Vol. 2May 2026

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悪魔の宝

豊島与志雄

或ところに、センイチといふ猟師がゐました。たいへん上手な猟師でしたが、或日、どうしたことか、何の獲物もとれませんでした。鉄砲をかついで、一日山の中を歩きまはりましたが、小鳥一羽、鼠一ぴきも、見あたりませんでした。 「へんな日だ。今日はだめかな。」 さうつぶやいて、彼は家に帰りかけて、大きな森を通りかゝりました。もう日が沈んで、あたりは薄暗くなつてゐました。

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悪魔の尾

宮原晃一郎

悪魔の尾 宮原晃一郎 それはずつと大昔のことでした。その頃は地球が出来てからまだ新しいので、人間はもちろんのこと、鳥や獣すら住まつてゐませんでした。住まつてゐるものはたゞ悪魔ばかりであつたのです。 悪魔たちはみんな恐ろしく長い尾をもつてをりましたので、それを人間で言へば槍や刀の代りに使つて、のべつ幕なしに喧嘩をしたり、戦争をしたり、始末におへないので、世界中

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悪魔の弟子

浜尾四郎

××地方裁判所検事土田八郎殿。 一未決囚徒たる私、即ち島浦英三は、其の旧友にして嘗ては兄弟より親しかりし土田検事殿に、此の手紙を送ります。 検事殿、あなたは私を無論思い出して居らるる事でしょうね。仮令他の検事によって取り調べられ、次で予審判事の手に移されてしまった私であっても、あの、世間を騒がした美人殺しの犯人として伝えられ、新聞紙上に其の名を謳われたに違い

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悪魔の聖壇

平林初之輔

法律の前には罪を犯さなくても、神の前に罪を犯さぬ者はありません。貴方がこれまでに犯したいちばん重い罪を神様の前に懺悔しなさい。懺悔によりて罪は亡びるのです。貴方は救われるのです。 「牧師様、いちばん重い罪でなくてはいけないものでしょうか? 二番目に重い罪では?」 「いちばん重い罪でなくては神を偽ることになります。今日から新生涯にはいろうとなさる貴方が、新生涯

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「悪魔の足跡」

中谷宇吉郎

ゼサップ氏の本に引用されている「悪魔の足跡」というのは、非常に不思議な現象である。 英国の南西部に、デヴォン州という州がある。一八五五年二月七日の夜、その州に大雪が降った。翌朝人々はいつものとおり働きに出かけたのであるが、新しく積もった雪の表面に、不思議な足跡を発見した。 それは馬蹄型の跡で、長さ四インチ、幅三インチくらいあった。不思議なことには、この足跡は

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悪魔の顔

野村胡堂

「そんな気味の悪いお話はお止しなさいませ、それより東京座のレヴィユーが大変面白いそうじゃ御座いませんか」 と話題の転換に骨を折って居るのは、主人石井馨之助氏の夫人濤子、若くて美しくて、客が好きで物惜みをしないというので、苟も此邸に出入する程の人達から、素晴らしい人気のある夫人でした。 が、その美しい夫人の魅力を以てしても、其晩の話題ばかりは、何うすることも出

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悲しめる心

宮本百合子

悲しめる心 宮本百合子 我が妹の 亡き御霊の 御前に 只一人の妹に先立たれた姉の心はその両親にも勝るほど悲しいものである。 手を引いてやるものもない路を幼い身ではてしなく長い旅路についた妹の身を思えば涙は自ずと頬を下るのである。 今私の手元に残るものとては白木の御霊代に書かれた其名と夕べ夕べに被われた夜のものと小さい着物と少しばかり――それもこわれかかった玩

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みんな悲しげにそう思う

倉橋潤一郎

胡瓜つくってもいい トマトつくってもいい 南瓜も西瓜も茄子も 高い肥料代や小作米にくわれる 二番稲をつくるより 野菜をつくって市へだすのが なんぼいいかも知れない 山の向うの村から はこんで来るリヤカーの群をみると みんな悲しげにそう思う 今朝も おっかあ達は ここ 町の入口で がやがやとかけひきに余念がない 家の側を流れる溝で 夜になって 月にぬれて 野菜

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悲しい新宿

萩原朔太郎

世田谷へ移つてから、新宿へ出る機會が多くなつた。新宿を初めて見た時、田圃の中に建設された、一夜作りの大都會を見るやうな氣がした。周圍は眞闇の田舍道で、田圃の中に蛙が鳴いてる。そんな荒寥とした曠野の中に、五階七階のビルヂングがそびえ立つて、悲しい田舍の花火のやうに、赤や青やのネオンサインが點つて居る。さうして眞黒の群衆が、何十萬とも數知れずに押し合ひながら、お

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悲しい新風

坂口安吾

悲しい新風 坂口安吾 過去の文士の論争がどんな風に行われたかということについて私は不案内であるが、佐藤春夫、河盛好蔵両先生の大論争には新時代風があると思った。 河盛先生の結論として、自分は法廷で理非を明かにするだけの決意をもっている。したがって、佐藤老よ、貴下の回答は重要なる証言になるものであるから慎重に答えてもらいたい、という挑戦の仕方は昔の文士の気がつか

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悲しき決闘

萩原朔太郎

雜誌「文藝」に發表した僕の評論(詩に告別した室生犀星君へ)は、意外にも文壇の人々に反響した。正宗白鳥氏と、川端康成氏と、それから他の二三氏とが、新聞紙上にこれを論じ、そろつてみな僕の主旨に同感を表してくれた。單に同感したばかりではない。非常な熱情を以て書いてるのである。いつも文壇から白眼視されてる、僕等の長い「詩人の嘆き」が、今日昭和の文壇で、かうした反響を

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悲しい誤解

豊島与志雄

悲しい誤解 豊島与志雄 陽が陰るように、胸に憂欝の気が立ち罩める時がある。はっきりした原因があるのではない。ごく些細なことが寄り集まって、雲のように、心の青空を蔽うのである。すると私は生気なく、しみじみと物思う気持ちになる。今朝ほどからそうだった。――昨夜、父の友人の相手をして、ウイスキーと焼酎をしたたか飲んだ。父はこの頃少し酒をひかえているし、友人はひどい

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悲しき項羽

牧野信一

紀元前二百五年、始皇帝の秦は二世に滅びて、天下は再び曇り勝となつた。四隣には密雲が重く垂れ、稲妻に羅星の閃く戦国の夜は、いつになつて明けるやら、見定めもつかなかつたが、忽として頭をもたげた項羽の一睨によつて、西楚の曙は闇の帷を切り落されたのである。旌旗の翻る処、彼の行動は天馬空を征くの趣があつた。子嬰を殺し義帝を追ひ、咸陽を屠つてそれでも飽き足らず、阿房宮も

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悲願に就て ――「文芸」の作品批評に関聯して――

坂口安吾

「文芸」二月号所載、アンドレ・ジイドの「一つの宣言」は興味深い読物であった。ドストエフスキーが、又偉大なる作家達が全てそうであったように、習慣的な人間観に抗して、人間の絶えざる再発見に努めてきたジイドは、ソヴエート聯邦に於て制度が人々を解放したばかりでなく、とうとう人間そのものを革めつつある事実に直面して、人間の発見もしくは改革が個人的な懊悩や争闘から獲られ

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悲願に就て ――「文芸」の作品批評に関聯して――

坂口安吾

「文芸」二月号所載、アンドレ・ジイドの「一つの宣言」は興味深い読物であつた。ドストエフスキーが、又偉大なる作家達が全てさうであつたやうに、習慣的な人間観に抗して、人間の絶えざる再発見に努めてきたジイドは、ソヴェート聯邦に於て制度が人々を解放したばかりでなく、たうとう人間そのものを革めつつある事実に直面して、人間の発見もしくは改革が個人的な懊悩や争闘から獲られ

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悶悶日記

太宰治

月 日。 郵便受箱に、生きている蛇を投げ入れていった人がある。憤怒。日に二十度、わが家の郵便受箱を覗き込む売れない作家を、嘲っている人の為せる仕業にちがいない。気色あしくなり、終日、臥床。 月 日。 苦悩を売物にするな、と知人よりの書簡あり。 月 日。 工合いわるし。血痰しきり。ふるさとへ告げやれども、信じて呉れない様子である。 庭の隅、桃の花が咲いた。 月

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情意の干満

豊島与志雄

情意の干満 豊島与志雄 海の潮にも似たる干満を、私は自分の情意に感ずる。 * 書物を読み、絵画を見、音楽を聴き、人の話に耳を傾け……而もそれが如何に平凡なものであろうとも、一つの句、一つの色、一つの音、一つの声が、全体の凡庸愚劣卑俗から遊離し昇華して、私の心を打つ。私には全体の見通しがつかず、独立した個々の一部が、偉大なる天才の手に委ねられて、万華鏡の硝子の

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情景(秋)

宮本百合子

情景(秋) 宮本百合子 秋の景色(十一月初旬) ○曇り日 日曜。ちっとも風がない。 ○すっかり黄色くなった梧桐の葉、 ○その落葉のひっかかっている槇の木の枝 ○きのうの雨でまだしめっぽく黒く見えている庭木の幹。 離れの方から マンドリンとピアノの合奏がきこえて来る。 ◎ひどく雨が降っている。 ○遠くの方で、屋根越しに松の梢がまばらに大きく左右へはり出した枝を

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情智関係論

西周

前日嘗て心理を論じ、心の能力を分ちて、智情意の三大部となして説き、且智の能力は此前に之を略論したり。故に今は智と情との相關する所を概論せむとす。 智の質は理性にて事物の道理を知ること、即ち結果を見、源因を知り、源因に因て結果を測ることなり。然も人心は必ず此理性のみを具へ、また理性のみに使役せらるゝ者に非らず。必ず佗に一の此心を動す者ありて、之が爲に使役せらる

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情熱

北村透谷

情熱 北村透谷 ミルトンは情熱を以て大詩人の一要素としたり。深幽と清楚とを備へたるは少なからず、然れどもまことの情熱を具有するは大詩人にあらずんば期すべからず。サタイアをもユーモアをも適宜に備ふるものは多くあれど、情熱を欠くが故に真正の詩人たらざるもの挙て数ふべからず。情熱なきサタイアリストの筆は、諷刺の半面を完備すれども、人間の実相を刻むこと難し。ボルテー

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惜別

太宰治

惜別 太宰治 これは日本の東北地方の某村に開業している一老医師の手記である。 先日、この地方の新聞社の記者だと称する不精鬚をはやした顔色のわるい中年の男がやって来て、あなたは今の東北帝大医学部の前身の仙台医専を卒業したお方と聞いているが、それに違いないか、と問う。そのとおりだ、と私は答えた。 「明治三十七年の入学ではなかったかしら。」と記者は、胸のポケットか

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「惜別」の意図

太宰治

明治三十五年、當時二十二歳の周樹人(後の世界的文豪、魯迅)が、日本國に於いて醫學を修め、以て疾病者の瀰漫せる彼の祖國を明るく再建せむとの理想に燃え、清國留學生として、横濱に着いた、といふところから書きはじめるつもりであります。多感の彼の眼には、日本の土地がどのやうに寫つたか。横濱、新橋間の車中に於いて、窓外の日本の風景を眺めながらの興奮、ならびに、それから二

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