Chapter 1 of 3

友を訪ねて

僕は一ト頃外国製のエハガキを集めたことがある、その頃は、集めた数々のものを酷く大切にして、夫々のアルバムを「科学篇」とか「歴史篇」とか「物語篇」とか「考古篇」とか「美術篇」とか「地理篇」とかといふ風に分類して悦に入つた。稍ともすれば、それらのコレクシヨンを人知れず取り出して、何時までゝも眺めて空想にふるへた、知る人は多いことだらうが、エハガキに寄せる興味は、一種微妙な夢幻感と科学感が交錯して仲々深々たるものがある。

ところが何時の間にか僕は、そんな蒐集に飽きてしまつた。一体僕は飽性なのである。熱中の度が強いだけに飽きたとなると未練がない。自分の芸術といふものに関心を持たなかつた時分には、時に応じて僕は何かしら凝つてゐたものだ。一年で終つたものもあれば四五年も続いたものもある。エハガキは熱中の期間が殊の他長かつた部類のものである。

A・Yといふ理学士の友達がゐる。この頃僕は次第に疎かになるかたちだが、僕等は可成りながい間手紙のやりとりが頻繁な仲を保つてゐる。

「そんなら、之から僕に呉れる手紙はあのエハガキにしないか。」

或時はYがそんな事を云つたことがある。大分前のことだが――。

「みんな進呈しても好いんだよ。」と僕は云つた。

「いや、当分、さういふことにして貰はう。その方が俺は面白い。君の一ト時のあゝいふコレクシヨンを尊敬する意味でゝも。」

「それは思ひつきだ。」

と僕は卓子を叩いて点頭いた。あゝは申し出でたものゝYに斯う云はれて見ると僕にしてもこの程度の散逸法が最も適はしく思はれたのである。僕等は、読んだものゝ印象、観たものゝ印象、新たに出遇つた人の印象、ちよつとしたアツフエア、不図思つたこと、研究のはかどりに就いての報告、鬱憤、歓喜、悲嘆――などに就いて、電報的な通信を取り交はすのが習慣だつた。

もつとも、森かげの家で、望遠鏡で天ばかり眺めてゐるYからは計算的な報告が主で、僕のは感情的なのが多かつたが、僕が読んだものなどの報告をすると、彼は情熱をもつて、それらを探しもとめて熟読するのであつた。そして、僕の言葉に逆らふことは殆どなかつた。だん/\に彼は、彼の研究書以外では僕のすゝめるものだけを読み、期待するといふやうになつてゐた。天文学者ではあるものゝ、彼は芸術の観賞に就いては傑れた胸を持ち、その上、素晴らしい感激性に充ちてゐた。

Y「どんな花環をつくつたら好からうか、君、考へて呉れ。派――も、あれなら、派を脚下にふまへて鮮かだ。感心した。」

僕「それで俺も観に行つた。君の友達に表現派の科学者はゐないか?」

Y「居ないよ。花環――は、僕達のこれだけの言葉に代へて、またの機会まで預つておかう。何うでも好いことだが一体あの芝居は評判が好いのか知ら?」

僕「知らない。――」

これは大分前「築地」で「牧場の花嫁」といふ表現派の芝居を観た時に、やりとりしたハガキだ。

それはそれとして、つい此頃僕は大変に久し振りで彼を訪れた。もうヂイ/\蝉が鳴いてゐた。非常に暑い真昼時だつた。Yは、パンツ一ツの半裸体で望遠鏡の組立に余念がなかつた。

「そろ/\君のシーズンが来るな。」

といひながら僕は、もう一つ傍に出来あがつてゐる大砲のやうな眼鏡を覗いた。青い、何もない空が写つてゐた。

「この頃、面白く読んだ小説はないのか?」

「あれ以来暫く読まないが――」

Chapter 1 of 3