Chapter 1 of 6

――目に見える変化――

ソヴェト文壇の空気はこの一二年に、ひどくかわった。

著しいかわりかたは、ハッキリ目に見えるところにある。「作家の家」と云って、ソヴェトのいろんな作家団体がそこに事務所をもっている昔の革命家「ゲルツェンの家」へ行って見るだけで充分だ。

われわれは一九二七年の暮、おしつまってモスクワへついた。多分、翌年の正月だったと思う。「ゲルツェンの家」で「日本文学の夕べ」が催された。

あんまり大きくない講堂で、円柱が立ちならんでいる舞台の奥にひろい演壇がある。レーニンの立像がある。赤いプラカートがはられている。そこへ、革命十周年記念祭のお客で日本から来ていた米川正夫、秋田雨雀をはじめ、自分も並んで、順ぐりに短い話をした。キムという、日本語の達者な朝鮮人の東洋語学校の教授が、通訳だ。話すものはテーブルに向って演壇の上で椅子にかけて話す。わきで、大きな体のピリニャークが、煙草をふかしながら、彼の作文「日本の印象記」の中から朗読すべき部分を選んでいる。

開会がおくれて、すんだのは夜の十二時頃だった。一服しようと云うことになって、食堂へゾロゾロ下りた。――地下室なのだ。

ピリニャークが扉をあけて、サア、どうぞと云った。自分はその晩日本のキモノをきていた。だからみんなが見る。しかし、テーブルにいろんな連中と並んで、四辺の光景を眺めると、深く感じることがあり、自分が見られるのなんか忘れてしまった。

そこは地下室だから、窓はない。イキレた空気の中に電燈が煌いている。白布をかけたテーブルがあっちこっちにあり、大きい長椅子がある。ピアノがガンガン鳴る。弾いてるのは赤い服きた瘠せた女だ。肩の骨をだして髪をふりながら自棄に鳴らしている。

長椅子の上では、やっと大人になりかけた若者――ゲルツェンの家の地下室へ来ているからには、いずれソヴェト作家の卵だろう――が、女をひとりずつつかまえて、顔の筋をのばしている。彼等の前には、酒、酒。食いあらした料理の皿。爺さんの給仕が、白手袋をはめて、燕尾服のしっぽをふりまわしながら、その間を働いている。汗は爺さんの額に光っている。ピアノの音。三鞭酒のキルクのはぜる音。ピリニャークが自分たちに訊いた。「何をたべましょうか?」

はじめて自分は「作家の家」の内部を見たのだから、おどろいた。それから腹が立って来た。これがソヴェトの作家たちのやっていることか? ブルジョア国のカフェーと、どうちがう?――田舎くさいだけだ。しかも、みんな平然と、特に自分たちをひきつれた一行は或る権威さえもってるらしい風でそのなかにおさまっている。

地下室のむれっぽい空気の中にあるのは「過去」だ、過去しかない。そう感じた。非常に不安になった。ソヴェトへこういうものを見に来たんではないと思った。湯浅と自分とは到頭二人っきりで先へその地下室から出て来てしまった。

モスクワの細かいサラサラした一月の雪が、アーク燈に照らされ凍って真白な並木道に降っている。橇で夜ふけの街をホテルへ帰った。――

二年たった。一九三〇年だ。「ゲルツェンの家」の門をはいって行くと、右手の庭に屋外食堂が出来ている。雨のふる日、椅子は足をさかさに立てて軒の内、テーブルの上へかたづけられている。が、今は、元の講堂が、作家たちの普通の食堂になっている。各作家団体の事務所はもとのままだが、地下室は閉鎖された。

食堂の入口二箇所に小机を前においた女がいる。一人の方に、自分の所属団体の名と姓名を記入して貰う。次の小机で、作家たちは食券を買う。記入額は五留だ。だが、二留半払えばいい。半額なのだ。

若い元気のいい女が白い上っ被りをきて、白や赤の布で髪をつつんで、テキパキと給仕してくれる。どの皿も半額だ。さっきの食券をわたして食べる。

居る連中も、地下室時代とはちがう。一仕事がすんで息を入れに来ているらしい数人の男女が、ビールをのみながら、盛に喋っている。ドッと笑う。また議論はじめる。プリントをわきへおいてよみながら食事をして、読む方も食う方もまけず劣らず活溌にやってるルバーシカの男がいる。――

ワロフスキー通の作家クラブへ行って見よう。

ここは、もと象徴派の詩人ソログープの邸宅だった。一九三〇年の二月、作家クラブがおかれるようになった。

広い前庭だ。

太い柱列の間の入口から、立派な石の正面階段を昇ってゆくと、左手の柱に喫茶所と札が出ている。さっぱりした小テーブルと、腰かけがある。通りぬけると奥は一般談話室だ。

狭くなった廊下を出ると、左手に浮彫つきの堂々たる扉がある。ソログープのための相談、指導部だ。「集団農場における作家」展覧会委員室もある。

広間では、一月のうち順ぐりに、映画研究会、劇研究会、作品研究会、評論研究会などが持たれる。そして、われわれはそこに見る。赤いプラカートを。

階級の武器としての芸術を*××××××化しろ! 社会主義建設のために、党の線によって、進め!

ここはソログープの書斎だった室だ。が、諸君、ここの戸はごくソーッとあけなければいけない。クラブ読書室なんだから。

茶色に塗った貴族的な本棚が壁をふさいでいる。レーニン全集。マルクス・エンゲルス全集。資本論。いろんな経済学術雑誌などが整理されて本棚はギッシリだ。大テーブルのまわりには空席がない。ひっそりして、皆何か読んでいる。新刊雑誌にまじって外国雑誌もテーブルの上にある。

読書室の向いの戸は開かない。――一年前「ゲルツェンの家」にあった光景とこの光景との違いはどうだ! ソヴェトの、逆転することない歴史的飛躍が颯爽と現れているではないか。

だが、たった二年の間に、どうしてソヴェト文壇の空気は、これ程大きい清掃をやったか?

ソヴェト社会の客観的情勢が、最近二年間に、実にかわった。それに応じて、ソヴェト文壇の指導が従来の「同伴者」作家団体から、完全に、「ラップ」=ロシア・プロレタリア作家同盟へ移った。これが、大きい原因だ。

では、その客観的情勢の変化そのものは、どこから来ているのだろうか。

目下、ソヴェト同盟が第三年目に入った生産拡張の五ヵ年計画によってだ。今日のソヴェト同盟内に起るどんな小さい社会悲劇も喜劇も、この一九二八・九年から三三年に亙る五ヵ年計画の偉業ときりはなしては説明出来ない。

* このプラカートの欠字は一九四八年の今日うずめることができない。

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