Chapter 1 of 2

第一章

「女王だったらなあ」

とコーラ・コベントリがのたまった。

唯一の聞き手の男がほほ笑んだ。コーラの滑やかな腕の所に笠ランプがあり、赤い絹笠が男の胸を斜めに照らし、血のように染めた。部屋はと言えば、華麗な冥界のようで、目立つというより洗練されている。

コーラ・コベントリは魅惑的な謎に満ちている。少なくとも魅力はド派手な格好のせいじゃない。たぶん、しっとり濡れた黒い瞳のなせるわざだろうが、出生地は口をはばかった。

おそらくこれ以上の詮索はよくない。金回りについてはリンドン卿に語らせたら、きっと説得力があろう。同卿は金持ちの外交官で話術の達人。

民衆の見るところ、コーラの寵愛を一身に受けている。華美には金がかかり、ロンドン一の美女と付き合うには端金なんてものじゃない。

リンドン卿が鼻から紫煙をパーッと吐いた。そっくりかえり、両眼を鑑定家みたいに細めた。コーラは一幅の絵画だ。同卿はこの種の高価な絵が好きだった。

「女王だったら何が欲しい」

「今年だけよ。わたし素敵なものに目がないでしょ。今年は戴冠六十周年だし。ねえ、どんな貢物かしら。何人殺しても手に入れたいわ」

「そんな気持ちとは知らなかったな。コーラ、なにか隠し事をしてないか」

「たぶんね。むかし男がいたの。何年も会っていないけど」

「恋か、これは驚いた。全部話してごらん」

コーラが笑った。ランプ笠の真っ赤な色が頬に当たった。

「そんなんじゃないわ。もう会ってないもの。あの人なら喜ぶことをやってくれる。ああ、男の中の男ね」

「コーラ、どういうこと」

「あなたのやることよ。いつ貢物を見に連れてってくれるの。噂の素晴らしい衣装、クレオパトラの衣装よ」

「宮殿にはないよ。知っての通り、戴冠六十年を祝って、トルコ皇帝から贈られた品物で、特別随行団が持ってきた。現況を鑑みて女王は贈り物を拒否された。あっさり、進物を辞退され、それでおしまいさ。でもアブドル・アギズ大公はまだ望みを捨ててない」

「アブドル・アギズ大公が衣装を預かっている寵臣なの」

「その通り。外交官風に言えば、立場は極めて危うい。任務を行わず帰国すれば、ボスポラス海峡に永久に沈められよう。やつは失敗するはず」

コーラは興味津津だ。貴重な美しいものに目がない。この世の織物の中で、問題の衣装というか、ショールほど奇怪な歴史を持つものはない。

確かに、素晴らしい職人技がクレオパトラ側にあった。アントニオは、かのきらびやかな衣装でくつろいだかもしれない。

見事な色彩は一針とも風合いを失ってない。蜘蛛糸のように繊細、鋼鉄のように強靭、極めて古い織物絵画だ。逆に誰もが知ってるのは、織り方の秘密がピラミッドの下に隠されているってこと。

この数反余りの工芸織物のために戦いもあった。何世紀もテヘランの宝物庫に秘匿されていた。その後、策略によってトルコの所有となり、以後そのままだった。

そして今、女王は貢物を拒まれ、トルコの大虐殺を不快に思われ、国王の立場として、犯罪をお許しにならなかった。

こんな経緯を博識のリンドン卿が熱心に披歴した。コーラは聞いて落胆した。品物を見たかったが、手遅れだった。ベルに手をかけて、こう言った。

「嫌がらせするために話したんでしょ。罰として部屋から出て行きなさい。さあ行って」

リンドン卿が退出した。愛らしくて金のかかる女を一晩たっぷり鑑賞した。美貌に飽き、煙草にも飽きて、審美眼が滅入った。

リンドン卿が去った直後、玄関のベルが鳴った。

「会わないよ、誰にも」

とコーラが召使いに言った。

だが遅かった。もう男が部屋に入って、冷たく言った。

「コーラ、しばらくだな。召使いは出せ」

コーラが妙に声を落として言った。

「召使いは出て行きなさい。あーら、ポールじゃないの」

男が求愛するかのようにほほ笑んだ。クッション付きの椅子に深々と腰を下ろし、あたかも我が家という態度だ。

顔立ちはきれいな少年のようで、青い両眼が火花のようにキラキラだ。さしあたりポール・チャファと称しているが、本当の名前はフィリックス・グライドだった。

「コーラ、会えて嬉しいかい」

コーラが相変わらず抑えた声で応じた。

「嬉しいわ、とても。でも、いつも驚かして。なぜなの」

「きみの師匠だからさ。実際、我々はすごいぞ。二人なら何でもできる」

「なら、どうして一緒に暮らして組まないの」

「俺の家訓は自分以外誰も信用するなだ。でも、きみが俺を手助けして、俺がきみを手助けするなら、お礼に一万ポンド払うぞ、コーラ」

「お師匠さんの究極の目的は何なの」

「教えよう。みんな知ってるけど、あの素晴らしいクレオパトラの衣装だよ。トルコ皇帝が送って拒絶されたブツだ。それをいただく」

コーラが笑った。あざ笑ったわけじゃない。ただ面白かっただけだし、大胆な申し出は大歓迎だ。この企ては充分成功すると当てがあってのことだろう。すっかりこの男の手玉に取られていたが、男のことは何も知らなかった。

本名がポール・チャファという言い分も信用ならない。男は気ままに往来した。男の目的や行動はあきれるほど知らなかった。そして今、何カ月も間を置いて戻って来て、今まで以上に傲慢で自信満々だ。

「奇妙な一致ね。手に入れるためなら何でもするわ」

「でもきみには不可能だ」

「あなたもよ。でもこの件ならわたし手先になるわよ」

「時給三千ポンドくらいだ、いい金だろ、コーラ。ペルシャならあの衣装のために、いくらでも払うだろうし、俺にとっても単なる商取引だ」

「わたし火中の栗を拾うわよ」

「美人に、指をヤケドさせるなんて絶対させないよ。いいか、コーラ、俺が口にしたら、成功したも同然だよ」

コーラがうなずいた。ため息が赤い唇からホッと漏れた。自分の意思に反するかのように答えた。

「いいわ。それで計画は」

「あとだ。俺がどこにいたか、さっき聞いたろ。何カ月もペラのアドリアノープルにいたんだ。織物を学んでいた。これを見ろ」

そういいながら、グライドが上着ポケットから幾重にも折り畳んだ小さな四角い織物を取りだした。器用に腕を振ると、魔法のように得も言われぬ美しいものが広がった。コーラが驚いて飛びつき、叫んだ。

「まあ、すごいじゃない。こんな見事な色やぼかしは見たことがない。見て、ポール」

薄手の派手な織物を取って、優美な体に巻き付けた。古代のナイル蛇ですら、これ以上の魅惑はなかったろう。

「ポール、あんたってすごい。これがクレオパトラの衣装ね」

「いや。ただの複製だよ。ペラのシリア人古老がそう言った。これを手に入れるためにどれほど骨を折って金を使ったか。かの地の優秀な織り子が本物の技術を復活させた。古老の話では先祖の一人から製造秘密を教えてもらったそうだ。そしてこっそり複製した。歴史的な価値を別にすれば、どっちも貴重だよ」

「太陽の輝きが閉じ込められている。こ、これを私に?」

グライドが笑って首を左右に振って言った。

「いや、それは壮大な計画の一部だ。欧州の一番汚い所でイスラム教徒として何週間も暮らし、全てを捨て、アホなことをしてたわけじゃない。コーラ、木曜日にコベント・ガーデン仮装舞踏会へ行ってくれないか」

コーラがうなずいた。会話の内容が突然変わっても驚かなかった。ずっと手放したくないかのようにまばゆい織物を触っていた。

グライドがコーラの心を手に取るように読んだ。

「よければ木曜日の夜まで持ってていいよ。当日の夜が来たら隠して持ってきなさい。時が来たら細かく指示する。明日の夜は夕食会で、俺の友達を楽しませてくれ」

「そうするわ。ほかに約束があったけど延期する。カモは誰なの、お友達のことよ、誰がここへ来るの」

グライドが立ち上がって、煙草に火をつけた。唇に薄笑いを浮かべた。コーラはグライドの笑顔が好きだ。グライドが人間である証拠は笑顔だけだとか。

「名前は?」

とコーラがしつこく訊いた。

グライドがさらっと言った。

「アブドル・アギズ大公だよ。おやすみ、かわい子ちゃん」

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