人民のために捧げられた生涯
宮本百合子
人民のために捧げられた生涯 宮本百合子 尾崎秀実氏が獄中から書かれた書簡集がまとめられることになった。それについて、短い文章を書くようにとの依頼をうけた。 尾崎氏とその家族のために、永年心をつくしていられる友人たちは、決して少くないのである。それを思うと、私が何かを書くということは、ふさわしくないと遠慮された。しかし、夫人の御気持からもときき、『人民評論』二
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宮本百合子
人民のために捧げられた生涯 宮本百合子 尾崎秀実氏が獄中から書かれた書簡集がまとめられることになった。それについて、短い文章を書くようにとの依頼をうけた。 尾崎氏とその家族のために、永年心をつくしていられる友人たちは、決して少くないのである。それを思うと、私が何かを書くということは、ふさわしくないと遠慮された。しかし、夫人の御気持からもときき、『人民評論』二
槙村浩
「ここは穴だ黒くて臭い」これは中野重治の生涯のスローガンだった彼は帝国ホテルのまん中で立停り鼻をいじりながらこう呟いたそれから機関車の後姿を見送ってうや/\しく敬礼しながらだがこの偉大な「大男」の煤臭いにおいにへきえきしてまたこう呟いた列車が雨のふる品川駅につくと彼は前衛の乗客を見送りながら大きく息をついて「さようなら」と言った中野はいつも「さようなら」と言
宮本百合子
このごろの人気 宮本百合子 四五日前のある夜十時頃、机に向っていると外でうちの名を呼ぶ男の声がした。速達だろうと思った。郵便受箱へ入れておいて下さいというつもりで高窓をあけたら、タオル寝間着の若い男のひとが立っていて、妙にひそめた声と左右に目を配った挙動とで、「一寸ここまで来て下さい」と云う。「どなたなんでしょう。」「一寸ここまで来て下さればわかりますから。
太宰治
ちかごろ、歴史的人物で興ふかきは、やはり、乃木大將である。私、さきごろまでは、大鹽平八郎を讀んでゐた。かれが、ひとりの門弟と論爭して、お膳のかながしらの頭をがりがり噛んで食べた、ことなど、かれの人となりを知るに最もよきエピソオドであらう。けれども、いままた、乃木將軍が、よみがへつて來て居る。一望千里の滿洲の赤土の原、あかあかと夕燒にてらされ、ひとり馬で歩いて
岡本綺堂
登場人物 田原弥三郎 弥三郎の妻おいよ 弥三郎の妹お妙 猟師 源五郎 ホルトガルの宣教師 モウロ モウロの弟子 正吉 村の男 善助 小坊主 昭全 村の娘 おあさ、おつぎ 第一幕 一 桃山時代の末期、慶長初年の頃。秋も暮れかかる九月なかばの午後。 九州、肥前国。島原半島に近き山村。田原弥三郎の家。藁葺屋根の二重家体にて、正面の上のかたに仏壇、その下に板戸の押入
竹内浩三
映画について むつかしいもの。この上もなくむつかしいもの。映画。こんなにむつかしいとは知らなんだ。知らなんだ。 金について あればあるほどいい。又、なければそれでもいい。 女について 女のために死ぬ人もいる。そして、僕などその人によくやったと言いたいらしい。 酒について 四次元の空間を創造することができるのみもの。 戦争について 僕だって、戦争へ行けば忠義を
夏目漱石
人生 夏目漱石 空を劃して居る之を物といひ、時に沿うて起る之を事といふ、事物を離れて心なく、心を離れて事物なし、故に事物の変遷推移を名づけて人生といふ、猶麕身牛尾馬蹄のものを捉へて麟といふが如し、かく定義を下せば、頗る六つかしけれど、是を平仮名にて翻訳すれば、先づ地震、雷、火事、爺の怖きを悟り、砂糖と塩の区別を知り、恋の重荷義理の柵抔いふ意味を合点し、順逆の
宮本百合子
人生のテーマ 宮本百合子 たくさんの文学作品がよまれている。作品はテーマをもっている。わたしたちの人生のテーマはどこに見出されているだろうか。文学の作品はよみかえすことができる。けれどもわたしたちの人生はたった一度しかない。美しい六月の若葉の下を、その青い美しさに照りはえる自分をわれからめでて歩く人々は、それぞれにいちどしかない自分の一生を、どういう主題で貫
坂口安吾
人生三つの愉しみ 坂口安吾 アンタブスという酒が嫌いになる薬の実験者の話が週刊朝日に収録されていたが、効果テキメンというわけにはいかないらしい。すべて中毒というものは、当人に治そうとする意志がないとダメだということは、私自身が経験からそう感じていることであるが、アンタブスは服薬を中止すると又飲めるようになるらしいから、結局薬なしでも禁酒の意力を蔵している人だ
宮本百合子
今日、私たちが文学に求めているものは何であろう。求められている文学とは、どういうものだろう。 部分的ないろいろの要求というものは、いつもあったし、これからもずっと自分にもひとにも持たれつづけると思うが、特にきょう私たちが文学に求めている何かは、文学の本質にふれた何かであり、人生に向う心持の底の方にある何かの反映であるように思われる。日々に生きている感情のなか
北村透谷
人生の意義 北村透谷 人間の外に人間を研究すべき者なし、ライフある者の外にライフを研究すべき者なし。近頃ライフの一字、文学社会に多く用ひらるゝに至れるを見て、ひそかに之を祝せんとするの外、豈敢て此大問題を咄嗟の文章にて解釈することをせんや。然るに吾人が爰にて物好きにも少しくライフの意義に就きて言はんと欲するに至りたるは、決して偶然の事にあらざるなり。 ライフ
宮本百合子
人生を愛しましょう 宮本百合子 現在、私たちは配給に追われたりまきをくすぶらして、食事の仕度をするというような生活に非常な不満をもっています。この不満は五十年、百年前の女性はもっていなかったと思います。これをどうしていったらよいでしょうか。私たちは自分の人生をなんとかしてよくしてゆきたいと思うけれど、それには自分の人生を愛さなくてはならない、愛するには自分か
恩地孝四郎
百間の随筆を褒めるといふことは現今の常識だ。今更ほめるまでもないことであるが、その褒める仲間に馳せ参ずることをむろん躊躇するものではない。一体僕は悪い癖があつて、人がほめたり、又本であれば売れるといふものを、ただそれだけの理由で蔑視して了ふのである。悪い癖だがどうもなほらない。そこで百間、出版界に随筆時代を到来させた百間なるものをむろん読まうとは思はなかつた
坂口安吾
人生案内 坂口安吾 新聞で読者の最も多いのは「人生案内」とか「身上相談」という欄だそうだ。 ところがここへ人生の案内を乞う投書は案外ホンモノが少くて、一ツこんな問題で投書してみようなぞと勝手な悩みを創作して投じるのが少からぬそうで、担当の記者には一見してそれと分るけれども、この方がホンモノよりも手ごろでまた面白いので、ニセモノと承知でとりあげてしまう。なぜな
福沢諭吉
左の一編は十一月十一日府下芝區三田慶應義塾に於て福澤先生の演説したる其大意の筆記なり。 人には何か樂しむ所のものなかる可らず。旅行を好む者あり、閑居を貪る者あり、遊藝を嗜む者あり、書畫骨董を悦ぶ者あり。尚ほ之より以外には財産の増殖に餘念なき者もあれば、功名利達に熱心なる者もあり。其他千種萬樣限りなき人事の運動は、浮世の人々がおの/\其心を樂しましめんとするの
福沢諭吉
左の一編は十一月十一日、府下芝区三田慶應義塾に於て福澤先生の演説したるその大意の筆記なり。 人には何か楽しむ所のものなかるべからず。旅行を好む者あり、閑居を貪る者あり、遊芸を嗜む者あり、書画骨董を悦ぶ者あり。尚お之より以外には財産の増殖に余念なき者もあれば、功名利達に熱心なる者もあり。その他千種万様限りなき人事の運動は、浮世の人々がおの/\その心を楽しましめ
佐々木邦
奥さんを失った社長は悉皆挫けてしまった。糟糠の妻だったから、大打撃だったに相違ないが、あのガムシャラな人が仏道に志したのだから驚く。会社へ来ていても、数珠を手放さない。瞑目唱名しながら、書類に判を捺すのだった。 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」 社長秘書として叱られるのが半商売の僕も、普段の恨みは別として、漫ろに哀れを催した。 「御愁傷は御道理でございますが、
北村透谷
人生に相渉るとは何の謂ぞ 北村透谷 繊巧細弱なる文学は端なく江湖の嫌厭を招きて、異しきまでに反動の勢力を現はし来りぬ。愛山生が徳川時代の文豪の遺風を襲ひて、「史論」と名くる鉄槌を揮ふことになりたるも、其の一現象と見るべし。民友社をして愛山生を起たしめたるも、江湖をして愛山生を迎へしめたるも、この反動の勢力の欝悖したる余りなるべし。 反動は愛山生を載せて走れり
高山樗牛
人生終に奈何 高山樗牛 人生終に奈何、是れ實に一大疑問にあらずや。生きて回天の雄圖を成し、死して千歳の功名を垂る、人生之を以て盡きたりとすべきか、予甚だ之に惑ふ。生前一杯の酒を樂しむ、何ぞ須ひん身後千載の名、人は只行樂して已まんか、予甚だ之に惑ふ。蝸牛角上に何事をか爭ふ、石火光中に此身を寄す、人は只無常を悟りて終らんか、予甚だ之に惑ふ。吁、人生終に奈何。將た
田山花袋
人生の爲めの藝術を後藤宙外君は本誌の前號で説いて居る。そして文學の爲めの文學を排して居るけれど、私等のいふ人生に觸れるといふことと、宙外君の人生に觸れるといふこととは甚だ意味が違ふやうに思ふ。宙外君はダルヰンの研究を學問の爲めの學問と言つて排し去るだらうか。學問の爲めの學問を遣つたので、ダルヰンは却つて應用學者の觸れ得ざる、解し得ざる、人間の根本に入ることが
倉田百三
人生における離合について 倉田百三 天の原かかれる月の輪にこめて別れし人を嘆きもぞする 私たちがこの人生に生きていろいろな人々に触れあうとき、ある人々はその感情の質が大変深くてかつ潤うているのに出会うものである。そして経験によるとこの種の人々はその人生行路において切実な「別離」というものを味わった人々であることが多い。深い傷ましい「わかれ」は人間の心を沈潜さ
宮本百合子
人生の風情 宮本百合子 明治二十年代の日本のロマンティシズムの流れの中からは、藤村、露伴をはじめいろいろの作家が生れたわけだけれども、樋口一葉は、その二十五年の生涯が短かっただけに、丁度この時代のロマンティシズムが凝って珠玉となったような「たけくらべ」を代表作として、その完成において作家としての一生をも閉じた。 一葉が文学を愛する人々の心に一つの絶えない魅力
内田魯庵
占ひ、人相、方角、気にしだしたら際限が無い。朝から晩まで易者、人相、方位家と駈けずり廻つても追付かない。が、中には道楽で、何にも見て貰う事も無いのにソコラ中へ冷かしに行くものがある。私の亡夫なぞは道楽の方で、能く出掛けては見て貰つたが、誰のは筮竹の揉み方が勿体振つてるとか、算木の置き方が巧者だとか、そんな事ばかり云つて、肝腎占なつて貰つた事はケロリと忘れて念
正岡子規
歌の事につきては諸君より種々御注意御忠告を辱うし御厚意奉謝候。なほまた或諸君よりは御嘲笑御罵詈を辱うし誠に冥加至極に奉存候。早速御礼かたがた御挨拶可申上之処、病気にかかり頃日来机に離れて横臥致しをり候ひしため延引致候。幾百年の間常に腐敗したる和歌の上にも、特に腐敗の甚しき時代あるが如く、われらの如き常病人も特に病気に罹る事有之閉口之外無之候。 何より御答へ可