ツイテ イツタ テフテフ
新美南吉
マチカドデ フウセンウリノ ヂイサンガ フウセンヲ ウツテ ヰマシタ。アカヤ アヲヤ キイロヤ ムラサキヤ、イロイロナ フウセンダマハ ホホヲ スリヨセナガラ カゼノ フク ハウヘ ナビイテ ヰマシタ。 イツピキノ シロイ テフテフガ フウセンダマノ トコロヘ マイニチ トンデ キテ、イチンチヂユウ アソンデ イクノデシタ。 テフテフハ タクサンノ フウセン
Public domain world knowledge library
新美南吉
マチカドデ フウセンウリノ ヂイサンガ フウセンヲ ウツテ ヰマシタ。アカヤ アヲヤ キイロヤ ムラサキヤ、イロイロナ フウセンダマハ ホホヲ スリヨセナガラ カゼノ フク ハウヘ ナビイテ ヰマシタ。 イツピキノ シロイ テフテフガ フウセンダマノ トコロヘ マイニチ トンデ キテ、イチンチヂユウ アソンデ イクノデシタ。 テフテフハ タクサンノ フウセン
新美南吉
デンデンムシノ カナシミ 新美南吉 イツピキノ デンデンムシガ アリマシタ。 アル ヒ ソノ デンデンムシハ タイヘンナ コトニ キガ ツキマシタ。 「ワタシハ イママデ ウツカリシテ ヰタケレド、ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツパイ ツマツテ ヰルデハ ナイカ」 コノ カナシミハ ドウ シタラ ヨイデセウ。 デンデンムシハ オトモダチ
槙村浩
ハイカラさんの一人言 「ハイカラにせねば大正の文明にをくれるよ」 そこへ出て来た昔さん 「左様でござるか拙者には トント合てんがゆき申さぬ ハイカラ、ハイカラと申す者 唐、天竺の言葉にや 大正はいかなる事なるや 大政大臣関白の事にて候はん」 ハイカラさんが口あんぐり 「関白殿て何ですか、私は知らん」 とにげだすと 「今になってにげられるとは 武士にあるまじき
グリムヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール
むかし、あるところに、こなやがありました。水車小屋でこなをひくのを商売にして、まずしくくらしてはいましたが、ひとり、きれいなむすめをもっていました。 ところで、ひょんなことから、このこなやが、王さまとむかいあって、お話することになりました。そこで、すこしばかり、ていさいをつくろうため、粉屋はこんなことをいいました。 「わたくしに、むすめがひとりございますが、
折口信夫
「とこよ」と「まれびと」と 折口信夫 稀に来る人と言ふ意義から、珍客をまれびとと言ひ、其屈折がまらひと・まらうどとなると言ふ風に考へて居るのが、従来の語原説である。近世風に見れば、適切なものと言はれる。併し古代人の持つて居た用語例は、此語原の含蓄を拡げなくては、釈かれない。 とこよの国から来ると言ふ鳥を、なぜ雁のまれびとと称へたか。人に比喩したものと簡単に説
小川未明
年とった からすねこが いじの わるい 目つきを して、あるいて いました。あちらから、ぎんいろを した ペルシャねこが きました。 「はてな、みなれない ねこだが。」 と、からすねこは たちどまりました。 「もしもし、この へんに すむ ものなら、わたしを しらぬ はずが ない。おまえは どこの ものだ。」 と、からすねこが ききました。 「わたしは この
ポタービアトリクス
こちらは ごくあくウサギ。 ほら、 げひんな おひげに するどい つめ、 それに あの さかだった しっぽ。 こちらは おっとりウサギ。 てには おかあさんから もらった ニンジンです。 わるウサギが ニンジンを ほしがりました。 それで「ください」とも いわずに かっぱらって! しかも やさウサギを めためたに ひっかいたのです。 やさウサギは ほうほうの
ポタービアトリクス
マグレガーさんと ピーターと ベンジャミンの ちいさな おともだち みんなへ なんでも レタスを たべすぎると “さいみんこうか”が あるそうです。 わたしは レタスを たべても ねむくなんか なりませんが、 そうはいっても わたしは あなうさぎでは ありません。 さいみんこうかが てきめんだったのは、 なによりも ばにばにきょうだいの ことなのです! おと
ポタービアトリクス
ラルフと ベッツィに おくる まきばの はなし ほんと おかしな えづらですよね。 ほら、 あひるのこが めんどりと いっしょに いるんですよ! ―― いまから はなすのは、 みずかきジェマイマの ものがたり。 このあひるさん、 まきばの おくさんが じぶんに たまごを かえさせてくれないと、 なやんでおりました。 だんなの おねえさんの みずかきリベカは、
ポタービアトリクス
ドールハウスの もちぬしの おんなのこ W・M・L・Wに おくる むかしむかし あるところに とっても すてきな ドールハウスが ありました。 あかい レンガに しろい まど、 ほんものの モスリンの カーテンと それから おもてには ドア、 やねには えんとつ。 すんでいるのが おにんぎょうの ルシンダと ジェーン。 まあ いえの あるじは ルシンダなので
ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ
とある大きな町に植物園があって、園内には、鉄骨とガラスづくりのとても大きな温室がありました。たいそう立派な温室で、すんなりとかっこうのいい渦巻形の円柱が列をなして建物の重みをささえ、その円柱には、枝葉模様をきざんだアーチが、かるがるともたれかかっておりました。そのアーチのあいだには、鉄のわくどりがさながらくもの網のように一面に組みあげられて、それにガラスがは
西田幾多郎
アブセンス・オブ・マインド 西田幾多郎 多少のアブセンス・オブ・マインドというのは、誰にもあることである。あるのが普通といってよかろう。しかし私は可なり念入のアブセンス・オブ・マインドをやったことがある。今に思出しても、自分で可笑しくなるのである。 それは私がまだ金沢の四高に教師をしていた頃のことである。或日同僚のドイツ人ユンケル氏から晩餐に招かれた。金沢で
宮本百合子
インターナショナルとともに 宮本百合子 (1) トゥウェルスカヤ通りの角に宏壮な郵電省の建物がある。 赤い滝のように旗でかざられた正面の大石段の上に立って見渡すと、デモは今赤い広場に向って、動き出そうとしているところである。空では数台の飛行機が分列式を行っている。 赤いプラカートの波! 波! 波! 丁度目の前を製糸工場、赤いバラの労働婦人群が通過するところで
中原中也
今から百年ばかり前のことだ、仏蘭西はエルメンノンヴィユに近い一小村モンタニーの、或るお祭の日の黄昏時、アドリンもその辺の娘達と草の上で踊るために出て来た。当時十八才のヂェラルド・ド・ネルヴァル――後世狂詩人として知られた男と――アドリンは図らずも一緒に踊ることとなつた。踊り終つてヂェラルドは彼女の頬に接唇し、彼女の頭髪に桂をかざしてやつた。彼は彼女が、今は昔
マンパウル・トーマス
河岸小路から、急な上り坂になって、市内へ通じている往来の一つに、灰色通りというのがある。その通りの中程、河のほうから来れば右手に、四十七番地の家が立っている。幅の狭いくすんだ色の建物で、隣近所の家々とちっとも変ったところはない。この建物の地階には、套靴やひまし油まで売る荒物屋がある。猫のうろついている中庭を見通しながら、玄関口を入って行くと、狭い踏み減らされ
今野大力
トンカトンカトン トンカトンカトン これは隣りのシャフトから樋を通って来るベルトが樋板を叩いている音だ。 女工の一人はその音が可笑しいと言って側の女工と顔を見合せてウフフ、ウフフと唇をゆるめて笑っていた。 もげ落ちそうな狸腹をしている首には白粉を付けている若い女工が床に散らばっていた、縄くずに足を引からんで思い切りのめった。そしてその狸腹を冷たい堅い貫々玉に
ブリュノフジャン・ド
「なあ、 みんな!」 あるひ こざるの ゼフィルが、 アルチュール、 ポム、 フロール、 アレクサンドルに よびかけます。 「きいてくれ、 さっき すげえ はなしを みみに したんだ。 にんげんの うちには、 まいとし クリスマスイヴの よるに すっげえ やさしい おじさん、 それも もじゃもじゃ しろひげで あかいふくに とんがりぼうしの やつが、 そらを
ポタービアトリクス
このこは モペットちゃんという こねこ。 ねずみの こえが きになって しかたない おとしごろ。 こちらは いつもの ねずみ。 とだなの うらから かおを のぞかせ、 モペットちゃんを からかっています。 こねこなんか こわくありません。 モペットちゃんが とびかかるも とき すでに おそし。 ねずみを とりにがし、 おまけに あたまを ごつん。 とだなって
堀辰雄
(きのふプルウストの……) 堀辰雄 きのふプルウストの小説を讀んでゐましたら小説家のベルゴットの死を描いた一節に逢着しました。もうすつかり病氣の重くなつてゐたベルゴットが或る日ルウヴルに和蘭派のフェルメエルの繪を見に出かける。その風景のなかの建物の黄いろい壁を見ながら「ああこれこそ自分の小説に足りなかつたものだ」とおもひながら、その黄いろい壁の美しさに打たれ
宮沢賢治
まひるつとめにまぎらひて きみがおもかげ来ぬひまは こころやすらひはたらきし そのことなにかねたましき 新月きみがおももちを つきの梢にかゝぐれば 凍れる泥をうちふみて さびしく恋ふるこゝろかな ●図書カード
小川未明
北の国の、寒い晩方のことでありました。 雪がちらちらと降っていました。木の上にも、山の上にも、雪は積もって、あたりは、一面に、真っ白でありました。 おじいさんは、ちょうど、その日の昼時分でありました。山に、息子がいって、炭を焼いていますので、そこへ、米や、芋を持っていってやろうと思いました。 「もう、なくなる時分だのに、なぜ家へもどってこないものか、山の小屋
ポタービアトリクス
ばにばにパパさんから ソーリーじゅうの こどもたちへ あるひの あさ 1ぴきの こうさぎが、 こみちのわきの どてに すわっておりました。 みみを たてて こうまの パカラン パカランという あしおとを きいていたのです。 みちを すすむのは 1だいの ばしゃで、 うんてんしゅは マグレガーおじさん、 わきには よそいきの ぼうしを かぶった マグレガーおば
宮本百合子
ゴルフ・パンツははいていまい 宮本百合子 これは、いかにもひま人らしい質問です。同時に、一寸ニクマレ口をきかしてもらえば、いかにも婦人雑誌の特徴を発揮した質問です。 なぜなら、恋愛問題だけをきりはなし、例えば正月、炬燵にあたったり、ハイカラなら、電熱ストーブにでもあたりながら、 「ねえ、今度恋愛するとしたら、どんなのしたい?」 「さあ」 「婦人公論の新年号み
ポタービアトリクス
「ヤマネに描いてもかまわんよ」として下さった (3年寝たきりでも文句ひとつない) ジョン・テイラーおじいさんに心からささげます むかしむかし あるむらに おみせが 1けん ありました。 まどのうえに かかげられた なまえは 〈ジンジャー&ピクルス〉。 それは ちっちゃな ちいさな おみせで、 ちょうど おにんぎょうに ぴったりの おおきさ ―― ですから リ