Chapter 1 of 3

第一章

グライドが自分のクラブで、ミネリア国大使を晩餐に接待していた。ここでグライドはデュマレスク伯爵と称し、最近英国に赴任した南米財務長官という触れ込みだ。

普段は慇懃無礼に振る舞い、仲間内と距離を保ち、あれこれ詮索されないようにしていた。あとは細身、褐色の肌、ボタン穴に何かの外国爵位勲章をかけ、ひけらかしている。

相手のミネリア国のドン・マルコス大使も細身の褐色肌、目が狡猾で、評判は芳しくない。長いこと資本家と渡り合い、本国の国債は投機的だったが、このドン・マルコス大使ほど破廉恥でずうずうしい嘘つきは無駄に生きちゃいない。

目下、二千万ポンドほどの英国資金が小国ミネリアに投じられていた。ミネリア国大使は極貧のオリバー・ツイストよろしく、もっと金を求めた。

どうしても五百万ポンド必要だったが、一千万ポンド要求したあげく、二百万ポンドせしめた。シティー側は大変歩が悪い。

よぼよぼあひることマルコス大使は自国の財政などそっちのけで決着をつけたがった。一層厄介だったのはミネリア国が隣国カタゴニアと海亀漁のことで戦争寸前なことだった。

マルコス大使は進退極まった。颯爽と乗り込んだものの、ランバード街でむなしく過ごすばかり。金鉱専門家は大使持参の貴重な鉱石を調べ、南アフリカのケープ由来かと問う始末。

クルミを食べワインを飲みながら大使は喋った。同胞のデュマレスク伯爵がひどく同情して、ミネリア国家財政の驚くべき事を漏らしたので、大使が不安になった。

「いやあ、怖いお方だ」

とマルコス大使がつぶやいた。

デュマレスク伯爵が景気づけにほほ笑み、

「そんなに驚かなくてもいいでしょう。愛国者になる義理はありませんが、私の話を聞けば納得されるでしょう。国家の運命がかかっているとなれば、勇気リンリン、カタゴニア人は嫌いですから」

大使がギクリ。実際、伯爵は全てお見通しだ。

「喧嘩してるのをご存知で?」

と大使が探りを入れた。

伯爵が煙草を振って、

「二か月前から、いがみ合っているでしょう。現状では見通しは暗いですな」

「あと百万あれば、安心なのですが、欲しいのは……」

伯爵が割り込んで、

「戦艦でしょう。大戦艦が一隻あれば不埒者をやっつけて、一カ月で片が付きますよ」

「全くすごいお方だ。閣下のご推察通りです」

「調べましたからね。必要な船は完全装備で百万ポンドぐらいでしょう。軍艦の船員とか、士官は大した問題じゃありません。高給目当ての連中が当然集まります。必要な船に現金でいくら払えますか」

「英国のベルファストに二十万ポンドありますから残りは保証します。みんな眼の前で大喜びするでしょう」

とマルコス大使がほとんど泣かんばかりに答えた。

デュマレスク伯爵がテーブルを回り、声を落とし、ささやくように言った。

「もし現役の最新軍艦を一隻引き渡したら、私にその金額をくれますか」

デュマレスク伯爵は真顔だが、マルコス大使は笑った。

「ハハハ、閣下はからかって楽しんでおられる」

「私は生れてこの方、これ以上真剣になったことはない。東女帝丸という新造軍艦のことを聞いたことは?」

その一言で大使の眼が輝いた。東女帝丸は最近イギリスのベルファストで建造された最新の現役装甲艦だ。

三段膨張エンジンは強力で、速射大砲そのものが軍団であり、装甲鋼板の耐久力たるや神のみぞ知る。航海試験ではボイラー管の蒸気漏れもなく、軍艦技術の新時代を印象付けた。

「ああ、あんな軍艦さえあれば」

と大使がため息をついた。

デュマレスク伯爵の答えは簡単かつ魅力的だった。

「請求時に確実に二十万ポンド渡してください。そうすれば二か月以内に東女帝丸をドラガルド川の河口に曳航しますから、あとはお好きなように」

大使があわてて赤ワインをもう一杯飲みほした。こんな大胆な提案は神経に触る。

「まさか私をおちょくっていないでしょうね」

「道義心ということですかな、たぶん」

とデュマレスク伯爵があてこすった。

マルコス大使が即座に応じ、

「ふん、常識というものですよ。無理ですね。たとえ出来てもすぐ見つかります。見つからなければ二十万ポンドはあなたのものですけど」

「もう私のもの同然ですな。とても簡単ですよ、やり方が分かれば。情報の出所や計画は言えません。三カ月、いや二カ月以内に東女帝丸をドラガルド湾口まで曳航しますよ。あそこは隠れた天然の良港です。職人に必要な道具を持たせて現場に連れてくれば、数日で東女帝丸と分からないほどに換装できます。そうすれば堂々と母港のサン・マザ港へ横付けでき、自前の船員と士官で編成できますな」

「ですが、途中に猛獣がおります。船はどこから調達なさるんで?」

「こんな記事を新聞紙上で宣伝しなさい。アメリカの企業が貴国に巡洋艦を建造したと。すぐやりなさい。有名企業を明記しなさい。単なる宣伝の為と分かれば、先方も否定しないでしょう」

マルコス大使が納得して首を縦に振り、

「全くすごいお方だ。ええ、そのように。かえってその件では私に害が及びません。でも、猛獣がもう一匹、最強なのがいます。英国ライオンです。どうですか」

デュマレスク伯爵が狡猾な薄笑いを浮かべて、

「船が不明になって大騒動が起こるとでも。君、どんなことがあっても騒動にならないよ。何カ月も計画を練ったから、完璧だ。方法は当分秘密だがね。約束するよ、いずれにしろ、騒動や喧嘩にはならない」

「そのあとは?」

「あとはだな、今日から二か月後にドラガルド湾へ技師と職人を連れて来なさい。それまでに船を入港させる。船に上がって、二十万ポンドを払い、小舟を仕立てて、サン・マザ港まで私を運んでください。いいですかな」

マルコス大使が痩せた褐色の手をさっと伸ばし、

「手を打ちましょう。神のご加護でございます」

デュマレスク伯爵ことグライドが微笑んで、ぼそっと言った。

「天は自ら助くる者を助く」

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