パンパンガール
坂口安吾
私は先ごろパンパンガールと会談した。土地の親分が案内してくれて、彼女らのタマリ場の喫茶店で、あつまつてくる彼女らと話をして、ひそかに速記の名人が速記をとつたのであるが、その土地にはビッグファイブと云つて五人の姐さん株がをり、各々配下のパンパンガールがゐるのだが、その姐さんの一人と、配下の二三人、それからパンパンの足を洗つて結婚したもの、事務員になつたもの、そ
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坂口安吾
私は先ごろパンパンガールと会談した。土地の親分が案内してくれて、彼女らのタマリ場の喫茶店で、あつまつてくる彼女らと話をして、ひそかに速記の名人が速記をとつたのであるが、その土地にはビッグファイブと云つて五人の姐さん株がをり、各々配下のパンパンガールがゐるのだが、その姐さんの一人と、配下の二三人、それからパンパンの足を洗つて結婚したもの、事務員になつたもの、そ
中谷宇吉郎
ディズニイの『ピーター・パン』は、日本でもだいぶ好評だったらしいが、アメリカでも、たいへんな人気であった。普通アメリカでは、相当評判のよい映画でも、映画館の前に、行列を作るということは、滅多にない。しかしディズニイの長篇物は例外であって、その行列がけっして珍しくない。 『ピーター・パン』の場合も、そうであった。最初の上映以来数カ月経って、郊外の二流館、三流館
徳田秋声
何某署の幾つかの刑事部屋では、その時殆んど総ての刑事たちが、みんな善良さうな顔をそろへてゐた。不断ならばちよつと好い気持のしない表情の持主でも、全市が大混乱のなかにあつて、大自然の暴威の前に一様に慄へあがつてゐた時なので、人間の本能がもつてゐるどんな勝手な真似でもが、共存的な好いところと一つになつて極度に拡大されてゐた時なので――勿論人間の悪い智慧や好い智慧
新美南吉
フルイ バシヤ 新美南吉 ムラヤクバノ マヘノ ヒロツパニ フルボケタ バシヤガ アリマシタ。 ミドリイロノ ペンキハ アメノ タメニ ハゲテ シマヒ、ワガネハ アカク サビテ ヰマシタ。 コドモタチハ コノ バシヤノ ソバデ ヨク アソビマシタ。 カクレンボノ トキ、コノ バシヤノ ナカニ カクレル コガ アリマシタ。オニゴツコノ トキハ コノ バシヤハ
小川未明
土曜日の晩でありました。 お兄さんも、お姉さんも、お母さんも、食卓のまわりで、いろいろのお話をして、笑っていらしたときに、いちばん小さい政ちゃんが、 「ぼく、きょうペスを見たよ。」と、ふいに、いいました。 すると、みんなは、一時にお話をやめて、政ちゃんの顔を見ました。 「政ちゃん、ほんとうかい。」と、正ちゃんが叫びました。 「ほんとうに、見たよ。」と、政ちゃ
グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール
ある後家さんに、ふたりのむすめがありました。そのうちのひとりははたらきもので、美しい子でしたが、もうひとりはみにくいうえに、たいへんななまけものでした。 けれども、後家さんはこのみにくいなまけもののほうの子をずっとかわいがっていました。だって、この子はじぶんのほんとうのむすめなんですからね。もうひとりの女の子のほうは、うちじゅうのしごとをなにからなにまでやっ
小酒井不木
ポオとルヴェル 小酒井不木 私の一番好きな探偵小説は、短篇ではやはりポオとルヴェルである。ポオの作品のうち、探偵ヂュパンの出て来る三つの物語は勿論であるが、その外に、 The Black Cat. The Cask of Amontillado. The Fall of the House of Usher. The Gold-Bug. Hop-Frog.
寺田寅彦
マルコポロから 寺田寅彦 マルコポロの名は二十年前に中学校の歴史で教わって以来の馴染ではあったが、その名高い「紀行」を自分で読んだのはつい近頃の事である。読んでみるとやはり面白い。尤も書いてある記事のあまり当てにならないという証拠は自分の狭い知識の範囲内からでも容易に列挙されるくらいであるが、事実という事は別問題として、単に昔の人の頭に描かれた観念として見る
田辺元
西洋には古くからメメント モリ Memento mori(死を忘れるな)というラテン語の句がある。ふつうには、例えば髑髏(しゃれこうべ)の如き、人に死を憶起させるものを指してかく呼ぶのであるが、しかしその深き意味は、旧約聖書詩篇第九〇第十二節に、「われらにおのが日をかぞえることを教えて、知慧の心を得さしめたまえ」とあるのに由来するものと思われる。けだし人間が
中谷宇吉郎
私がリチャードソン先生の実験室で働いたのは、一九二八年の四月からまる一年間に過ぎなかったので、決して先生をよく理解したとはいえないであろう。しかしわずか一年の間にリチャードソン先生をその代表と見るべき英国の学者の一つの型から受けた印象はかなり強いものである。それは結局のところ生活と研究とが完全に一致しているということである。そして英国という国の雰囲気は、その
堀辰雄
ヴェランダにて 堀辰雄 一九三五年晩秋。或高原のサナトリウムのヴェランダ。二人の患者の對話。 A 君はよくさうやつて本ばかり讀んでゐられるなあ。 B うん。どうも書くことを禁ぜられてゐると、本でも讀んでゐるより他に時間のつぶしやうがないからね。しかし、かうやつて本でも讀みながら、それとなく次の仕事のことでも考へてゐるうちが、僕等には一番愉快なのだよ。 A そ
中原中也
バルザック バルザック 腹の皮が収縮する 胃病は明治時代の病気らしい そんな退屈は嫌で嫌で 悟つたつて昂奮するさ 同時性が実在してたまるものか 空をみて 涙と仁丹 雨がまた降つて来る ●図書カード
中谷宇吉郎
今、日本に來ている『ファンタジア』は、半ばシネマスコープ的に改變してあるが、本質的には、十數年前にディズニィが作った、初めの『ファンタジア』と、同じものである。 この映畫が何時作られたか、正確な年代は、調べればすぐ分ることであるが、十數年前に出來たことは確かである。太平洋戰爭の最中に、南方で手にいれた鹵獲品の中に、この『ファンタジア』や『ガリバーの旅行記』な
小川未明
ある田舎に、一人の男がありました。その男は、貧乏な暮らしをしていました。 「ほんとうに、つまらない、なにひとつおもしろいことはなし、毎日おなじようなことをして、日を送っているのだが、それにも飽きてしまった。」 男は、そう思いました。そして、あう人に向かって愚痴をもらしました。 これを聞いた人々の中には、 「これは、おまえさんばかりがそうなのではない、みんなが
小川未明
だんだんと山の方へはいってゆく田舎の道ばたに、一軒の鍛冶屋がありました。その前を毎日百姓が通って、町の方へゆき、帰りには、またその家の前を通ったのであります。 「どうか、今年も豊作であってくれればいいがな。」と、話をしてゆきました。 家の内で、おじいさんは、その話し声を聞いていました。そして仕事をしながら、 「どうか、米や豆が、よく実ってくれるように。」と、
小川未明
あちらの 森の ほうで、ふくろうが なきました。さむい 風が ふいて、ほしの ひかりは ふるようです。ぼくの おじさんの うちは、もっと もっと、とおい ところでした。 町を はなれて、どこか さびしい のはらを、でんしゃの はしる 音が ゴウゴウと きこえます。夜が ふけて、あたりが しんとしました。 けれど、ぼくの おじさんの うちは、もっと もっと、と
新美南吉
ランタンともしたそりだから、 ひばなみたいにはしつてる。 ランタンほのかなそりだから、 そこだけ粉雪見えてゐる。 ランタンあをいそりだから、 馴鹿のしり光つてる。 ランタン消えそなそりだから、 誰かゞ両手でおほつてる。 ランタンゆれてるそりだから、 貂ははやしを出て見てる。 ●図書カード
小川未明
おかあさんが、れいぞうきの ふたを おあけなさると、いい においが しました。 「二郎ちゃん、メロンが つめたく なって いますよ。にいさんが かえったら、きって あげましょうね。」 と おっしゃいました。 二郎さんは じぶんも、にいさんの しゃせいに いって いる、ぼくじょうへ いって みようかと おもって いると、おばさんが、きみ子さんを つれて、おいで
田山花袋
大学生のKが春の休みに帰つてからもう三日になつた。かれは昨年の矢張今頃に母と父とを三日おきに亡くしてゐるので、そのお祭をするのもその帰郷の大きな理由だが、それ以上にかれは常子の眉目に引かれてゐた。Kはせめてその休暇をかの女のゐるところで静かに送らうとしたのである。 勿論、二人の間にはまだ何事も出来てゐるのではなかつた。Kの憧憬は其処にも此処にもその常子の面影
宮沢賢治
ひのきとひなげし 宮沢賢治 ひなげしはみんなまっ赤に燃えあがり、めいめい風にぐらぐらゆれて、息もつけないようでした。そのひなげしのうしろの方で、やっぱり風に髪もからだも、いちめんもまれて立ちながら若いひのきが云いました。 「おまえたちはみんなまっ赤な帆船でね、いまがあらしのとこなんだ」 「いやあだ、あたしら、そんな帆船やなんかじゃないわ。せだけ高くてばかあな
小川未明
町の中で、かごからひばりを出して、みんなに見せながら、あめを売る男がありました。その男を見ると、あそんでいる子供たちは、 「ひばりのおじさんだ。」と、いって、そばへよってきました。 あき地になっている、すこしのひろばへ、かたから、あめの箱と、下げているかごを下ろしました。 「さあ、お坊ちゃんも、おじょうちゃんも、あめを買ってください。ひばりをはなして見せます
桜間中庸
ほろほろほろりん 垣のそとを どこのねえやだか ゆきました ほろほろほろりん 細いこゑで 赤ん坊あやして ゆきました ほろほろほろりん 月夜でせう 椿の花だか おちました ●図書カード
原民喜
コスモスの花が咲き乱れていました。赤、白、深紅、白、赤、桃色……花は明るい光に揺らいで、にぎやかに歌でも歌っているようです。 暗い土の底で、もぐらの子供がもぐらのお母さんに今こんなことを話していました。 「僕、土の上へ出てみたいなあ、ちょっと出てみてはいけないかしら」 「駄目、私たちのからだは太陽の光を見たら一ぺんに駄目になってしまいます。私たちの眼は生れつ
小川未明
星は、毎夜さびしい大空に輝いていました。そして下界を照らしていましたけれど、だれも星を見てなぐさめてくれるものとてなかったのです。星は、それを頼りないことに思っていました。 鶏が、朝早く起きて、そのりこうそうな黒い瞳の中に、星影を映して、勇んで鳴いてくれなかったならば、星は、毎夜毎夜、音もない野原や、黒い村や、白く霧のかかった林や、ものすごい水の上を照らして