Vol. 2May 2026

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弔辞(徳田秋声)

正宗白鳥

君は古稀を過ぐる長き人間生活に於て、また半世紀に達する長き文壇生活に於て、敢て奇を弄せず環境に身を委ねて生存を持続されたり。人間の苦難を苦難とし、喜悦を喜悦とし、思想に於ても感情に於ても作為の跡は非ざりしようなり。君の文学は坦々として毫も鬼面人を驚かすようなこと無く、作中に凡庸社会を描叙しながら、そのうちに無限の人間味を漂わせたり。熟読翫味してます/\味わい

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「引札」のはなし

久保田万太郎

* 田端に天然自笑軒といふ古い料理屋がある。古いといつても、明治の、日露戦争のあとをうけた好況時代に出来たものらしいが、わたくしの二十三四、さうした場所に関心をもちはじめた時分、すでに相当、有名でもあれば、洒落れた贅沢なうちとして、一部に、ことさらな勢力をもつてゐたこともたしかだつた。いまでは、毎年、七月二十四日、芥川龍之介君の河童忌をやるうちになつてゐる。

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引かれていく牛

小川未明

もうじきに春がくるので、日がだんだんながくなりました。晩方、子供たちが、往来で遊んでいました。孝ちゃんと、勇ちゃんと、年ちゃんは、石けりをしていたし、みつ子さんとよし子さんは、なわとびをしていました。 うす緑色の空に、頭をならべている木々のこずえは、いくらか色づいているように見えました。いろいろの木の芽が、もう出ようとしているのです。 ちょうど、このとき、あ

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デカルトと引用精神

戸坂潤

デカルトと引用精神 戸坂潤 古くダンテがイタリア語の父であるとされ、又降ってルターがドイツ語の完成者と云われるように、ルネ・デカルトはフランス語の恩人とされている。ダンテの『神曲』、ルターの『新約聖書』の翻訳に、その意味で比較すべきものは、『方法叙説』と呼ばれているあの Discours de la Mthode である(之は屈折光学と気象学と幾何学との後か

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引越し

中原中也

実際その電報には驚いた。僕としてそんな用命にあづかつたことは生れて初めてでもあつた。「アスアサゴジヒキコシテツダヒタノム」といふのだ。朝五時!……僕は此の十幾年といふもの夜昼転倒の生活をしてゐるのだ。それを電報打つたその親戚も知らないわけでもないのだ。驚いたといふよりも癪に障つたね。三十年近く広島といふお天気の好い街の教会で伝道婦として働いたその叔母の甘えた

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弘法大師の文芸

内藤湖南

弘法大師の事に就きましては、年々こちらで講演がありまして、殊に今日見えて居ります谷本博士の講演は、私も拜聽も致し、又其の後小册子として印刷せられましたものも拜見いたしました。それで先づ弘法大師に關する總論と申しますか、兎に角弘法大師に關する全般の觀察に就きましては、殆ど谷本博士の講演に盡きて居りますので、其の外に別に新らしい事を見付け出し得ようと云ふことはあ

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弘法大師と景教との関係 一名、物言ふ石、教ふる石

ゴルドンエリザベス、アンナ

本書はゴルドン夫人の艸せられしを、可成原意を損せざる樣に注意したるも、譯文拙劣にして全豹を示すこと能はざるを憾む、原意の徹底せざる所はその責譯者に在り。夫人はその老躯を以て今夏再び嚴島に游び、更に讃岐に渡り、大師の降誕地を訪ひ、遂に高野山の靈廟に詣せり、夫人の大師追慕の念深きを知るべし。 明治四十二年九月高楠順次郎 「我れ爾曹に告げん、此輩もし默止せば かの

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おきくと弟

小川未明

空が曇っていました。 正ちゃんが、学校へゆくときに、お母さんは、ガラス戸から、外をながめて、 「今日は、降りそうだから雨マントを持っておいで。」と、注意なさいました。 「じゃまでしかたないんだよ。もしか、降ったら、一、二っと駈けだしてくるから。」と、答えて正ちゃんは、すなおにお母さんのいうことをききませんでした。 どこか、曇った空にも明るいところがあって、す

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ここに弟あり

岸田国士

洪次郎 紅子 基一郎 東京市内のある裏通りで、玄関の二畳から奥の六畳へ是非とも茶の間を通つて行かねばならぬ不便な間取りの家。 座敷には瀬戸の丸火鉢が一つと、床の間にヴアイオリンのケースが置いてある。茶の間には粗未な鏡台。羽織を重ねたまゝの女の外出着が、だらしなく壁にかゝつてゐる。神棚の上に、麦藁帽子が仰向けにのつてゐることゝ、座敷と茶の間に跨つて、チヤブ台と

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弟子

中島敦

弟子 中島敦 一 魯の卞の游侠の徒、仲由、字は子路という者が、近頃賢者の噂も高い学匠・陬人孔丘を辱しめてくれようものと思い立った。似而非賢者何程のことやあらんと、蓬頭突鬢・垂冠・短後の衣という服装で、左手に雄、右手に牡豚を引提げ、勢猛に、孔丘が家を指して出掛ける。を揺り豚を奮い、嗷しい脣吻の音をもって、儒家の絃歌講誦の声を擾そうというのである。 けたたましい

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コポオの弟子たち

岸田国士

今の日本ではさういふことはあるまいけれど、私が三十年前にパリへ出掛けた頃は、仏蘭西に於ける新しい演劇界の消息といふものは、かいもく見当がつかぬ有様であつた。 パリにつくと、めくらめつぱふに芝居をみて歩き、新聞や雑誌をあさつて目星しい作家や劇団を名をひろひ、新刊旧刊の書物をむさぼり読んで、それでもひととほり、その時代の演劇地図を頭にいれるまで、たつぷり一年はか

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弟子自慢

佐藤垢石

私に、どこかうまい釣場へ連れて行ってくれと申し込んでくる人があると、私はその人を自分の弟子の数のうちへ勘定する。だから私に師匠顔されるのを嫌だと思う人は、私のところへ同行を申し込んでこない方がいい。 しかし、そうであるからと言って、無闇に私は先生顔をする訳ではないのである。君、僕は人に釣方を教えたり、うまい釣場へ案内したりする程釣は上手じゃないのだよ、誤解し

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弟を葬る

徳富蘇峰

皆様、兄が弟を葬ると云ふ事は極めて不自然な事であります。又た其葬る場所に於て、兄が弟に就てお話をすると云ふ事も、恐らくは不自然の事であらうと思ひます。併し私が茲に一言申しますことは、単に御座なり義理一片の弔辞ではないのであります。茲に立ちまして、弟の遺骸の前に立ちまして、併せて皆様の前に立ちまして、一言申しますることは、是は弟の志であらうと思ひます。 弟は死

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弥彦山

長塚節

彌彦山 長塚節 新潟の停車場を出ると列車の箱からまけ出された樣に人々はぞろ/\と一方へ向いて行く。其あとへ跟いて行くとすぐに長大な木橋がある。橋へかゝつてぶら/\と辿つて來ると古傘を手に提げた若者が余の側へ寄つて丁寧な辭儀をして新潟はどちらへお泊りですかと問うた。彼は宿引であつたのだ。何處といふことはないが郵便局へ用があるのだから其方へ行かねばならぬと斷る積

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弦斎の鮎

北大路魯山人

弦斎の鮎 北大路魯山人 毎年のことながら、春から夏、秋と昔からいう年魚の季節となる。 わたしの舌は、あゆを世間で騒ぐほどうまいものだとは思っていないが、なんとなし高貴な魅力があってうれしいものだ。川魚のうちではあゆが有数の美味であること、それに優美な姿であることにもちろん異存はない。なんといっても四月から当分の間、あゆが王座を占める一つの理由は、この季節には

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弱者の糧

太宰治

弱者の糧 太宰治 映画を好む人には、弱虫が多い。私にしても、心の弱っている時に、ふらと映画館に吸い込まれる。心の猛っている時には、映画なぞ見向きもしない。時間が惜しい。 何をしても不安でならぬ時には、映画館へ飛び込むと、少しホッとする。真暗いので、どんなに助かるかわからない。誰も自分に注意しない。映画館の一隅に坐っている数刻だけは、全く世間と離れている。あん

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張紅倫

新美南吉

新美南吉:張紅倫 張紅倫 新美南吉 一 奉天(ほうてん)大戦争(一九〇五年)の数日まえの、ある夜中のことでした。わがある部隊の大隊長青木少佐は、畑の中に立っている歩哨(ほしょう)を見まわって歩きました。歩哨は、めいぜられた地点に石のようにつっ立って、きびしい寒さと、ねむさをがまんしながら、警備についているのでした。 「第三歩哨、異状はないか」 少佐は小さく声

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強い大将の話

小川未明

ある国に、戦争にかけてはたいへんに強い大将がありました。その大将がいる間は、どこの国と戦争をしても、けっして負けることはないといわれたほどであります。 それほど、この大将は知略・勇武にかけて、並ぶものがないほどでありました。それですから、よくほかの国と戦争をしました。そして、いつも勝ったのであります。 あるとき、隣の国と戦争をしました。それは、いままでにない

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強ひられた感想

岸田国士

強ひられた感想 岸田國士 文学といふものを専門的なものと考へる理由は十分にあるが、また、これを専門的なものではないと考へる一面がある筈である。 専門家にしか興味のないやうな文学と、専門家には興味がないやうな文学(?)とが截然と別れてゐるところに、わが国現代文化の特殊性があるとみて、私は、今日のわれわれの仕事といふものの困難を、つくづく感じるのである。 個人々

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強い賢い王様の話

豊島与志雄

強い賢い王様の話 豊島与志雄 むかし印度のある国に、一人の王子がありました。国王からは大事に育てられ、国民からは慕われて、ゆくゆくは立派な王様になられるに違いないと、皆から望みをかけられていました。 ところが、この王子に一つの癖がありました。それは、むやみに高い所へあがるということでした。庭で遊んでいると、大きな庭石の上に登って喜んでいますし、室の中にいると

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ぎたる弾くひと

萩原朔太郎

ぎたる彈く、 ぎたる彈く、 ひとりしおもへば、 たそがれは音なくあゆみ、 石造の都會、 またその上を走る汽車、電車のたぐひ、 それら音なくして過ぎゆくごとし、 わが愛のごときも永遠の歩行をやめず、 ゆくもかへるも、 やさしくなみだにうるみ、 ひとびとの瞳は街路にとぢらる。 ああ いのちの孤獨、 われより出でて徘徊し、 歩道に種を蒔きてゆく、 種を蒔くひと、

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セロ弾きのゴーシュ

宮沢賢治

セロ弾きのゴーシュ 宮沢賢治 ゴーシュは町の活動写真館でセロを弾く係りでした。けれどもあんまり上手でないという評判でした。上手でないどころではなく実は仲間の楽手のなかではいちばん下手でしたから、いつでも楽長にいじめられるのでした。 ひるすぎみんなは楽屋に円くならんで今度の町の音楽会へ出す第六交響曲の練習をしていました。 トランペットは一生けん命歌っています。

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当世二人娘

清水紫琴

当世二人娘 清水紫琴 その一 女学校これはこれはの顔ばかりと、人の悪口にいひつるは十幾年の昔にて、今は貴妃小町の色あるも、納言式部の才なくてはと、色あるも色なきも学びの庭へ通ふなる、実に有難の御世なれや、心利きたる殿原は女学校の門に斥候を放ちて、偵察怠りなきもあり、己れ自ら名のり出て、遠からむものは音にも聞け、近くは寄りて眼にも見よと、さすがにいひは放たねど

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