魔法博士
江戸川乱歩
ある夕がた、渋谷区のやしき町を、ふたりの少年が歩いていました。もとボクサーのおとうさんをもつ井上一郎君と、すこしおくびょうだけれども、あいきょうものの野呂一平君です。ふたりとも、小林芳雄少年を団長とする少年探偵団の団員なのです。 ふたりは小学校の六年生ですが、井上君はクラスでも、いちばんからだが大きく力も強いうえに、ときどき、おとうさんにボクシングをならって
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江戸川乱歩
ある夕がた、渋谷区のやしき町を、ふたりの少年が歩いていました。もとボクサーのおとうさんをもつ井上一郎君と、すこしおくびょうだけれども、あいきょうものの野呂一平君です。ふたりとも、小林芳雄少年を団長とする少年探偵団の団員なのです。 ふたりは小学校の六年生ですが、井上君はクラスでも、いちばんからだが大きく力も強いうえに、ときどき、おとうさんにボクシングをならって
江戸川乱歩
東京都内に、『まぼろしの豹』があらわれるという、うわさがひろがっていました。 ある月の美しい晩、ひとりの中学生が、お友だちのうちからの帰り道に、大きな西洋館の前にさしかかりました。 さびしい町ですから、まだ九時ごろなのに、まったく人通りがありません。空には、満月にちかい月が、こうこうとかがやいています。ひくいコンクリートの塀をへだてて、西洋館の屋根が、月の光
江戸川乱歩
日東サルベージ会社の沈没船引きあげのしごとが、房総半島の東がわにある大戸村の沖あいでおこなわれていました。 その海の底に、東洋汽船会社の千五百トンの貨物船「あしびき丸」が沈没しているのです。ひと月ほどまえのあらしの晩に、「あしびき丸」は航路をまちがえて、海の中の大きな岩にぶつかり、船の底がやぶれて、そこへしずんだのです。 この沈没船の引きあげをたのまれたサル
江戸川乱歩
東京のまん中にある有名なデパートで、宝石てんらん会がひらかれていました。そのデパートの美術部主任が大活動をして、日本じゅうの名のある宝石をかり集め、五階のてんらん会場に、きらびやかにちんれつしたのです。 むかしの華族や各地方の名家の、だいじにしている宝石類が、日本にもこんなに宝石があったのかと、おどろくほど集まったのです。宮さまからの出品もいくつかありました
江戸川乱歩
明智探偵の少年助手、小林芳雄君は、ある夕方、先生のおつかいに出た帰り道、麹町の探偵事務所のちかくの、さびしい町を歩いていました。 麹町には、いまでも焼けあとの、ひろい原っぱがのこっています。かたがわは、草のはえしげった原っぱ、かたがわは、百メートルもつづく長いコンクリートべい。もう、うすぐらくなったその町には、まったく人どおりがありません。気味がわるいほど、
江戸川乱歩
空とぶ円盤は、アメリカからはじまって、世界じゅうの空にあらわれました。日本にもあらわれたことが、ずっとまえの新聞にのっていましたが、そのお話のはじまるころには、それが日本の空に、しきりにあらわれるようになったのです。大きなおさらのような丸いものが、ひじょうな早さで、高い空を飛んでいくのです。どこかの国の新がたの偵察飛行機ではないかという人もありました。いや、
江戸川乱歩
「透明怪人」の事件で、名探偵、明智小五郎に、正体を見やぶられた怪人二十面相は、そのまま警視庁の留置場に入れられ、いちおう、とりしらべをうけたのち、未決囚として東京都内のI拘置所に、ぶちこまれてしまいました。 二十面相といえば、これまでに、なんどとなく、牢やぶりをして、逃げだした怪物ですから、拘置所でも、とくべつの注意をして、もっとも、見はりにつごうのよい、げ
江戸川乱歩
このふしぎなお話は、まず小学校六年生の天野勇一君という少年の、まわりにおこった出来事からはじまります。 その出来事というのは、一つはたいへんゆかいな、おもしろくてたまらないようなこと、もう一つは、なんだかゾーッとするような、えたいのしれないおそろしいことでした。 ある春の日曜日、天野勇一君は、おうちのそばの広っぱで、野球をして遊んでいました。場所は東京の世田
江戸川乱歩
冬の夜、月のさえた晩、銀座通りに近い橋のたもとの交番に、ひとりの警官が夜の見はりについていました。一時をとっくにすぎた真夜中です。 ひるまは電車やバスや自動車が、縦横にはせちがう大通りも、まるでいなかの原っぱのようにさびしいのです。月の光に、四本の電車のレールがキラキラ光っているばかり、動くものは、何もありません。東京中の人が死にたえてしまったようなさびしさ
江戸川乱歩
空いちめん、白い雲におおわれた、どんよりとむしあつい、春の日曜日の夕方のことでした。十二、三歳のかわいらしい小学生が、麻布の六本木に近い、さびしい屋敷町を、ただひとり、口笛を吹きながら歩いていました。 この少年は、相川泰二君といって、小学校の六年生なのですが、きょうは近くのお友だちのところへ遊びに行って、同じ麻布の笄町にあるおうちへ帰る途中なのです。 道の両
江戸川乱歩
そいつは全身、墨を塗ったような、おそろしくまっ黒なやつだということでした。 「黒い魔物」のうわさは、もう、東京中にひろがっていましたけれど、ふしぎにも、はっきり、そいつの正体を見きわめた人は、だれもありませんでした。 そいつは、暗やみの中へしか姿をあらわしませんので、何かしら、やみの中に、やみと同じ色のものが、もやもやと、うごめいていることはわかっても、それ
江戸川乱歩
わが明智小五郎は、遂に彼の生涯での最大強敵に相対した。ここに『蜘蛛男』の理智を越えて変幻自在なる魔術がある。魔術師は看客の目の前で生きた女を胴切りにしたり、箱詰めの小女を剣の芋刺しにしたり、彼女を殺害して鮮血したたる生首を転がして見せたり、或は立所に人を眠らせ、自由自在の暗示を与え、或は他人の心中持物を看破するなど、あらゆる奇怪事を行うことが出来る。 兇賊が
江戸川乱歩
この物語の主人公は、彼のバルカン地方の伝説『吸血鬼』にも比すべき、人界の悪魔である。 一度埋葬された死人が鬼と化して、夜な夜な墓場をさまよい出で、人家に忍び入って、睡眠中の人間の生血を吸い取り、不可思議な死後の生活を続ける場合がある。これが伝説の吸血鬼だ。被害者が血を吸われている最中に目覚めた時は、吸血鬼との間に身の毛もよだつ闘争が行われるが、多くは目覚める
江戸川乱歩
同じM県に住んでいる人でも、多くは気づかないでいるかも知れません。I湾が太平洋へ出ようとする、S郡の南端に、外の島々から飛び離れて、丁度緑色の饅頭をふせた様な、直径二里足らずの小島が浮んでいるのです。今では無人島にも等しく、附近の漁師共が時々気まぐれに上陸して見る位で、殆ど顧る者もありません。殊にそれは、ある岬の突端の荒海に孤立していて、余程の凪ででもなけれ
江戸川乱歩
それは九月初旬のある蒸し暑い晩のことであった。私は、D坂の大通りの中程にある、白梅軒という、行きつけのカフェで、冷しコーヒーを啜っていた。当時私は、学校を出たばかりで、まだこれという職業もなく、下宿屋にゴロゴロして本でも読んでいるか、それに飽ると、当てどもなく散歩に出て、あまり費用のかからぬカフェ廻りをやる位が、毎日の日課だった。この白梅軒というのは、下宿屋
江戸川乱歩
多分それは一種の精神病ででもあったのでしょう。郷田三郎は、どんな遊びも、どんな職業も、何をやって見ても、一向この世が面白くないのでした。 学校を出てから――その学校とても一年に何日と勘定の出来る程しか出席しなかったのですが――彼に出来相な職業は、片端からやって見たのです、けれど、これこそ一生を捧げるに足ると思う様なものには、まだ一つも出くわさないのです。恐ら
江戸川乱歩
佳子は、毎朝、夫の登庁を見送って了うと、それはいつも十時を過ぎるのだが、やっと自分のからだになって、洋館の方の、夫と共用の書斎へ、とじ籠るのが例になっていた。そこで、彼女は今、K雑誌のこの夏の増大号にのせる為の、長い創作にとりかかっているのだった。 美しい閨秀作家としての彼女は、此の頃では、外務省書記官である夫君の影を薄く思わせる程も、有名になっていた。彼女
江戸川乱歩
「あの泥坊が羨しい」二人の間にこんな言葉が交される程、其頃は窮迫していた。 場末の貧弱な下駄屋の二階の、ただ一間しかない六畳に、一閑張りの破れ机を二つ並べて、松村武とこの私とが、変な空想ばかり逞しゅうして、ゴロゴロしていた頃のお話である。 もう何もかも行詰って了って、動きの取れなかった二人は、丁度その頃世間を騒がせた大泥坊の、巧みなやり口を羨む様な、さもしい
江戸川乱歩
蕗屋清一郎が、何故これから記す様な恐ろしい悪事を思立ったか、その動機については詳しいことは分らぬ。又仮令分ったとしてもこのお話には大して関係がないのだ。彼がなかば苦学見たいなことをして、ある大学に通っていた所を見ると、学資の必要に迫られたのかとも考えられる。彼は稀に見る秀才で、而も非常な勉強家だったから、学資を得る為に、つまらぬ内職に時を取られて、好きな読書
江戸川乱歩
この話が私の夢か私の一時的狂気の幻でなかったならば、あの押絵と旅をしていた男こそ狂人であったに相違ない。だが、夢が時として、どこかこの世界と喰違った別の世界を、チラリと覗かせてくれる様に、又狂人が、我々の全く感じ得ぬ物事を見たり聞いたりすると同じに、これは私が、不可思議な大気のレンズ仕掛けを通して、一刹那、この世の視野の外にある、別の世界の一隅を、ふと隙見し
蜷川新
天皇制について、いろいろの雑誌に、諸家の論文が出ている。私は、深い興味をもつて、それらを読んだ。そうして私は、天皇制にかんして、国際法や憲法から、正確な判断をくだすことが、日本民族の民主制を混乱させないために、どれほど緊急事であるかを、痛切に感じたのであつた。 今日になつて、日本はその民主制を中止することは、国際法から論じて、とうていできない相談である。なぜ
佐藤春夫
花はおほかた散りうせて、名にし負ふ八重桜は僅かに残つてゐるけれども、かうなると花ももう汚い。さうして藤にはまだ早い。 さういふ季節の奈良の山のなかを(確かに山中と呼ばなければいけない)われらは月日亭から春日さまの方へ通り抜けて行く。潺湲たる流れがあり、木の間洩る日の光は新鮮である。朗かに幽かな山鳥の声がある。さうしてわれらの外にはとほる人もない。われらといふ
佐藤春夫
I dwelt alone In a world of moan, And my soul was a stagnant tide, Edgar Allan Poe 私は、呻吟の世界で ひとりで住んで居た。 私の霊は澱み腐れた潮であつた。 エドガア アラン ポオ その家が、今、彼の目の前へ現れて来た。 初めのうちは、大変な元気で砂ぼこりを上げながら、主人の後
マンパウル・トーマス
グスタアフ・アッシェンバッハ――または、かれの五十回目の誕生日以来、かれの名が公式に呼ばれていたとおりに言うと、フォン・アッシェンバッハは、一九××年――これはわれわれの大陸に対して、幾月ものあいだ、じつに脅威的な様子を見せた年だったが――その年の春のある午後、ミュンヘンのプリンツレゲンテン街にある自宅から、ひとりで、かなり遠くまで散歩に出かけた。午前中の、