Vol. 2May 2026

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修禅寺物語

岡本綺堂

修禅寺物語 岡本綺堂 (伊豆の修禅寺に頼家の面というあり。作人も知れず。由来もしれず。木彫の仮面にて、年を経たるまま面目分明ならねど、いわゆる古色蒼然たるもの、観来たって一種の詩趣をおぼゆ。当時を追懐してこの稿成る。) 登場人物 面作師   夜叉王 夜叉王の娘 かつら 同     かえで かえでの婿 春彦 源左金吾頼家 下田五郎景安 金窪兵衛尉行親 修禅寺の

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修禅寺物語 ――明治座五月興行――

岡本綺堂

この脚本は『文芸倶楽部』の一月号に掲載せられたもので、相変らず甘いお芝居。頼家が伊豆の修禅寺で討れたという事実は、誰も知っていることですが、この脚本に現われたる事実は全部嘘です。第一に、主人公の夜叉王という人物からして作者が勝手に作り設けたのです。 一昨々年の九月、修禅寺の温泉に一週間ばかり遊んでいる間に、一日修禅寺に参詣して、宝物を見せてもらったところが、

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修身

宮本百合子

修身 宮本百合子 一九五〇年度は、青少年の犯罪が一般の重大な関心をひいた。 青少年の犯罪は、ふっとそんな気になって、ついやられてしまう。それが習癖にもなる。そのついやることは、きょうの社会のわれ目が巨大であり非条理であるに応じて、大きい規模をもち、非人間性を示す。「希代の少年空巣。年にチョロリ三百万円」(十二月十三日、東京新聞)、「アゴで大人使う少年強盗」(

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「修身は復興すべきでしょうか」に答えて

宮本百合子

「修身は復興すべきでしょうか」に答えて 宮本百合子 修身は、子供の全生活からうける生活感情の整理ですから、大人の生活にまず修身し、人間的理解の確立がいると思います。 現代の非理的な現実理解(国際情勢をこめて)に人民たる大人の疑問が積極的に表現されなければ修身はなりたちますまい。 〔一九五一年二月〕

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修身要領

福沢諭吉

修身要領 慶応義塾 文明日新の修身処世法は、如何なる主義に依り如何なる方向に進む可きやとは、今の青年学生の大に惑ふ所にして、先輩に対して屡質問を起すものあり。福沢先生これに答ふる為めにとて、生等に嘱して文案を草せしむ。即ち先生平素の言行に基き、其大要を述べて、先生の閲覧を乞ひ、之を修身要領と名け、学生に示すこと左の如し。 明治三十三年二月紀元節 慶応義塾社中

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修道院の月

三木露風

たぐひ稀なうつくしい光をはなつ今宵の月よ。八月十四日の盆の夜に、天心にあつてさやけく照り満ち、そゞろに秋の思に堪えざらしめる。その思、歓びに似て歓びでなく、哀しみに似て哀しみでなく、たゞ哀歓交々心胸を往来して、白月の秋風と共に我胸に入つて漂蕩ふこゝちがする。予は宵の程は、しばらく家に籠つて、机の上の書き物取り散らかしなどしてあつたが、感興至つて座を立ち、山荘

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修道院の秋

南部修太郎

修道院の秋 南部修太郎 「好いかよう……」 と、若い水夫の一人が、間延びのした太い聲で叫びながら船尾の纜を放すと、鈍い汽笛がまどろむやうに海面を掠めて、船は靜かに函館の舊棧橋を離れた。 港の上にはまだ冷冷とした朝靄が罩め渡つて、雨上りの秋空は憂ひ氣に暗んでゐた。騷がしい揚錨機の音、出帆の相圖の笛の響などが、その重く沈んだ朝の空氣を顫はしながら聞える。蒼黒く濁

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俯瞰景

富永太郎

溝ぷちの水たまりをへらへらと泳ぐ高貴な魂がある。かれの上、梅雨晴れの輝かしい街衢の高みを過ぎ行くものは、脂粉の顔、誇りかな香りを放つ髪、新鮮な麦藁帽子、気軽に光るネクタイピン……この魂にとつて、一日も眺めるのを欠くべからざる物らの世界である。さて、かれは、これらの物象の漸層の最下底に身を落してゐる。軽装の青年紳士の、黒檀のステツキの石突と均しく位してゐる。し

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俳人蕪村

正岡子規

芭蕉新たに俳句界を開きしよりここに二百年、その間出づるところの俳人少からず。あるいは芭蕉を祖述し、あるいは檀林を主張し、あるいは別に門戸を開く。しかれどもその芭蕉を尊崇するに至りては衆口一斉に出づるがごとく、檀林等流派を異にする者もなお芭蕉を排斥せず、かえって芭蕉の句を取りて自家俳句集中に加うるを見る。ここにおいてか芭蕉は無比無類の俳人として認められ、また一

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俳人蕪村

正岡子規

芭蕉新に俳句界を開きしよりここに二百年、その間出づる所の俳人少からず。あるいは芭蕉を祖述し、あるいは檀林を主張し、あるいは別に門戸を開く。しかれどもその芭蕉を尊崇するに至りては衆口一斉に出づるが如く、檀林等流派を異にする者もなほ芭蕉を排斥せず、かへつて芭蕉の句を取りて自家俳句集中に加ふるを見る。是においてか芭蕉は無比無類の俳人として認められ、復一人のこれに匹

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こんな俳優が欲しい

岸田国士

こんな俳優が欲しい 岸田國士 現在はいろいろな方面で人物払底が唱へられてゐる時代であるが、それだけにまた、全体のレヴェルがあがつてゐるのだと云へないこともあるまい。芝居の方面でも、新しい仕事を考へる場合に、多士済々のやうに見えて、ほんとうの「専門家」が割に少いといふことを痛感するのである。 殊に、所謂「新劇」の方面では歴史の新しいせいもあるけれども、殆ど「そ

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マレー俳優の死

岡本綺堂

マレー俳優の死 岡本綺堂 「海老の天ぷら、菜のひたしもの、蠣鍋、奴豆腐、えびと鞘豌豆の茶碗もり――こういう料理をテーブルの上にならべられた時には、僕もまったく故郷へ帰ったような心持がしましたよ。」と、N君は笑いながら話し出した。 N君は南洋貿易の用件を帯びて、シンガポールからスマトラの方面を一周して、半年ぶりで先月帰朝したのである。その旅行中に何かおもしろい

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俳句

萩原朔太郎

○ 五月幟立つ家家の向うは海 ○ 暮鳥忌磯濱の煙わびしき年のくれ 笹鳴 笹鳴の日かげをくぐる庭の隅 笹鳴や日脚のおそき縁の先 ○ 天城ごえ伊豆に入る日や遲櫻 青梅に言葉すくなき別れ哉 ○ 青梅に言葉すくなき別れかな ○ 冬日くれぬ思ひおこせや牡蠣の塚 ○ 我が心また新しく泣かんとす冬日暮れぬ思ひ起せや岩に牡蠣 ○ ブラジルに珈琲植ゑむ秋の風 枯菊や日日にさめ

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俳句とはどんなものか

高浜虚子

近頃初めて俳句を作ろうと思うのだがどういうふうに作ったらよかろうか、とか、これから俳句に指を染めてみたいと思うのだがどんなふうに学んだらよいのか、とか、その他これに類した質問を受けることが多うございます。ことに、ずっと程度を低くした小学生に教えるくらいの程度の俳話をしてもらいたいというような注文をなさる方があります。この俳句講義は今度それらの要求に応ぜんがた

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俳句上の京と江戸

正岡子規

京都から『種ふくべ』という俳諧の雑誌を出すから、私にも何か一つ書けとの事でございました。昨年来俳句の流行につれて各地にその雑誌が出るようになりましたのに、昔からの都であった京都に何もないというは不釣合な事であるから、『種ふくべ』の出るのは誠に適当な事と考えます。しかしながら雑誌の発育はかなり困難なもので、寄合世帯のようでは到底永続せぬ事は明かでありますから、

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俳句の作りよう

高浜虚子

かつてある人の言葉に「虚子の俳話は俗談平話のうちに俳諧の大乗を説くものなり」とあったことは我が意を得た言である。近時は平易にいってすむことを高遠めかしく説くことが流行である。私はそれに与しない。 大徳智識の法話に「仮名法語」なるものがある。婦女老幼にも判るようにと仏の大道を仮名交じりの俗談平話に説くのである。読者この書をもって俳諧の仮名法語として見られよ。

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俳句の初歩

正岡子規

客あり。草蘆を敲いて俳句を談ず。その標準は誤り、その嗜好は俗に、称揚する所の句と指斥する所の句と多くは彼此顛倒せり。予曰く、子の言ふ所、悉く予の感ずる所と相反す。予を以て見れば子の言甚だ幼稚なり。もし子もまた予を以て俳句を解せざる者となさば予はことさらに是非を争はざるべし。しかれども子が言を以て予が俳句に入らんとせし十数年前と対照するに、当時の予の意見と符節

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俳句の型式とその進化

寺田寅彦

俳句の型式とその進化 寺田寅彦 三十年ほどの間すっかり俳句の世間から遠ざかって仮寝をしていた間に、いろいろな「新型式俳句」が発生しているのを、やっとこのごろ目をさましてはじめて気がついて驚いているところである。二十二字三字四字から二十五字六字というのがあるかと思うと三十四字五字というのもある。文字数においてすでに短歌の三十一文字を凌駕しているのであるが、一方

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俳句に於ける象徴的表現

種田山頭火

俳句に於ける象徴的表現 種田山頭火 井泉水氏は印象詩乃至象徴詩としての俳句について屡々語られた。しかし俳句に於ける象徴の本質に就ては説かれない。筆端が時々此問題に触れたとも言うべき程である。私は此の根本的説明に接するを待つよりも、こういう問題はお互に協力して研究すべきものではないかと思う。 病雁の夜寒に落ちて旅寝かな        芭蕉 僅かの花が散りければ

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俳句の精神

寺田寅彦

俳句の精神 寺田寅彦 一 俳句の成立と必然性 五七五の定型と、季題および切れ字の插入という制約によって規定された従来普通の意味での俳句あるいは発句のいわゆる歴史的の起原沿革については、たぶんそういう方面に詳しい専門家が別項で述べ尽くされることと思うから、ここで自分などが素人くさい蛇足を添える必要はないであろう。しかし自分が以下に試みに随筆的に述べてみたいと思

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俳句への道

高浜虚子

二、三年来『玉藻』誌上に載せた短い俳話を集めて本書が出来た。されば「玉藻俳話」とでも題する方が適切かも知れぬ。いずれにせよ、私の信ずる俳句というものは斯様なものであるという事を書き残して置くものである。 往年岩波茂雄君から、従来発行し来った岩波文庫の他に今度岩波新書を発行しようと思う、それについて私に「俳句への道」という一篇を執筆してもらいたい、という話があ

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俳諧大要

正岡子規

ここに花山といへる盲目の俳士あり。望一の流れを汲むとにはあらでただ発句をなん詠み出でける。やうやうにこのわざを試みてより半年に足らぬほどに、その声鏗鏘として聞く者耳を欹つ。一夜我が仮住居をおとづれて共に虫の音を愛づるついでに、我も発句といふものを詠まんとはすれどたよるべきすぢもなし、君わがために心得となるべきくだりくだりを書きてんやとせつに請ふ。答へて、君が

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「俳諧大要」解説

柴田宵曲

明治二十五年六月以来、新聞『日本』に掲げられた「獺祭書屋俳話」が、翌二十六年五月に至り「日本叢書」の一として日本新聞社から刊行された。これが子規居士の著書の世に現れた最初である。明治俳句の進歩の迹をたずねる者は、この一篇を振出しとする居士の俳論俳話を切離して考えるわけにいかない。従ってその分量も甚だ多く、『子規全集』〔改造社版〕の二巻を占めているが、ここには

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俳諧の本質的概論

寺田寅彦

俳諧の本質的概論 寺田寅彦 古い昔から日本民族に固有な、五と七との音数律による詩形の一系統がある。これが記紀の時代に現われて以来今日に至るまで短歌俳句はもちろん各種の歌謡民謡にまでも瀰漫している。この大きな体系の中に古今を通じて画然と一つの大きな線を引いているものが三十一字の短歌である。その線の途中から枝分かれをして連歌が生じ、それからまた枝が出て俳諧連句が

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