Vol. 2May 2026

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Showing 7,944 of 14,981 titles

或新年の小説評

田山花袋

○ おくればせに新年と二月の小説を飛び/\に読んで見た。 正宗君の『催眠薬を飲むまで』は、またいつもの同じ題材だと思ひ/\読んで行つたが、最後の二頁に行つて、がらりと引くりかへされた。流石だと思つた。かういふ風に少年の自殺を見た形も面白いと思つた。たゞし、最後の二三の句に、少し色の濃すぎた、主観の言葉の入りすぎたところがあつて、やゝ自然らしい感じを傷つけたや

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或日

宮本百合子

或日 宮本百合子 奇妙な夢を見た。女学校の裁縫の教室と思われる広い部屋で、自分は多勢の友達と一緒にがやがやし乍ら、何か縫って居る。先生は、実際の女学校生活の間、所謂虫がすかなかったのだろう、何かとなく神経的に自分に辛く当った音楽の先生である。自分の縫ったものについて頻りに小言を云われる。夢の中にあり乍ら、私は、十七の生徒で真個に意地悪を云われた時と同様の苦し

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或る日

宮本百合子

或る日 宮本百合子 降誕祭の朝、彼は癇癪を起した。そして、家事の手伝に来ていた婆を帰して仕舞った。 彼は前週の水曜日から、病気であった。ひどい重患ではなかった。床を出て自由に歩き廻る訳には行かないが、さりとて臥きりに寝台に縛られていると何か落付かない焦燥が、衰弱しない脊髄の辺からじりじりと滲み出して来るような状態にあった。 手伝の婆に此と云う落度があったので

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或る日の対話

豊島与志雄

或る日の対話 豊島与志雄 過日、あの男に逢った時、私は深い寂寥に沈んでいた。 朝から陰欝に曇っていて、午過ぎに小雨があり、それからはいやに冷かな湿っぽい大気が淀んでいたところ、夕方近くなって、中天の雲が薄らぎ、明るい斜陽が地上に流れた。 その斜陽に輝らしだされた軒並や焼跡を、硝子戸越しに、椎の木のまばらな枝葉の間から、私はぼんやり眺めやった。硝子戸の外の椎の

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或る日の運動

牧野信一

「妾のところにも、Fさんを遊びに連れてお出でな。」 さうしないことが自分に対して無礼だ、友達甲斐がない――といふ意味を含めて、照子は、傲慢を衒ひ、高飛車に云ひ放つた。F――を照子のところへ、連れて行くも連れて行かないも、あつたものではなかつたのだ、私にして見れば――。だが私は、自分の小賢しき「邪推」を、遊戯と心得てゐた頃だつた。愚昧な心の動きを、狡猾な昆虫に

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「或る日の運動」の続き

牧野信一

――「泳ぎ位ゐ三日も練習したら出来さうなものだがな!」 私は、此間うちから、かくれて読んでゐた水泳術の本を、鍵のかゝつた本箱の抽斗しから取り出して来て開いた。 そして私は、本にならつて腕を挙げたり下げたりして見た。私は、座敷に入つて、腹逼ひになつた。 「一、二、三!」 ―――――― 彼は、某雑誌に出てゐる自分の『或る日の運動』といふ題の小説を、そこまで読んで

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或る時の詩

片山敏彦

心の嵐が今去つたところだ 熱い嵐の中で、つめたい心がこゞえて 獣になつて魂の野を 走りまはつてゐた。 火に烙かれながら、一つの氷が 曇り日の天に向つて叫んだ。 心の嵐が今去つたところだ。 疲れた氷の火が静かにとけて 秋の曇り日の天の下に 春のやうなひかりを感じる。 やつと見つけたお母さんの乳房に 泣きじやくりながら、かじりつく赤ん坊に 私のこゝろは似てゐると

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或る男の手記

豊島与志雄

或る男の手記 豊島与志雄 もう準備はすっかり整っている。準備と云っても、新らしい剃刀と石鹸と六尺の褌とだけだ。それが、鍵の掛った書棚の抽出の中にはいっている。私としては、愈々やれるかどうか、それを試してみるだけのことだ。然しその前に、一切のことを書き誌してみたい――と云うより寧ろ、文字というはっきりした形で考えてみたい。馬鹿げた欲求だということは分っているが

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或る画家の祝宴

宮本百合子

或る画家の祝宴 宮本百合子 何心なく場内を眺めているうちに、不思議なことに注意をひかれた。その夜は、明治、大正、昭和と経て還暦になった或る洋画家のために開かれた祝賀の会なのであった。この燈火の煌いた華やかな宴席には、もう何年も前に名をきき知っているばかりでなく、幾つかの絵を展覧会場で見ていて、自分なりに其々にうけ入れているような大家たちも席をつらねている。

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或る素描

豊島与志雄

或る素描 豊島与志雄 長谷部といえば、私達の間には有名な男だった。 或る時、昼食後の休憩の間に、一時までという約束で同僚を誘って、会社と同じビルディングの中にある、撞球場に出かけた。そしていつまでも撞棒を離さなかった。同僚は一時になると先へ引上げてきたが、彼は三時を打って暫くしてから、呑気そうに煙草を吹かしながら戻ってきた。月末のことで、会社の事務は繁忙を極

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或良人の惨敗

佐々木邦

日本はアメリカよりも自由国である。小学校で進化論を教えても問題にならない。しかし鳥居氏の家庭では、 「お母さん、僕も先祖は猿でしょうかね?」 と十歳になる惣領息子が尋ねた時、日頃貞淑な夫人が、 「何うだろうかね。私はお前のお父さんの親類のことは知らないよ」 と答えたので、夫婦の間に一場の波瀾が持ち上った。長火鉢を隔てゝ夕刊を読んでいた主人公は、 「変なことを

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或るまどんなに 西班牙風の奉納物

ボードレールシャルル・ピエール

わたくしのつかへまつる聖母さま、おんみの為に、わたくしの悲しみの奥深く、地下の神壇を建立したい心願にござります。 わたくしの心のいと黒い片隅に、俗世の願ひ、また嘲けりの眼の及ばぬあたり、おんみのおごそかな御像の立たせまするやう、紺と金との七宝の聖盒をしつらへたい心願にござります。 懇ろに宝石の韻をちりばめた、純金属の格子細工のやうに、琢きあげたわたくしの詩で

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或るハイカーの記

牧野信一

適量の日本酒を静かに吟味しながら愛用してゐれば、凡そ健康上の効用に此れ以上のものは無いといふことは古来から夙に云はれて居り、わたしなども身をもつてそれを明言出来る者であつたが、誰しも多くの飲酒者は稍ともすれば感情のほとばしるに任せては後悔の種を育てがちになるのも実にも通例の仕儀ながら、わたしも亦その伝で銀座通りなどをおし歩きながらウヰスキーをあをりつゞけたお

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或る農学生の日誌

宮沢賢治

序 ぼくは農学校の三年生になったときから今日まで三年の間のぼくの日誌を公開する。どうせぼくは字も文章も下手だ。ぼくと同じように本気に仕事にかかった人でなかったらこんなもの実に厭な面白くもないものにちがいない。いまぼくが読み返してみてさえ実に意気地なく野蛮なような気のするところがたくさんあるのだ。ちょうど小学校の読本の村のことを書いたところのようにじつにうそら

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或る選挙風景

坂口安吾

競輪場はうるさいものだ。あと五分で投票を〆切ります、投票を〆切ります。拡声器の間断ない絶叫の合間にベルが脳天をドリルで突きさすように鳴りつづける。人間が殺気立つのは仕方がないような、気違いじみた騒音であるが、今度の選挙はそれよりもひどかった。東京も大変だったそうだが、私は上京しなかったから知らない。関西へは旅行したが、朝七時前、京都大阪間のまだ人の通行のほと

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或る部落の五つの話

佐左木俊郎

或る部落の五つの話 佐左木俊郎 一 禿頭の消防小頭 或る秋の日曜日だった。小学校の運動場に消防演習があった。演習というよりは教練だった。警察署長が三つの消防組を統べて各々の組長が号令をするのだった。号令につれて消防手の竿は右向き左向き縦隊横隊を繰り返すのだった。 その教練の始まる前だった。禿頭の老小頭が、見物人達の前へ来て何か得意らしい調子で話をしていた。

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戞々たり 車上の優人

折口信夫

まことに、人間の遭遇ほど、味なものはない。先代片岡仁左衛門を思ふ毎に、その感を深くする。淡々しい記憶が、年を経て愈濃やかにして快く、更に何か、清い悲しみに似たものを、まじへて来るやうな気がしてゐる。 役者なんぞに行き逢うて、あんな心はずみを覚えたと言ふことは、今におき、私にとつては、不思議に思はれる程である。年から謂つても、十四五―六の間、純と言へば純、だが

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戦争

藤野古白

本舞台は全面の平舞台、背景に岩組みの張物を置く。岩には雪を真白に積もらせ、それから平舞台への橋懸かりにかけて一面に雪布を敷つめる。背後には碧空の張物に白雲の幕を垂らし、岩裾には枯薄や熊笹が生えて雪はまだらになっている。下手には同様に雪綿を被ったコーリャンが立ち枯れのまま袖垣のような有様。上手には檜や槇の立木があって日覆いから釣り枝を垂らすが、これに赤や青の旗

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戦争について

原民喜

戦争について 原民喜 コレガ人間ナノデス 原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ 肉体ガ恐ロシク膨脹シ 男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ 爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ 「助ケテ下サイ」 ト カ細イ 静カナ言葉 コレガ コレガ人間ナノデス 人間ノ顔ナノデス 夕食が済んで病妻が床に横はると、雨戸をおろした四辺は急に静かになる。ラ

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戦争について

黒島伝治

戦争について 黒島傳治 ここでは、遠くから戦争を見た場合、或は戦争を上から見下した場合は別とする。 銃をとって、戦闘に参加した一兵卒の立場から戦争のことを書いてみたい。 初めて敵と向いあって、射撃を開始した時には、胸が非常にワク/\する。どうしても落ちつけない。稍もすると、自分で自分が何をしているのか分らなくなる。でも、あとから考えてみると、チャンと、平素か

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戦争と一人の女

坂口安吾

戦争と一人の女 坂口安吾 野村は戦争中一人の女と住んでゐた。夫婦と同じ関係にあつたけれども女房ではない。なぜなら、始めからその約束で、どうせ戦争が負けに終つて全てが滅茶々々になるだらう。敗戦の滅茶々々が二人自体のつながりの姿で、家庭的な愛情などといふものは二人ながら持つてゐなかつた。 女は小さな酒場の主人で妾であつたが、生来の淫奔で、ちよつとでも気に入ると、

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戦争でこわされた人間性

宮本百合子

戦争でこわされた人間性 宮本百合子 このごろの強盗殺人の特色は、件数が多いばかりでなく、事件の性質が戦争以前とまったくちがっていると思う。それは方法が非常に兇暴になっていることである。人を殺してまで物をとるということは、私達の常識では物とりの極限であった。シロウトの強盗は昔からこわいといわれてきたのは、ただでさえおびえて人の家へ忍びこんだ者が相手に眼をさまさ

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戦争医学の汚辱にふれて ――生体解剖事件始末記――

平光吾一

古傷を抉られる――という言葉がある。恰も「文学界」誌上に発表された遠藤周作氏の『海と毒薬』という小説を読んだ時、私は全く自分等の古い傷痕を抉られたような心境だった。 というのは、この小説が戦争犯罪人というレッテルと、重労働二十五年という刑罰を私に下した、所謂九大生体解剖事件(実際は相川事件という)を刻明に描写していたからである。 人間を生きたまま解剖する――

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わが戦争に対処せる工夫の数々

坂口安吾

私はこれより一人の男がこの戦争に対処した数々の秘策と工夫の人生に就てお話したい。戦争を見物したいといふ人間なら星の数ほどあるであらうが、兵隊になつて自分自身が戦争するといふことになると、これは誰でも尻ごみする。ところが日本には「兵隊になる」といふ言葉は常識上は存在せず「兵隊にとられる」と称する通り、こつちが厭だと云つても兵隊にさせられるから仕方がない。これば

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