にすぎない。君がもし、僕のことを覚えていてくれるのなら、時として君の螢雪の窓にも訪れてくるであろうあのマルセル・プルウストの夜に、君たちを怖やかした統さんの高笑いと、自慢の長い睫毛とを思い出してくれたまえ。

別離の時とはまことにある。僕もまた、この夜、一人の仲間を葬ったのだ。

朝が来たら、友よ、君たちは僕の名を忘れて立ち去るだろう。

昭和二十一年十月朔日

赤城山にて原口 統三 橋本一明君

机下

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